第二十四話 東海エリアへ
もやもやした気持ちを振り払いながら、拓也の部屋に向かう。そろそろ戻ってきていてもおかしくない時間だ。
予想通り、拓也の部屋のドアは半開きになっていて、中からは二人の声が聞こえてきた。
「お待たせ。二人ともすっきりしたな」
「うん。いいお湯だったよ」
風呂上がりの時、奈々はいつも髪を下している。肩まで伸びる髪は、見事なまでに紅色だ。手入れしているところをみたことはない。しかし、本当に綺麗な髪だと、いつも思う。ずっと見ていたいと思えるほどだ。
「ケンヤ? 呆けちゃってどうしたの?」
「ああ、すまな奈々が綺麗すぎてついつい見とれてしまったんだ」
「ほぇ? え? ケ、ケンヤ何言ってるの!私なんて全然綺麗じゃ……あれ?」
「なあ拓也さんや。俺の後ろに回り込んで何をやっているのかね?」
「いやだなぁ。そんなに怒らないでよ。ケンヤがあんまりシャイだから、本音を僕が代弁してるんじゃないか。お礼を言ってほしいくらいさ」
「そ、そうなの?」
奈々、そこで俺の方ををじっと見ないでくれ。どう答えても俺の負けなんだから……。拓也め、俺の後ろでにやにやしているに違いない。
「俺も暇じゃないからな! さっさと本題に入ろうぜ!」
「あ! ちょっとケンヤ! ……まあいいけどさ」
「僕も気になるなぁ。ケンヤの用は別にどうでもいいからさ」
「黙らっしゃい! どうでもいいとはなんだ! ならここから出ていけばいいだろう?」
「ごめん。ここ僕の部屋なんだよね」
減らず口を……。もういい、こいつは放っておこう。
「奈々、例の件だけどな。俺は辞退させてもらえなかった。むしろ強制参加だってさ」
「え? そうなの? 桜って他人の考えを大事にするから、強制させるなんてこと、なんて滅多にないよ?」
「それはそうと、ケンヤ。辞退を申し出に行ってたんだね。知らなかったよ」
そういえば、こいつにはまだ言ってなかったっけ。すっかり忘れていた。
「ああ。いろいろ思うところがあってな」
「てっきり、選ばれなかった時の言い訳なのかと」
「そんな訳ないだろ」
ま、全く、何を言ってるんですかね? 全然意味分かんないですよ。
「倉橋さんからは、火操術を学べって言われたよ。向こうには話がもう通してあって、神村 誠が俺の師匠って形になるみたいだ」
相手がどんな人か分からないが、まともな人であって欲しい。この二人の反応から察するに、その望みも既に薄いが。
「そ、そうなんだ。じゃあわざわざ私が紹介する必要もないよね。助かったぁ」
誰に対してもやさしい奈々があの様子なら、相当嫌な奴に違いない。……今から少し不安になってきた。
「ということは、メンバー選考の枠は一つ埋まっちゃたんだね。いつもは僕と奈々の二人だったから、今年はあと一人かな?」
「清水さんはいつも選ばれてないのか? あの人だって少将だろ?」
「清水さんはいつもお留守番。私達が居なくなってる間、本部の守備の全部引き受けてもらうの。桜さえ生きていれば戦争には負けないけど、本部を取られたら困るでしょ?」
清水さん、毎回そんなことやらされてるのか……。お気の毒に。……あれ? ちょっと待てよ?
