疲労と変化と
その後しばらくは労働の日々が続いた。労働は過酷なもので、死の危険がないような作業でも、体の小さいクライツの全身が悲鳴を上げた。その様子を見て、ジャンはクライツのことを青瓢箪と呼び出した。それを真似て、他の奴隷もクライツを青瓢箪と呼ぶようになった。唯一仇名で呼ばないのは、トムソンだけだった。
そしてある日、ついにクライツは疲労がたたって労働の途中で倒れてしまった。
「大丈夫か?」真っ先にかけつけてきたのはトムソンだった。
「ええ、すいません」
「休ませてやりたいが、それをすると後でまたギャレットに叩かれるからな、あと一時間だ。頑張れ」
クライツはフラフラと立ち上がった。まるで上から吊り下げられた操り人形のように重心が定まらなかった。
「なんだ、ついに青瓢箪が倒れたか。もういい、今日は休ませておけ」ジャンが言った。
「いや、でもそれがギャレットに知られると…」トムソンが言い返す。
「馬鹿野郎、そいつは弱っちいんだから、ちょっとでも無理させると死んじまうぞ」
「だが…」
「ったく、お人好しが。じゃあ、作業が終わるまでマスクをつけて坑道の邪魔にならないところにでも隠しとけ。幸い今は見張りの連中が見てないからな」
そうして、トムソンによってクライツは坑道の中に運び込まれた。坑道の中はひんやりとしていた。
「どうも、すいませんでした」
「いやいや。僕も最初はよく倒れたからね。その時にもこうしてジャンに世話になったものさ。正直、ジャンがいなかったらここでの作業はもっと多くの死者が出ていると思う」
「ジャンさんは、トムソンさんより前からここにいるんですか?」
「そうだよ、ジャンは今いる奴隷の中では一番古株さ。僕が来たのが2年前だから、少なくともそれより前からここにいるね」
クライツの中で、ジャンやトムソンについて知りたいという好奇心が生まれてきた。
「ジャンさんは…なんで奴隷になったんですか?仕事も出来るし、元は貴族だったって言ってたのに」クライツが訪ねた。
「さあね、この前は事情が事情だったからクライツに聞いたけど、本当は自身を売った理由ってのはここではご法度なんだ。だから奴隷になったのが何故かは誰も知らないんだ。さて、僕も作業に戻らないと、見張りに見つかったら大変だ。作業が終わる時間になったら、またここに来るから」
そう言ってトムソンは外へと戻っていった。
クライツは目を閉じて、感謝の言葉を述べた。そしてもう一度自身の足りない頭で考えた。ジャンが、そしてトムソンが奴隷になった理由を。ジャンは仕事ができるし、トムソンは誰からも好かれる魅力を持っている。あの2人ならば、金を稼ぐことは自身を売らなくても十分にできるだろう。自分のように家族のためだろうか、そうだとしたら、嬉しいと思った。
頭の悪く、体も弱いクライツはこれまで他人から優しくされることがほとんどなかった。あったとしても、そこにはなにかしらの嘘臭さを感じるものだった。下の者に優しくすることで、他者から尊敬されようとか、優越感に浸ろうとか、そういったのを心の底に隠した優しさばかりだった。
だが、あの2人は違った。打算など一切なく、自身と同等の努力を他人に押し付けることもなく、ただ目の前の人に優しかった。嘘に敏感なクライツは、ジャンのあの一見がさつな態度も照れ隠しであることを知っていたのだ。
少し考えている間に、クライツは寝入っていた。気づくと、トムソンが起こしに来ていた。
「起きたか、仕事が終わりの時間だ。さあ、立てるか?」
クライツは立ち上がった。一眠りしたせいか、もうふらつくことはなかった。
「お、大丈夫そうだな。安心しろ、ギャレットにはばれてない」
坑道を出て、寝所へ行く途中で再びトムソンに声をかけられた。
「多分…明日からまた危険な作業に戻ると思う。大変だと思うが…死ぬなよ」
「はい…」
「ジャンが言うように夢見が悪いからな」トムソンはそう言って笑った。
「はい…!」
クライツもそう言って少し笑った。笑うのは、久々だった。