奴隷仲間
次の日はジャンの言った通りにことが運んだ。車でギャレットの炭鉱のある街まで行くと、到着時には夕方だったのにも関わらず働かせられた。ジャンは運転手になるくらいだからギャレットのお気に入りの奴隷の一人だったらしいが、そんなこともおかまいなしにジャンも一緒に働いた。
鉱山の作業は死の危険性がある部分で止まっていたらしく、クライツの初めての仕事はそれを割り当てられた。鉱山の奥で酸素が極端に薄くなっている場所があり、そこでの作業だ。意識が薄れたらロープを引くことで他の奴隷が助けにくるということだったが、低酸素の空気の中での作業はあっという間にクライツの意識を奪い、ほとんどまともに作業ができないままクライツはその日作業不可能の状態になってしまった。
そうなると次の日は朝からギャレットにしこたま叩かれることになる。どれだけの大金をはたいておまえを買ったと思っている、とギャレットは何度も言いながらステッキでクライツを叩いた。作業ができなくならないように怪我はさせられない程度だったが、体のあちこちにミミズ腫れができ、顔は大きく膨れ上がった。
「よお、早々にやられたな」
鉱山で待っていたギャレットが声をかけた。
「な、最悪な奴だろ。ここにいる連中はみんな何度も今日のお前みたいな顔にさせられてるよ。ま、さすがに死なれちゃ困るから、お前も今日から何日かは俺達と同じ普通の奴隷の仕事だ」
クライツは黙ったままだった。
「どうした、口の中を切ったから喋れねえか?」
「いや…」
「じゃあ話しかけられたら何か返すくらいしろい、確かに殴られた後は気分が悪いのはわかるけどよ」
「なぐられたのは…いい。でも、このまま死ぬのは…困る」
「そらなあ、命を売ったっていっても本気で死にたいわけじゃねえだろうからな。死なないにこしたことはねえよ」
クライツの心配は、自分の命ではない。自分を売った金が妹の治療費に足りていないことだ。なんとしても残りの120万ルーンを稼がなくてはいけない。どんなに現実的でないことであろうが、それまでは死ぬわけにはいかなかった。
「ま、今日の昼飯時だな。仕事ができない奴だって気に入られて殴られなくなる術はあるんだ。その先輩を紹介してやるよ」
ジャンはそういうと、走って坑道の奥へ消えていった。
昼食休憩に入った。朝は殴られていて朝食を食べれなかったが、昼は殴られすぎて食べられるだろうかと心配になった。だが、なんと昼食のご飯は希望をすれば食べやすいシリアルに変えることができた。
「意外だろ?」
ジャンが小声で話しかけてきた。
「大きな声では言えないけどな、これは昨日言ったギャレットの奥様の発案なんだ。あんまりにギャレットに殴られて食欲がなくなる奴が多くてな。それとほら、朝に言った先輩だ」
そう言うと、隣にやせっぽちで背の高い愛想の良さそうな顔が笑っていた。眼窩は大きくくぼみ、頬はするどくとがって髪は真っ赤だった。
「こののっぽはトムソンっていうんだ。ファミリーネームはなんだったかなぁ、ま、そんなことはどうでもいいか」
「トムソン・キーポだよ。ま、確かに奴隷になってからはファミリーネームなんて使わなくなったけどな」
「こいつ知ってるだろ?昨日来てあっという間にぶっ倒れた奴さ。このままだとすぐに死にそうなんでな。少しでも長生きできるようにお前の得意のごますりを伝授してやってくれ」
クライツがぺこりと頭を下げる。
「別にごますりを意図的にやってるわけじゃないぞ。僕の人柄の良さが奴隷になってもだな…」
「あー、わかったわかった。とにかく、少し世話をした以上、このちびに死なれると夢見が悪いんだ。だから、こいつの世話をお前に頼もうと思ってな」
「おい、だったらお前が」
「わかったかちび、今日からわからないことがあったらこののっぽに聞け。多少は寿命が伸びるはずだ」
そう言うと、ジャンは食事をかきこんで去って行った。
「まったく…。そうか、君が命を売った少年か。売ったものが身分か命かの違いはあれど、同じ奴隷仲間だ。よろしく頼むよ」
トムソンが握手を求めて手をさしだす。人づきあいの苦手なクライツは、その手をとるのをためらった。すると、トムソンがにこりと微笑んだ。その微笑につられ、クライツもその手をとった。確かに、トムソンは単なるごますり上手でない魅力を持った男だった。