「合同演習って、倉橋さんも一緒に行くんだよな?」
「毎回そうだよ。東海エリアとの連携をしっかり取らないといけないからね。今年はエリア首脳会議の年でもあるから、そのことも話し合うんじゃないかな?」
「なるほどな。でも、俺が気付いたのはそういうことじゃないんだ」
「というと?」
「……親父まで付いて来ちゃうじゃないか」
「そりゃそうだよ。ケンヤのお父さんのお仕事なんだから」
「もちろん分かってるけどさ……」
たまには親父の目の無いところでのびのび出来ると思ったのに……。
「そこは諦めなきゃダメだよ。私達にとって一番大事なのは桜なんだから」
「そうそう。それより、もう話は終わり? だったらそろそろ寝たいんだけどな」
「待て待て。もう一つだけ訊きたいことがある。
倉橋さんと話した後、質問したんだ。 気になることがあって質問したんだ。何かいいことありましたかって。そしたら妹がいる東海エリアにいるって言うんだよ。久々に会えて嬉しいって」
まさか姉妹で継魂者とは。全く予想していなかった答えが返ってきてしまった。あの場では慌ててしまい、いろいろと聞きそびれてしまったが、二人が知っていることだけでも聞いておきたい。
「桜の妹だよね? 梅ちゃんっていうんだけど。凄く可愛いんだよ! なんかこう……頭をよしよしって撫でててあげたくなっちゃう。そんなことしたら怒っちゃいそうだけど」
なるほど。俺はそれを奈々にしてあげたい。
「二人の生い立ちを詳しく聞いたことはないけど、継魂者になったのは同時だったみたいだよ。このエリアを一から作ってきたメンバーの一人なんだ。見た目は東海エリアの中で一番幼いけどね」
「中学生くらいか?」
「十五歳だから……中学三年生かな。しばらく向こうにいるから学校に行ってるかどうかは分からないけどね」
「そうか……でもなんでその子は東海エリアにいるんだ? 倉橋さんの妹だったら、確実に俺たち関東エリアの一人だろ?」
「それを話すと長くなるけど……まあ暇だからいいよね?」
「悔しいけど、確かに暇だよ。気になるからさっさと話してくれ」
最近こんなことばっかりだ。みんな秘密が多すぎる。あ、俺が知らないだけか。
「今から何年前だったかな? 七回目のエリア首脳会議が終わった後の頃だったと思う。どこのエリアも復興がかなり進んで、外の世界にも目を向ける余裕が出来たんだ。そこで初めて大きな動きを見せたのが、我らの憎っくき敵である、北陸エリアの連中さ」
つい最近まで、散々喧嘩をふっかけてきた奴ら。あれ以来襲撃は一度もなく、平穏な日々が続いている。
「彼奴らは僕たちを潰すために、東北エリアの奴らと同盟を組んだんだ。警戒しなくちゃいけない敵が一気に増えてしまったんだよ。当時はみんな険悪な感じになっちゃって、本部内もいい雰囲気とはいえなかったね」
それは簡単に想像できる。この前の小規模な戦いでさえあんな空気になっていたのだから、さぞ神経質になっていただろう。
「そんな状況を打開するために桜が考えたのが、東海エリアとの同盟さ。単純な話でね。味方を増やして、援護を頼むのを目的としていたよ」
なるほど。一番手っ取り早い解決策だ。効果がでるのも早かっただろう。
「でも、初めのうちは、東海エリアの人たちに同盟を拒否されてしまったんだ。もし関東エリアが北陸・東北エリア連合に敗れたら、東海エリアはひとたまりもなく壊滅させられるっていうのにね」
「なんだよそれ。東海エリアの奴らは、関東エリアの足元を見てたっていうのかよ。そんなとことよく同盟が続いてるな」
「そんなことないよ! その頃はそういう風だったかもしれないけど、今はみんな仲良しだもん」
「……奈々が言うならそうなんだろうけどさ」
やっぱり納得いかないな。
「まあまあ、ここからがケンヤの聞きたかったことだと思うよ。結局、東海エリアは関東エリアとの同盟を受け入れた。条件を一つ提示してね」
「それが、倉橋さんの妹さんだったってことか?」
