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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある少女が掴んだもの

作者: 高凪

以前から投稿してたのですが、ほんの少し変えてみました。

多分、何処が変わったのかわからないぐらいの変化です。


初めて読む方はかなりシリアス気味だと思うので読む方はご了承ください。

 貴方の今まではどんなものだったのかと聞かれたら、私は迷わず酷いものだったと答えるだろう。

 決して誇れるようなものではなかった。恥じるべき過去だったと言えるかもしれない。

 しかし私は、そんな過去の全てを否定はしない。それだけの理由があるからだ。

 それを分かっているうえで過去の自分の記憶へと遡ってみる事にしよう。

 



 私は七歳のとき、親に捨てられた。唐突な出来事だった。

 学校から帰り、家に着くと手紙が私の机に置かれていた。それにはただ一言、こう書かれていた。

 

 さようなら。


 私は待ち続けた。二人が帰ってくる日を。

 どれぐらい待ったかはもう覚えていない。

 結局、二人が帰ってくることはなかった。

 そこで、初めて気がついた。

 私は捨てられたのだと……

 私は泣いた。ただ、悲しくて、怖くて、苦しくて、辛くて、泣き続けた。

 そして、私は知った。

 絶望というものを……

 同時に私は憎んだ。こんな思いを抱かせた全てのものを……

 それからの私は周りのもの全てに憎しみを抱くようになった。自分という絶望を知っている一人の子供がいるのに、周りはそれを嘲笑うかのように希望が満ち溢れていたからだ。

 当然、そんな私が普通の生活などおくれるはずもなく、生きていくためなら何でもやった。

 窃盗や殺人などがそのいい例だ。

 もちろん子供だから、緻密な計画などあるはずもなく、すぐに警察に捕まったりはしたが、終身刑みたいな重罪になどにはならなかった。ただ、今だからこそ言える。


 あの時の私は誰かに殺されたかった……

 

 間接的にでも、直接的にでも誰かに殺してほしかった……

 

 理由は簡単、未来に絶望していたから……

 

 そして、その絶望から生まれる憎しみから解放してほしかったから……


 それなら自殺をすれば、と思うかもしれないが、その選択は選びたくはなかった。自分が生きることを諦めているという事実を知られたくなかったからだ。多分、最後の意地みたいなものだと思う。

 そんな生きる希望を見出せなかった私が、あの男に出会ったのは幸運だったのか不運だったのかは分からない……

 

 

 親に捨てられてからちょうど一年たった頃、私は生きるために最低限な金を財布を盗むなどして補っていた。ずいぶん前まではもっと残酷的な方法をとったこともあったが、こんな生活を続けているからか、リスクの大きさを考えれるようになり、どっちの方法をとるほうがいいか天秤にかけた結果、今の方法を選んだ。

