過酷なる労働
翌日から、クライツは再び危険箇所での仕事に移ることになった。
「おい、青瓢箪、ちょっと来い」
作業前の早朝、ジャンがクライツを呼んだ。
「見張りはいねえか?」
クライツがコクリと頷く。
「今日はまた前ぶっ倒れたあそこでの作業だ。ただ、また同じように入ってもすぐ倒れるだけだ。そうなるとギャレットの機嫌が悪くなって、こっちまでとばっちりをくう。いいか、作業はゆっくりとやれ。息を乱すとすぐ空気不足で倒れらあ。落盤の危険も小さいしな。あと、少しでも息が切れそうならすぐにロープを引いて伝えろ。すぐ倒れられるよりは、その方がよっぽどいい」
「はい」
「お、ちったあ返事がまともになったな。その調子でやれよ。足を引っ張られるとこっちまで迷惑だからな」そう言ってジャンは離れていった。
坑道の中に入ると、外以上に冷たく、寒いくらいだった。そして奥に行くに連れ、暗さと寒さはどんどんと増していった。ジャンとトムソンはギャレットのお気に入りの奴隷なので坑道の危険部へ入ることはなく、2人が近くにいないということもクライツを不安にさせた。
目的地の少し前に着くと以前と同じようにクライツの腰にロープを結び、そこからはクライツ1人で奥へ入っていった。ジャンに言われた通りにゆっくりと足を運び、最深部へ到着をする。
そこは酸素濃度がかなり低くなっており、少しでも長くいようものなら吐き気や頭痛を引き起こし、少し無理をしただけでひどい酸欠状態になる空間だった。それはまるでその空間に死神がいて、確実にそこにいる者の生気を奪って行くかのようだ。それでもクライツにはその死神の住処へ足を運ぶ意外に選択肢はない。
作業の概要はそこに大くある鉱石を採掘し、外へ出すというものだ。単純で難しくはない。クライツはゆっくりと、生きが切れないように気をつける。それでも、わずか数回つるはしを振るうだけで力の弱いクライツの心臓は激しく動いた。クライツはロープを引いて限界の合図をする。
「えらく早いな」
ロープを引く係の2人の奴隷が作業を中断してロープを引いた。クライツはヨロヨロと奥から歩いてきた。
「もうヘロヘロじゃねえか」
「無理もない、前の奴が死んだのもこの奥でだからな」
その場にいた見張り役も、クライツの様子を見ては引き上げるのが早いことを咎められなかった。
酸素のある場所まで戻ると、しばしクライツは呼吸を整え、心臓が落ち着くのを待った。だが、見張り役が早く奥に行けと急かすので、完全には回復しないうちにまた奥へと行くことになる。
これを何度か繰り返すうちに、頭痛と吐き気がクライツを襲った。目の前に無数の星がちらつき、こめかみは強く締め付けられ、胸の奥からは朝食べたものがせり上がった。クライツはなんとかロープをつたって奴隷のところまで行くと、その場に吐瀉物を撒き散らした。
「おう、なんとか生きてるな」
なんとか午前の労働を終えたクライツが食堂へ行くと、ジャンがもう食事をとっていた。
「また顔をより一層青くしやがって。まさかこのまま倒れて死ぬんじゃないだろうな?」
クライツにはまともに返事をする気力もなかった。
「無茶を言うな。何人も死者を出してる場所での作業だぞ。顔が青くなるくらい誰だってなる」トムソンが言う。
「おい青瓢箪、ちょっと脇に座れ」
クライツが隣に行くと、素早く脇に抱えられた。
「いいか、多少見張りにせっつかれても無理はさせないから大丈夫だ。前の馬鹿な見張りが無理をさせて奴隷を死なせて、クビになってるんだ。だから、無茶はさせない」
トムソンが脇で頷く。
「さ、早く飯を食っちまわねえと休憩時間が終わるぞ」
だが、当然ながらクライツはとても食事をとれる状況ではなかった。午後もまたあそこへ行って作業をしなくてはいけないのかと思うと、それだけで頭がクラクラとした。妹のためにもまだ死ねないこと、ジャンとトムソンがいることがなければ、いっそ殺して欲しい位だった。
「大丈夫か?どうしても無理なら、言えば休ませてくれるぞ。ただ、明日にはギャレットに報告されるが」トムソンが言った。
クライツは小さな声で大丈夫だと言った。ギャレットにまたボコボコにされるのも、正直言うと辛い。
午後の作業はジャンに言われた通りにより一層ゆっくりと、無理をせず作業をした。しかし、それでもやはり嘔吐し、結局夜には作業を休んだ。