「そう。東海エリアは戦力不足に頭を抱えていたんだ。当時は例の神村君と、東海エリアの大将の二人しか、能力を使える継魂者がいなかった。そこを補うために、関東エリアから一人、能力を使用可能な継魂者を東海エリアの警備に回せと言ってきたんだ」
「それで倉橋さんはどうしたんだ?」
「最初は、その条件は認められないって同盟を諦めようとしたんだ。でも、そこで梅さんが桜さんに自分が行くから同盟を組んで欲しいと進言して、桜さんは渋々東海エリアの条件を飲んだってわけ」
桜さん、梅さんていうとなんだか昔話みたいだな。
「合同演習は、桜さんが梅さんに会える、数少ない機会なんだ。それにもう一つ。梅さんの任期が、合同演習の最終日に終了するんだ。桜さんの悩みの種も、これで一つ消えるんじゃないかな?」
「そう! 帰ってきたら、いっぱいお祝いしようね!」
それは倉橋さんも嬉しいだろう。俺も東海エリアに行く楽しみが出来た。
「そんな年に、新米の俺が行っちゃってもいいのか? もっと交流の深い奴がいっぱいいるだろ?」
妹さんだって、いきなり俺がきたら戸惑うだろうに。
「あー……。実は梅ちゃんって、ちょっと恥かしがり屋さんなんだよね。だからね……」
「だから?」
「友達がいないんだよ」
「拓也! はっきり言っちゃ駄目だよ! それに、私は梅ちゃんの友達なんだよ!」
「ごめんごめん。僕だって友達だって思ってるさ。だからさ、ケンヤも気長に付き合ってあげてよ」
「了解。安心しろ。ここにきてから俺はかなり我慢強くなったからな。誰かのおかげで」
「そうなのかい? それは良かったよ」
いつもいつもしれっとしてるよな、こいつ。俺も見習いたいね。
「とにかく、倉橋さんのことは納得できたよ。サンキューな」
「ケンヤがいろいろ訊いてくるのはいつものことじゃないか。気にしてないよ」
「いつも拓也にばっかり質問するよね。私に聞いてくれてもいいのに」
「奈々に聞いても答えがかえってこないからな」
「えー? そんなことないと思うけどなぁ」
自覚なしかよ。
「もう遅くなってきたし、今日はここに泊まってくかな。奈々、朝の訓練の時に起こしてくれ」
「別にいいけど……。ケンヤ、急にやる気だね。なんかスイッチ入っちゃった?」
「まあな。合同演習まで時間もないし、やれることはやっておくさ」
俺が強くなれば、確実にみんなの負担も減っていく。今回の機会を生かさない手はないだろう。
______
メンバー選考発表の日。
継魂者が訓練場に集まった。結果を報せるだけならば、例の端末を使えば済むことなのだろうが、これは最初の時からの決まりらしい。
集まった人数に対してあまりにも静かなこの場から、誰もが緊張で強張っていることが伝わってくる。俺は自分が選ばれると分かっているのでなんともなかったが、凄く申し訳ない気分になってしまった。
でも、ここ最近は本部に泊まり込み、朝もきっちり訓練を積んだ。選ばれて恥ずかしいという気持ちは、今ではもう無くなった。もちろん、まだまだ足りないってことは理解しているが。
ここには俺と奈々と拓也の三人でやってきた。それぞれ表情は取り繕っているが、やはり自然な感じはしなかった。
「奈々は大丈夫じゃないか? 毎年選ばれてるんだろ? リラックスしていればいいじゃないか」
「そ、そうだけどさ。やっぱり緊張しちゃうもんだよ? この感覚は慣れないよ……」
「拓也もさ、いつも通り、へらへらしてればいいと思うぜ? いつも通りに」
「僕はいつもへらへらなんてしてないよ。失礼だなぁ。まあ奈々の言う通り、緊張はしているけどね」
「へぇ。お前がねぇ。あっ、来たぞ」
倉橋さんと上田さんが、音も無く訓練場に足を踏み入れる。全員の目が二人に釘付けとなり、沈黙はより深いものとなった。
「みなさん、お待たせしました。ただいまより、合同演習参加者、その選考結果をお知らせします。今年も長期に渡る会議での討論の末、出された結果です。協力してくださった方々、ありがとうごさいました」
参謀のみなさん、だいぶぐったりしてたからな。今もまだ休んでいるだろうか?