 ある日、狭い路地を私が歩いていると、男が反対から歩いてきた。そのときも、私はその男の財布を盗もうとしていた。

 ……結果だけを言えば、盗むのは簡単だった。しかし、その男は財布を盗まれる直前、確かに私に視線を向けた。だから、気付いていないはずはなかった。

 にもかかわらず、その男はそのまま気付いていないふりをして歩き去ってしまった。

 私は、疑問を感じた。

 何故、気付かないをふりをしたのか。何故、わざと盗まれるような真似をしたのか。

 何故かその男のことが気になり、何か手掛かりがないか財布の中を捜した。中には身分証明書があった。

 気付いたときには、私はそれを手に持ったまま、急いで男を追いかけていた。その男は角を曲がったところで悠然と立っていた。

 私は、その男に聞きたいことがあったが、先に口を開いたのは男の方だった。

「俺を追いかけてきたか。予想通りだな」

 男は私に向かって、ぽつりと呟いた。

「念のため聞くが、どうして俺を追ってきた。目的のものをくれてやったんだ。もう俺に用はないはずだろう?」

 そんな問いを投げかけてきた。

「……聞きたいことがあった」

 男の問いに、私は短く答えた。

 男はその答えすらも分かっていたような様子だった。

「聞きたいことか……お前に、わざと財布を盗ませた理由か?」

 ……男の言う通りだった。

 財布を盗もうとしたとき、男は私に気付いていた。にもかかわらず、男は何もせず見逃した。つまり、わざと財布を盗ませた。何故そんなことをしたのかが分からなかった。

 だから、知りたくなった。男の行動にどんな意味があったのか。

「教えて」

 短い一言。男はそれで理解したようだった。

「危険な感じがしたからだ。だから試した。俺たちの軍隊に入れるかどうかをな」

「……私が危険だということと、貴方のいう軍隊と、どう関係あるの?」

「そこまで言わなくても、俺のあれを見たなら分かるはずだ。それでも改めて教えてほしいなら言ってやる」

 男の言うあれとは証明書のことだろう。確かにあれは男が軍人であることを証明している。

 つまりは、そういうことなのだろう……

「……私みたいに危険な子は、軍人みたいに危険を伴う生き方をするべき。私が本当に危険ならそのことを知るべきだと、そういう理由で私に財布を盗ませた」

「そうだ。完全に理解したようだな。なら、最後に一つだけ聞く。俺たちの軍隊に来るか?」

「……行く」

 自分でもおかしいと思った。

 男は私をはっきり危険だろ判断していた。そんな自分を信じているかも分からないような奴について行くなんて。

 なら何故、私は嫌がらなかったのだろう。そう考えた時、私が出す答えは一つだった。

 私はうれしいと思ってしまったのだ。

 誰からも必要とされず、孤独だった私は、必要とされることがうれしいと感じてしまった。

 きっと私は、孤独であることが嫌だったのだと思う。

 その時、私は誓った。私を必要としてくれる人は絶対に守ってみせると……

 私はそのまま男に連れられ軍隊に入った。 

 軍人として生きることにした私は、ほぼ毎日戦闘訓練をした。訓練がないときも自主訓練をしていた。どんな辛い訓練にでも諦めなかった。

 それらの行動は、ただ人に必要としてもらいたいという思いからくるものだった。頑張っていれば、仲間達は私を必要としてくれる。そう信じて、疑わなかった。

 そんな私が、少しずつやることが狂っていったのは、戦いの残酷さや、戦場の辛さなどを知ってしまったこともあるが、一番は私が抱いていた思いが強すぎたからかもしれない。

 あるときは、戦場で投降する兵まで殺したり。あるときは、私たちの軍を否定する一般人まで虐殺したり。

 そんな行動も、全ては自分を必要としてくれる人たちを守るため。方法は残酷かもしれないが、それでも仲間達は傷ついてほしくないという思いからくるものだった。

 しかし、それに仲間達が気付いてくれなくては意味がないということを、当時の私は分かっていなかった。 

 すぐに理解するべきだった。自分の行動がどういうものなのか。   

 しかし、狂ってしまった私は気付くことができなかった。

 ただ敵は、倒して、壊して、殺し尽くせばいい。

 そんな破壊衝動のようなものにとりつかれてしまった私から、みんなが少しずつ離れていくのは当然だったのかもしれない。

 それでも、その頃の私は何一つ理由が解らなかった。自分から、みんなが離れていくことも、みんなから批判されることも。

 そこで私は自分がおかしくなってしまったことに気付いていれば、自分の行いがどれだけ罪深いものなのかを理解できていれば、人生をやり直すという選択もあったのかもしれない……


 

 月日は流れ、気付けば私は一五歳にもなっていた。

 そのころの私は完全に孤立していた。

 最初のころ私を励ましてくれていた人も今となっては誰もいなかった。私を軍に誘ったあの男でさえも、私に話しかけることはほとんどなくなってしまっていた。

 だが、そんな風な状況になっても、私のすることは変わらなかった。

 自分の行いが皆の為だと疑わず、正しいものだと思っていた。むしろ、敵がいるから周りがおかしくなっていく、などと自分を正当化し、自分の行いに拍車をかけるようになっていた。

 みんなが離れていくのは自分が原因。その自分は狂ってしまっているがゆえに、原因に気付かず同じことを繰り返す。そしてまたみんなが離れていく。どうしようもない悪循環だった。

 そんな時だった。私が彼に会えたのは……

 彼は新しく入隊した人の中にいた。

「もしかして、咲夜花(さやか)なのか?」

 それは初めて顔を合わせたとき彼が私に向かって訪ねた言葉だった。

 咲夜花、最初はそれが誰の名前か解らなかった。だが、すぐに気付いた。

 それは、私の名前だった……

「……誰?」

 どうして、私の名前を知っているのか?

