世界のはじまり
このサイトでは初の連載になります。読みにくい文章ですが、法学部だった大学時代の経験を生かしながら、哲学チックなものとなっています。
このサイトにしては重くて暗めな話かと思いますので、苦手な方はご注意ください。また、SFとしてありますが、世間一般の言うエンターテイメント性に溢れたSFとも違いますので、その点もご注意ください。
改行などが少なく読みにくいと思う方も多いかもしれませんが、ご容赦ください。
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少年は売られるために車の荷台に乗せられていた。
人身売買、そんな犯罪はこの世界にはない。この世界では、人は物と同じように買い手の意思と売り手の意思が合致すれば売ることができるのだ。売るものは臓器や眼球のように人の一部でもいいし、身分を売って奴隷になってもいい。命を売って殺されても構わない。
なぜこの世界ではこんなことがまかり通っているかというと、その理由は200年ほど前に遡る。A国という大国で起こった思想革命が発端だ。
その国は徹底した自由と自治と自己責任に基づく国家で、ありとあらゆるパターナリズムは否定される傾向にあった。その大国で、最もその傾向を色濃く受け継いだ政党が、従来のタブーを堂々と公約に掲げたのだ。その公約は「人権は国家が国民にまもることを強制する虚構の概念にすぎない。人権は自由意思に基づき売買ができるべきだ」というものである。最初は強い批判にあった。だが、それを取り締まることは表現の自由の侵害にあたり、批判の一方でその公約は撤回されることはなかった。また、税金を元手に弱者の救済を行うことに反対だった富裕層を中心に一定の支持を集めた。
さらにその直後政党に追い風が吹く。A国内で当時治療法のなかったウイルス感染症のパンデミックが起き、国民の1%が死亡する。その感染症は感染力が強く、感染してわずか数時間で死に至るものだったため、政府の対策が後手後手に回ったのが原因だ。研究をしようにも感染から死亡までの時間が短すぎる上、死亡した患者からはぱったりとそのウイルスが消えるため、研究材料が手に入らずほとんどまともに研究ができなかった。海外でも多くの死者が出て、ついには人類の滅亡さえも囁かれ始めた。これを打破したのが、かの公約を掲げる政党の支持団体であった医師の団体である。団体は政府に隠れて、このウイルスの研究のためにわざと感染してくれる人体実験の被験者を数百人金で買った。そして被験者を感染させて殺してはまた次の被験者を感染させ、研究を続けた。そしてついに医師自身の感染による死亡者も合わせて729人の死亡者を出しながらも、その医師団体がワクチンを完成させた。
だがその後その行為は明るみに出て、医師団体は当時の法により多くが懲役、幹部は軒並み極刑に処された。ところがこれにA国の国民の間で大規模な反対運動が起きた。団体の代表者の手記には、「我々は自由と自治と自己責任の元に被験者と合意して研究を行った。被験者は皆全て努力を怠った社会の落伍者であったが、自身を売ることで人類を救った英雄になったのだ」と書かれていた。
その後の選挙で、かの政党は圧勝し議席の8割を得た。そしてかの公約は実現され、双方の合意があれば人間は売買できることとなった。
この公約は他の多くの国でも人類を救った思想として支持され、思想革命が世界中で起こった。そして多くの先進国が人権の売買を可能とした。この世界では、人権の売買を禁止している国は一部の後進国に限られている。
さて、話を200年後の少年に戻そう。少年の名はクライツ・ミューゲンスター、16歳である。身体は細身で背は低く、ボサボサの金色の髪と青い瞳を持っていた。服装はボロボロの白いTシャツ(といっても汚れて茶色にすら見えるが)に裾の擦り切れた青のズボン。クライツは16歳になると同時に自身を売った。クライツのいるB国では16歳になると意思が自立したされたとみなされ、人権の売買が可能になるのだ。これからクライツの買い手を探しに国一番の街へ車で移動する。みすぼらしく勉強も運動も苦手な自分に同時にどれほどの値がつくだろうかとクライツは車に揺られながら考えていた。