「発表される結果に不服のある方がいらっしゃいましたら、後ほど作戦司令室までお越しください。私たちの考えをきちんとお話しますよ」
倉橋さんと上田さんは微笑みながら喋っているが、なぜか俺は背筋に悪寒が走った。
あの二人、本当に威圧感が凄まじい。
「それでは、発表いたします。順不同、敬称省略とさせていただきます。三名です」
三名という言葉の後、周りが一気に騒つき始める。
俺を含め三名。つまり、あと二人。もう決まったようなものだろう。
「一人目は……大堀奈々中将です」
「ま、当然だよな」
「よ、良かった……」
奈々は本気で安堵しているようで、顔にも赤みが差していた。周りの奴らも、奈々が選ばれるのは当然と思っているらしく、大して興味もなさそうだった。
「二人目は……真鍋拓也少将です」
これまた同じ反応。そもそもこの二人は毎年選ばれていたそうだから、三人目の枠に期待しているのかもしれないな。
「三人目は……細川ケンヤ准将です」
これまた同じ反応……とはいかず。
「あいつが……?」
「あのペーペーが……?」
「あの童貞が……?」
弾けたように騒がしくなった訓練場からはブーイングの嵐。まあ気持ちは分かる。だが最後のは聞き捨てならないぞ。
「静粛に! 発表は以上です。各自、持ち場に戻ってください。お疲れ様でした」
二人は何事もなかったかのように去っていく。来た時と同じように静謐は保たれたが、視線の先は二人に向いてはいなかった。
予め予想していたが、思ったよりもくるものがあった。隣の二人は何も言わない。だが、逃げるように去る、俺の後に続いてくれた。
_______
「やはり来ましたか。清水さん」
「はい。参謀長に釘を刺されましたので、ここまで足を運ばせてもらいました。あれが無ければその場で発言させてもらったのですが」
作戦司令室にて。
私は清水さんと一対一で机を挟み、向かい合って座っています。
清水さんは相変わらず律儀な方で、わざわざここまで足を運んでくださったようです。
「私たちの選考結果に不服ですか? 清水さん」
だからこそ、ここに来たはずですね。
「いえ、それについては全く問題ありません。細川准将が選ばれたことは、関東エリアの先を考えてみればすぐに納得がいきます。私は毎年待機で慣れていますし」
……思慮が浅かったようです。失礼な考えでした。
「では、今回はどのようなご用件ですか?」
「……細川准将に関することです。いや、勘違いしないで頂きたい。彼に恨みがあってどうこう言おうというつもりは毛頭ありません。ただ、ご注意に上がりました」
「……分かりました。お聞かせください」
議会では相当な審議を尽くしているつもりです。同じメンバーを選ぶわけではなく、毎度全てを白紙にして、現在最も有効であるメンバーを選考しています。
その結果、細川さんは何の問題もなく選ばれました。不安要素は一切ないのです。私の知る限りでは。
訓練場での様子のビデオなども参考にしていますが、そこで直に観察するのとは全く別物なのかもしれません。
「細川准将は、利島中将との戦いのを終えた頃から……変わりました。普通の生活ではなんともないでしょうし、本当に些細なことです。彼と関わりの薄い私だからこそ、気付けたのかもしれません」
いつもストレートにモノを言う清水さんが、こんなに前置きをするとは、珍しいことです。
「彼が訓練で対人戦を行う時……何か嫌な感じがしたのです。戦い方の問題ではなく、彼そのものから邪悪な雰囲気がしたのです。参謀長、彼には気を付けてください。私たちの知らないところで、何かあったのかもしれません」
彼の深刻な顔は、決して嘘をついているようには見えません。そもそも、彼が嘘をついているところを私はほとんど見たことがありません。あの時を除いて。
「分かりました。ご忠告、ありがとうございます。しかし、何も確信のない話ですし、他の方からそのような話を聞いたことはありません。彼への監視は強化しますが、それ以上のことは私には出来ません」
「分かっています。ただ、頭の片隅に置いておいて頂きたい。何かあってからでは遅いですから」
一礼した清水さんは、呼び止める間も無く部屋から出て行ってしまいました。
この情報をどう生かすのか。悩んでいるうちに日は過ぎ去り、出発の日になりました。
大堀奈々中将、真鍋拓也少将、細川ケンヤ准将、私、そして、私の警護をしてくださる細川大将。この五人で、私は合同演習に、そして、妹を迎えに行ってきます。
事情があり、更新のペースが大変落ちています。すみません。
詳しくは、活動報告までどうぞ。8月からは頑張ります!