 そもそも、どうして私が咲夜花だと分かったのか?

 色々な疑問があったが、最初に出た言葉はこれだった。

 彼は少し悲しそうな表情をしていたが、すぐに納得した様子で答えた。

「俺の名前は勇斗(ゆうと)。俺のこと、覚えていないか?」

 勇斗、その名前には聞き覚えがあった。

 まだ小学校に通っていたときに、確か私とよく話していた子だったと思う。もう記憶があやふやで、本当にあの時の子であるなんて確信はなかった。

「……覚えてる」

 だから自分でも驚いた。確信がないにもかかわらず、“覚えてる”と言えたことが。

 しかし私は、あまり深く考えることでもないかと思い、すぐに考えるのを止めた。

 そして、よくみれば彼も同じように驚いた表情をしていたが、彼と私では驚いている理由が違っていると思った。

「覚えていたか。少し驚きだな。でも、うれしいよ」

 案の定、彼は自分のことを覚えていることに驚いていた。

 それにしても、ここにいるということは彼は軍人になったということだ。何故、軍人になったのだろうか。気付いたときには、私は口を開いていた。

「あなた、どうして軍人なんかに?」

「……そういう君はどうして軍人に?」

 まさか聞き返されると思わなかったため、少し動揺はしたが素直に答えた。

「必要とされたから」

「必要とされたからか……俺の復讐って理由よりまともだな」

 驚くなどより先に、私が思ったことはおかしいだった。

 復讐するから、軍人になるという男の理屈は妙だったからだ。

 ただの復讐なら、わざわざ軍人になどならずすぐに殺しに行けばいいのだから。

 そこで私は気付いた。

 彼は、それをしないのではなく、それをするためにここに来たのではないかということに。

 つまり、彼の復讐する相手は……

「まさか、ここにあなたの復讐の相手がいるの?」

「……確信はないけどな。多分ここだと思う」

「どうしてここだと思うの? そもそも、あなたの復讐の相手って誰?」

「ここだと思った理由はある噂を聞いたからだ。多分、その噂の奴が相手だと思う」

「噂?」

 私達はもともとあまりいい評価をされないから、妙な噂をされることもある。当然この軍を批判するような噂もある。多分、その中の一つが彼の耳に入ったのだと思った。

 しかし、ほとんどが嘘のため、今回もそうだろうと思っていた私は彼の言葉に驚愕した。

「敵には容赦がなく、自分の軍を批判すれば一般人にすら非道に殺す奴がいるって聞いた。俺の両親はそいつに殺されたんだ……」

 まさしくそれは、私のことを言っているようだった。

「……そう」

「……君にそんなことをいっても仕方なかったな。悪いな、不安がらせて」

 私が不安そうに返事をしていたからか、彼はわざとらしく明るく振舞っていた。

「別に大丈夫」

「なら良かった。まあ、これからよろしく頼む。それとここでの会話は誰にも話さないでくれ。

それじゃ」

 彼はそのまま走り去ってしまった。

 ……この会話で色々と思うことはあった。なにより一番はやはりあの事だった。

「私、殺されるの? あの人に……」

 何故なのか、今まで死ぬことなんか考えたこともなかったのに、今は違う。

 確かに、怖いと私は感じていた。

「どうして、私はこんなにも……?」

 私が初めて、自分というものに違和感を感じたのがこの時だった……



あの日から私は、自分が得体の知れないものになってしまったような気持ち悪い感覚に悩まされていた。

 そのせいで何かが変わってしまったわけではない。それでもどうしようもないこの感覚のせいでいつかは自分が変わってしまうのではないかという恐怖があった。

