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第2章 護り石の再会(3)

 東側を総べる軍の拠点に程近い場所には、寂れた一軒の店がある。


 薄暗い電灯に照らし出されたその小さな酒場を訪れる客の殆どは、軍の兵士達で大半が占められており、そこで男達はそれぞれに賭け事に興じつつ、ほんのひと時の平穏を手に入れる。


 そういう店だった。


「やりすぎなんだよ、お前は」


 その日の夕刻過ぎ、店に入ってきた一人の青年の姿を認め、それより若干年長の男が呆れたようにそう声を掛けてきた。


 まだ二十代も半ばと見受けられるその軍属の黒髪の男は、ひどくだるそうな様子で火のついた煙草を押し消して立ち上がると、入ってきたばかりの青年シン・カルヴァートに近付いてきた。


 その男の軍服の襟元は金具が外され開いたままになっていて、それが青年シンの整然とした姿とは妙に対照的に映った。


 シンは自分に声を掛けてきた男の方を向くと、その人物の名を呼んだ。


「アストリー大尉、何かありましたか? 」


 さっぱり心当たりがないとでも言いたげな青年の口調に、ジーク・アストリーは頭痛を覚えたようなひどく嫌な顔した。


 そして、何も言わぬまま目の前の机に手にしていたものを据えた。


 そこに転がされていたのは、数個の軍の階級章だった。


「……あなたがあの場にいたとは気が付かなかった」


 シンは置かれた階級章にゆっくりと手を伸ばすと、それを掌の中で転がしつつ言った。


「あんな真似をして、益々敵を増やすだけだ。何を考えている」


「元々、リオンは俺にとっては味方でもなんでもない。それに、自分がクリューガーと直に関わることなど、僅かだ。それでもああして絡まれる以上は仕方ないでしょう」


「せめて元帥閣下といっておけ。相変わらず、俺の言うことをきかんやつだな、お前は」


「大尉……あの昼間の砲撃、本当に西側のものだったのでしょうか? 」


 低くそう呟いたシンの言葉に、ジークが目を見開いた。


「どういうことだ」


「……おそらく、あなたも俺と全く同じことを想像したはずだ、違いますか? 」


 声をひそめるようにそう言ったシンに、ジークが沈黙した。


「外からの砲撃にしては不自然な点が多すぎる」


「……相変わらず、軍法裁判にでもかけられそうなことを平気で吐くやつだな。死に急ぐような真似はやめろ。いいか、俺がお前に言えるのはそれだけだ。たまには言うことをきけ! 」


 ジークは低く唸るようにそう言い、幾つかの硬貨を乱暴に机に置くと、そのまま踵を返して出て行った。


 残されたシンは手の中の階級章に視線を向け、表情を変えぬまま、ただそれを見つめ続けていた。






 ―そこは暗く、じめじめとした場所だった。


 外壁の苔むしたさまが古い時代の建造を窺わせる、堅牢な牢獄『終焉牢』。


 その牢内部の奥まった部屋では、今、縛り付けられた姿の男が一人、椅子に座らされていた。


 男の手足の爪は全てが剥がされ、顔は眼球が焼かれ、鼻と耳が鋭利な刃によって削がれていた。


 生々しく無残な姿を晒し、がっくりと首を落とした男の目の前には一人の軍装の青年が立っていた。


「……後は片付けておけ」


 椅子の男が完全に絶命したのを見届けてから、青年は背後の男達にそう命じ、その場を後にした。


 鉄格子が張り巡らされた、僅かな光だけが届く廊下に出た青年は軍靴の音を響かせながら、帰途につこうとした。


 その時、青年の背後から慌てて追いかけてくる影があった。


「カルヴァート中尉……! 」


 青年シンは呼びかけに振り返り、それに応えた。


「戻られる前に、先日崩れた個所を一度ご確認いただけませんか? 」


「あれは直したと聞いていたが、違うのか? 」


「私もそうするつもりだったときいていましたが、それがどうも話が違うようで。……この終焉牢も随分古い、全体が崩れてはことです。だが、昨今の厳しい軍の懐事情ではなかなか修繕の為の費用も都合がつかないとかで……。ですから、中尉に直接確認いただいて、上に進言していただきたいのです。それに……」


「まだ他に何かあるのか? 」


「『あれ』は多分、あなたでないと何なのか、よく分からないものなのではないかと……。他の者では無理かと思われますので、ご足労ではありますが、とにかく一度見ていただけませんか? 」


「……」


 急かすような男の言葉に促され、シンは仕方なく案内される先に向かうことにした。





 シンが連れて来られた崩落があったと思しき場所には、壊れた石材と内壁の岩盤の一部が抉れ、床の上に散乱していた。


 一見すると壁の一部が入り込んだ雨水に浸食され、老朽化した結果、そこから一気に崩れたせいらしいことが窺えた。


「此処です。当時ここに詰めていた者によれば、大きな振動があった直ぐ後に、こうして大きく崩れた、とのことでした。ここは境界からも程近い。近年は直接被弾することも増えていますので、おそらくそれも一因かと思われます」


 男の言葉通り、苔むした壁が大きく口を開け、そこには大きな穴が開いていた。


 穴の先は闇に包まれており、その先の様子はここからでは窺うことは出来ない。


「……随分派手に崩れたな。此処が最初に造られた時、元々在った岩壁を削り出して作ったものと聞いたことがある。この辺りは節理(せつり)の密着した硬岩層(こうがんそう)だから、この程度では大した問題は無いと思うが……だが、これは直すのにも相当だろう。確かにこれだけの金は下りないかもしれんな。一応掛け合ってはみるが」


「節理……? 硬岩層……ですか? 」


 言葉の意味が分からず、そう訊き返してきた男に、シンは壁を指し示した。


「その辺を適当にハンマーで打ってみろ。澄んだ音がするはずだ。堆積岩が硬い証拠だ。それならばそう度々こういうことが起こることは無いだろう」


 シンの言葉に、男は頷きながら再び口を開いた。


「分かりました。仰るように確認させておきます。それから、中尉に確認していただきたい、もうひとつのものがこの穴の先に……正直言って、こんなものが出てきても、我々だけでは対処のしようが無く……」


「だから一体何の話だ? 」


「とにかく直接見ていただければ分かるはずです」


 有無を言わせぬ強引な口調の男の言葉に逆らえず、シンは仕方なく手渡され受け取ったランタンを手に、穴の中に足を踏み入れた。


 穴の中は牢獄の内部以上に、身体にまとわりついてくるような強い湿気を帯びていた。


 そのまま数十歩歩いた先で穴は一気に広がり、その先はランタンの光源が不要なほどの鈍い光に包まれていた。


 シンは足を止め、自らの眼前の光景に目を瞠った。


 暫くの後、ひとりで穴から出てきたシンの姿に、外で待っていた男が声を掛けた。


「中尉、『あれ』は一体何なのですか? 」


「……もう随分と昔から使途が無く使われなくなった無駄なだけの石の山だ。だから、お前達にはあれが何なのかが分からなかったんだろう。俺達には無用のものだ、ほおっておけ」

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