第1章 彼方へ(1)
「……これはもうどうあっても助からんな。どうする、お前ら? 」
青年ジーク・アストリーが口にしたのは、本来であれば現在のこの状況にひどく不似合なはずの問いかけだった。
至近距離で砲弾が炸裂する音が断続的に続いていた。
地響きと共に爆発音が轟く中、年若い兵士達が身をすくませたまま、涙ぐんで肩を寄せ合って震えていた。
「お前らまだ若いのにな……すまん。これは俺のせいだ」
ジークは緩い息を吐き出し、改めて周囲を見やった。
目の前の光景は、何処をどう見ても絶望的な状況としか言いようが無かった。
眼前には多数の敵。
しかも相手の装備の方が明らかに上回っている上に、既にこちらは士気自体が失われかけているときている。
「殲滅戦かよ……俺は本当につくづくついてねぇな。なんでこんな日に此処にいるんだ……? 最悪じゃねぇか」
ジークがうんざりしたような呟きを漏らしかけた、その時だった。
と、同時にジークは自分の視界の中に、僅かに何かを反射したかのような一筋の光を見た気がした。
「……! 」
ジークが驚愕の表情で、身体ごと一気に浮かせた。
「まさか……おいおい、冗談だろ? 」
ジークの言葉が終わらぬうちに、幾度かの発砲音と共に、一人の漆黒の髪の青年の走り去る後ろ姿が見えた。
その瞬間、つい今しがたまで敵が居たと思われる辺りから、爆風と共に閃光が走る。
「おい、援護してやれ。『あいつ』があのままでは死ぬ。もっとも本人は死んでも一向に構わんと思っているのかもしれんがな」
ジークは自分の背後で恐怖でがくがくと震えたまま動けなくなっている、年若い兵士達にそう言った。
若い兵士達は皆顔面蒼白だったが、おずおずと頷いた。
「……仕方ない、俺も出るか」
ジークは手にしていた銃を構え直すと、塹壕の中を移動し始めた。
先程まで手を緩めることなく、砲撃を繰り返してきていた者達は、一人の人物の急襲により混乱をきたしていることがよく窺えた。
「……」
ジークがそこに辿り着いた時、見慣れた漆黒の髪の青年が、一人の男の喉元を掴んだまま立っていた。
しかも、その首元には銀の短銃を突き付けていた。
「助けてくれ」
喉元を掴まれた男が懇願するようにそう言いかけた時だった。
その頸動脈目がけ、青年が躊躇なく引き金を引いた。
男の頸部から噴き出した血液がその場に凄まじい勢いで噴き出し四散した。
ジークは思わず顔を庇い、後ずさった。
その後、青年は大量の血を浴びた姿のまま、興味を失ったように男の身体をそのまま放るように手放した。
「……またお前か」
ジーク・アストリーがそう言った声に、漆黒の髪の青年が振り返った。
漆黒の髪の青年の顔は血と皮脂でひどく汚れており、それを面倒臭そうに手の甲で拭った。
「……ええ、俺です」