 どうしてこんなことになったか、理由は決まっている。

 彼の言葉が間接的な原因だ。

 何度も忘れようとした。結果は、忘れようとすればするほど、逆に鮮明に思い出してしまうというものに終わった。

 逆に、思い出すなら受け止めてみようした。結果は、あのどうしようもない感覚を受け止めきることは不可能だった。

 こうやって私がこのことを考えていると、毎回たどりつく結論は『どうして彼の言葉でこんなにも乱されるのか』というものだ。

 今までこんなにも自分を揺さぶられたことなどなかった。

 戦場にいた時ですらこんな気持ちになることなどなかった。

 どうして今回に限って、こんなにも私は不安を感じるのだろう

 私はこの自分自身の問いに答えることはできない。

 自分自身がどうしてこんなことを思うのかも分からないのに、こんな問いに答えられるはずもない。

 すなわち、今の時点では解決策がないということと同意義だった。私は少なくともそう思っていた。

 そんな私の考えを覆したのはある二人の会話だった。

「おい、反逆者がでたって本当か!?」

「……どこで聞いたんだよ」

「何処だっていいだろ! それで、本当なのかよ!?」

「どうやらそうみたいだな。俺も詳しくは知らないがある部隊の隊長が撃たれたらしい」

「やっぱり本当なのか…… それでそいつと、その隊長とやらはどうなったんだ」

「隊長は生きてる。だが相手はその場で殺された」

「どうして、相手はそんなことを……」

「俺たちはいつのまにか恨みを買うような立場だからだろ。どうでもいいが他の奴には話すなよ。余計な騒ぎは御免だ」

「言われなくたってそれぐらいは分かっている」

 この話を聞けたのは偶然だった。

 ただ一人になりたくて、人目に付かないような場所に隠れるようにいただけだった。

 それでも私は、その話を聞けたとという偶然にこれ以上ないぐらい感謝した。

 私がこれ以上この感覚に悩まないようにするには元凶を消せばいい。

 つまり彼を、殺せばいい

 それも彼が裏切り者だったということにすれば、誰も彼が死んだことで変わったしまったりすることはない。

 ただでさえ彼はここに人を殺すために来ている。裏切り者だったということにするには多少はやりやすいはず。

 時間はいくらかけてもいい。それまでは必ず我慢して見せる。だから確実に彼を殺さないと。

 ……でも、どうしてだろう。

 彼を殺したいという気持ちは強くある。けど、同時に彼を殺したくないという気持ちもある。

 二つの相容れない思いが私の心を、渦巻いていた。

「どうして、こんな……? 私は、どうすれば、いいの? 誰か、教えて……」

 それに答えてくれるものなど、誰もいなかった……



 あれから一月ほどたった。

 特別に変わったことはない。あえて言うならば、いつのまにか私達は名前で呼び会うようになっていたということぐらいだろう。

 だからといって、彼に完全に心を許しているわけではない。

 ……ただ、全く信用していないわけでもなかった。

 自分でも、これは矛盾していると重いだということに気付いてる。

 けれど、どっちの思いも確かに私の中にあるのだった。

 結局、何も決まらず無駄に時間だけが過ぎ、とある日がやってきた。

 敵軍がこちらの軍に戦闘を仕掛けてきたのことだった。

 噂で敵が近々に攻めてくるかもしれないと聞いていたから、やるならその時だと決めていたのはずなのだが、実際にその時が来たのにもかかわらず、心の中ではいまだに覚悟は決まってはいなかった……

