高層ビル
荷台から降りると、そこは裏通りの一角だった。クライツは教科書などで知っていた都市というものに比べて汚いなと思った。アヒルのヒヨコが最初に見たものを母と思うように、片田舎で暮らしていて街へ出るのが初めてなクライツにはその路地裏こそが都市というものだった。それでも、少し遠くに見える高層ビル群は都市というものの象徴としてクライツ少年の心を打った。
「ほら小僧、ボサボサするな!」
再び運転手の男が怒鳴った。クライツ以外の荷台にいた者たちはすぐそばのビルの入り口へ誘導されていた。
クライツが視線を運転手の男のほうに戻すと、その後ろにいた男女の2人組の表情が目に入った。クライツが学校などで散々見た人を馬鹿にする目とは少し違った、蔑みと哀れみが混じった顔だった。
リオの隣まで走ると、クライツは少し息を弾ませて言った。
「向こうのビル、すごく高かった」
「ああ、あれはこの街の中心部さ。いろんな企業の本社や、お役所の支所なんかがあるんだ」
「ここが、面接会場?」
B国を含む多くの国では、自身を売る場合はその前に書類の提出と面接がある。家族や債権者の意思ではなく、きちんと本人の意思で売られるのかの確認と、自身の何を売って何を売らないかの確認のためである。正式に自身を売るまではあくまで一般人と変わらないため、その審査は慎重になされる。人身売買ではなく、あくまで「自分の意思で」自分を売るからだ。
「そうさ。あたしもこんなみすぼらしいところでやってるとは思わなかったけどね」
ビルに入ると階段で4階まで上がり、そこで10人程度の3つのグループに分けて待合室へ通された。待合室で名前が呼ばれると面接会場へ行く。リオとクライツは同じ待合室になった。待合室は、外から見たビルの外観の割りに綺麗だった。
「意地悪な質問かもしれないけどさ、あんたはなんで命を売ろうって割りに平然としてるんだい?」リオが尋ねた。
「ちょっとだけ…怖い。でも…」
クライツは自身の感情の原因を考えてみたが、うまく伝えられなかった。
「あー、悪いな、あんたはこういうの苦手なんだったな。それに考えると余計暗くなっちまうよな。話題を変えようぜ」
その後はリオが様々なことを話し、質問をした。クライツはリオの話に相槌をうち。答えられる質問には一生懸命答えた。
やがてクライツの名前が呼ばれた。
「お、あんたの番だよ。行ってきな。こんなことを言うのもどうかと思うけど」
リオは少し困ったような笑顔で言った。
「幸運を祈るよ」