「咲夜花、急がないとやばいんじゃ!」

 そんな考え事をしていた私に向かって、勇斗は焦っているように叫んだ。

「わかってる。すぐ行くから」

「じゃあ、俺は先にいくぞ!」

 それだけ言い残すと、彼は走って先に行ってしまった。

 私は考え事をしていて少し茫然としていたため、戦闘準備がまだできておらず、彼の後を追うことは出来なかった。

 それから少しして準備が終わると私も急いだ。なにせ敵は基地のすぐそばまで攻めてきて、いつ突入してきてもおかしくない状況だったからだ。

 ……何故そんなとこまで攻めてくるまで気付かなかったのか奇妙だが、それ以上に変なのは、敵の数が明らかに少ないことだ。

 敵軍の基地を落とそうというのに、敵の数は多く見積もっても、こちらの十分の一もいない。

 何をする気なのか全く想像がつかなかった。

 私が宿舎の外に出ると、あちこちで戦闘はもう始まっていた。

「貴様!! こんなところで何をしている!? さっさと戦え!!!」

 私が遅れてきたことに気付いた上官がいきなり怒鳴った。それに対して特に反応することもなく、すぐさま私も戦い始めた。

 しかし、私は戦闘に集中することが出来なかった。

 ……その原因は分かっている。

 勇斗を、どうするかということだ。

 彼は殺さないといけない。でも、殺したくない。

 この矛盾している思いが、いつも気付いた時には私の中で渦巻いている。そして、どうしてもその事で頭がいっぱいになってしまい、他の事に集中が出来ないのだ。

 今だって、私は戦わなければならないのに、勇斗の事に考えがいってしまっていた。

 そんなだから、私はすぐに敵の異変に気付けなかった。いや、今の私がこの事に気付いたのも奇跡かもしれない。

「敵は、どうして、こんなにも正確に?」 

 言葉通り、敵軍は明らかにこちらの戦力が少ないところを正確に攻めきろうとしている。

 逆にその場所を補強すれば、それによって戦力が落ちた場所に的確に移動し攻撃する。

 つまり敵の動きが完璧すぎるのだ。

 こんな銃弾が飛び交うような場所で、そこまで冷静なこちらの配置を見極めることなど本来なら不可能なはず。何が起きているのか理解できずにいた。

 ……いつもの私なら、どうしてこんな状況になっているのか、的確に把握できるはずだった。だが、今の私は複数のことを同時に考えるような器用な真似はできなかった。

 そして、私が気付いた時にはもう遅く、最初はこちらが圧倒的に有利だったにも関わらず、今はむしろ敵軍が側が有利となっていた。

「おい! 何でこっちにこんな敵がいる!?」

「知らん! とにかく敵に集中しろ!」

「どこから敵が来ている!?」

「こっちにも応援をお願いします!!」

「味方は何処にいる!?」

「うわあああああ! 助けてくれ!!」

「くそっ! どうしてこんなことに!」

 通信から聞こえてくる声もとても統制がとれているとは思えない酷いものだった。

 誰もがこの状況を理解しきれず浮足立ち、我武者羅に敵に突っ込みやられていった。

 私も具体的な解決方法が見つからず苦戦していた。

 その時だった。

 一人の男が戦場から離れ、森の方へと走って行くのが見えた。

 ……何故だかは分からない。その人をその先へと行かせてはいけない気がした。

 私は戦闘中なのにもかかわらず、その人の後を追うことに決め、なんとか敵が隙をつけないかと奮闘した。

 それから、少したった時だった。

 何故か敵軍の攻撃が唐突に止み、今までいたその場所から離れていった。

「……どういうこと。まさか、罠?」

 その可能性は捨てきれないが、罠にしてはいささか単純だと考え大丈夫だと信じることにし、

私はそのまま森の中へと走って行った。

 しばらく走ると、二人の人間が話しているのが見えた。

 片方はマスクをつけていて顔は判別できないが、もう片方の人間は……

「勇斗……」

 ……考えてみれば、戦場から離れていったのが彼である以上、ここに彼がいるのは当然だ。

 私自身、こんな場面を想像はしていたが、信じたくないと思っていた。

 それでも彼が敵兵士と密会している以上、敵と何らかの関係を持っているのは明らかだった。

 ならば、彼は、裏切り者だ。

「……信じようとしたんだよ。なのに、裏切るんだね、勇斗?」

 いつもと違い、私は素の口調がつい出てしまっていたが、それより、私はおかしなことを呟いた。

 もともと、彼を信用などしていなかった。殺そうとすらしていた。

 最初から、こうなるはずだったのだ。なのに、私は彼に酷く憎しみを感じていた。

「私、どうして、こんなにも勇斗を、憎んでいるんだろう? ……まあ、いいや。もう疲れたから……」 

 そう呟くと、考えることを放棄した。

 肩にかけていたライフルを構え、標準を合わせた。

 距離は二百もない。この距離なら外さない自信があった。

 だが、何故なのだろう。彼の頭に完全に標準が合うその瞬間、急に手が震えだした。

「どうして、手が……?」

 震えだした手は収まらず、標準はいつまでたっても定まらなかった。

「止まって。彼は殺さないと。だって裏切ったんだよ。だから、殺さないと……」

 その言葉が届いたのか、手の震えは止まった。

 私は再び、標準を合わせた。後は、引き金を引いて終りだった。

 ……それなのに、引けなかった。手の震えだって、もう止まっている。それなのに、引けなかった。

「どうして、なの? 私は、どうして、勇斗を……」

 その時、私は勇斗の酷く辛そうな表情をしているのが、ライフルのスコープから見えた。 

 それを見た私は、何故か嫌だと思った。もっと、笑っている顔を見せてほしいと思った。

 どうして、そんなことを思ったのかは分からない。けれど、今は勇斗の笑っている、私に向かって笑いかけているとこを見せてほしいと思った。 

 そんなことを思っていると、私は簡単なことに気付いた。

「……なんだ。こんな簡単なことだったんだ」

 勇斗に、私はいつのまにか魅かれていたのだ。多分、最初にここで会ったその時から。だからこそ、彼が私を殺そうとしているのかもしれないと思った時、あんな嫌な気持ちになったのだろう。それでも私は、無意識に彼を信じようとしていたのだと思う。だから、裏切ったことに酷く憎しみを感じてしまったのだ。

 本当に気付いてしまえば、簡単なことだった。

「……やっぱり、私には勇斗を殺せないよ」

 それが私が時間をかけて悩み、最後に導き出した答えとなった。

 私は、ライフルを下げようとした。だが……

「本当に下げて、いいのかしら?」

 無線からそんな問いかけの言葉が届き、それからすぐに勇斗が話していた敵兵士が、眼にもとまらぬ速さで、ライフルを構え私に向かって撃ってきた。

「っ!?」

 かろうじて避けられたが、安心は出来なかった。

 構えてすらいない状況から、ほんの数秒でライフルを的確に撃つことができるような敵に、油断はできなかった。

「あれを避けるなんてさすがね。でも、そのまま隠れているのはつまらないわ。こっちに来てくれないかしら?」

「くっ! 駄目だ、咲夜花。来るな!」

 再び無線から、声が聞こえた。

 本来ならば勇斗の言うとおり、のこのこと行くはずはない。だが今は、敵のそばに彼がいる。

 断れば、彼が危険な目にあうのだろう。拒否することは出来なかった。

「あら、本当に来るなんて思ったよりいい子ね。そんなにその彼が大事なのかしら?」

「……何が目的?」

「それは、私の素顔を見れば分かるわよ」

 敵兵士はそう言うと、マスクをとった。

 彼女の声を聞いた時、まさかとは思ったが、その素顔は私が予想していた人のものだった。

「……どうして、あなたがここに、いるんですか?」

「今更、私の口から言わなくても、貴方はもう全てを理解してるはずよ? 咲夜花ちゃん」

「……やっぱり、あなたが、全ての原因なんですね?」

 私は彼女の声を聞いた時、ある仮説をたてていた。それは、信じたくはないものだったのだが、たった今、それは証明されてしまった。

「だったら、どうするのかしら?」

 私に向かって問いかけた彼女は、銃を私達に向けた。

「……許さない。けれど、今はまず、先にこうすることにします」

 小さな声で答えた私は、煙幕をあたりにまいた。

 流石にこれは予想していなかったのか、相手は私の姿を見失っているようだった。

 その隙に、私は勇斗を連れて、その場から少し離れた。

 この状況に彼はついてこれていない様子だった。さらに、彼があの場にいては私が 自由に動けない。それでは正直、分が悪かったのだ。

 そんな理由から、少しでも状況が整理する時間がほしく、私達は相手から離れたのだった。

「勇斗、大丈夫?」

「ああ。それより、あいつが誰だか知っているのか?」

「……知ってる。あの人は、私の上官だった人で、今は私の敵」

「どういうことだ?」

「その前に。あの人から私について、なんか聞いているはず。何を聞いてる?」

「……咲夜花には、気を付けた方がいいとだけ聞いてる。他には何も」

「そうやって、少しずつ人を疑わせて、心を操ろうとするのは、あの人らしい」

「あら、それは褒めているのかしら? まあ、どちらでも構わないことね」

 その声は再び無線から聞こえてきた。

「それより、咲夜花ちゃん。本当に彼を殺さなくていいのかしら? また、得体のしれない苦しみが襲うかもしれないわよ?」

 無線から聞こえてくる声は、当然のごとく傍にいる人にも聞こえる。これで、私が勇斗を殺そうとしていたことを、本人は知ってしまった。でも、仕方のないことだ。それが事実なのだから。でも、だからこそ私は、自分の今の気持ちを答えた。

「……もう、私は大丈夫。勇斗を殺したりしない。自分がどうして、あんなに苦しんだのかその理由に気付けたから。だから、貴方の思い通りにはならない」

「でも、咲夜花ちゃんがそうでも、彼は違うかもしれないわよ。なにせ自分の親の敵であり、自分を殺そうとした本人が、眼の前にいるのだから」

「……なるほど。そういうことか」

 勇斗が相手の言葉の何かに反応していた。何か思うとこがあったようだった。

「どうしたのかしら?」

「……何故、親だと知っている? 俺は咲夜花には親が死んだと伝えたが、お前には“大切な人が死んだ”としか伝えていないはずだ」

「……まさか、こんな迂闊な失敗をするなんて、私もまだまだね」

 勇斗の指摘は間違っていなかったようだ。相手は自嘲するように喋っていた。

「やっぱり、お前が!」

「そういうことよ。これで貴方が咲夜花ちゃんを、怨む理由が一つなくなってしまったわね。でも、もう一つ残っているわ。私を怨むのは自由だけど、本当に、私だけでいいのかしら?」

 私はそれに何も言い返せなかった。彼を殺そうとしたのは事実だから、憎まれて当然だと思う。だから……

「当然だ。憎むのは、お前だけだ!」

 彼がそう断言した事が信じられなかった。

「お前は、全てを知っていたんだろう? そのうえで、俺達を互いに殺し合わせようとした。

ならば、咲夜花には何の罪もない。むしろ被害者だ」

「例えそうだったとしても、彼女が、貴方を、殺そうとした事実は消えないわ」

「確かにそうかもしれないが、俺はそれでも、咲夜花を恨んだりはしない」

「……ここまでお二人さんが和解するなんて予想外ね。なら、長居は無用ね」

「逃げるつもりか!?」

「そうさせてもらうわ。思い通りに動かない駒に用はないもの」

「……私達は貴方を許さない」

「なら、次に会った時に決着をつけてあげる。すぐのことだから楽しみにしていなさい」

 それを最後に無線からの声は途絶えた。退いて行ったようだ。

「……逃げたのか?」

「……そうみたい」

 それ以上の会話が続かなかった。

 でも、私には他に聞きたいことが、聞かなければいけないことがあった。

「勇斗、一つ聞きたいことがある」

「……とりあえず、先に戦場に戻ろう。話は全部が終わってからしようぜ」

 そう言って勇斗は走って戻って行ってしまった。

「私、何を聞こうとしているんだろ? 勇斗は怨んでいないって言ってたのに……」

 私は、とりあえずそのことを考えるのを止め、勇斗の後を追っていった……

 


 私は今、近くにある泉の場所に来ている。いや、逃げ出してきたといった方が正しい。

 戦場に戻った私達が眼にしたものは、こちらの軍が敵を圧倒している光景だった。

 何があったのかは知らないが、今の敵兵の動きはまるで統率がとれておらず、初め私が眼にしていたようなものとは違い酷いものだった。決着もあっけなく終わった。

 しかし、私にとって本当に辛かったのはこの後のことだった。

 話を聞くと、敵軍は私が勇斗を追っていなくなったころから、急に動きが悪くなったらしい。

 さらに、私は準備に戸惑っていて戦場に来るのも遅かった。

 つまり、私がひそかに敵軍に情報を流し、さらには戦場にいるときも私が作戦を支持していたのではないかと疑われたのだった。

「私は、敵に情報を送るなどといった真似はしません。それに、もし私が裏切っているならば戦場を離れる必要もなかったはずです!」

 当然こんな弁解をした。

 だが、返ってきたのは、予想もしないものだった。

「確かにその通りだ。だが、それすらも計算のうちではないという証拠は何処にある?」

「……何故、そこまで私を疑うのですか?」

「その質問に答える前に、一つ聞かせてもらう。戦場を離れ何処へ行っていた?」

「そっ、それは……」

「答えらないならば、それが理由の一つ目だ。何も話さないということは、話すことで自分が不利になるようにことをしてきたのだろう? そんな奴を信用できると思うか?」

「……それが、私を信用できない理由ですか?」

「いや、これより簡単な理由がある」

「それは、何ですか?」

「もともと、お前のような危険な奴を信用してはいない。ここの軍にいる全員な」

「……どういう、ことですか?」

「敵も民間人も関係なく、自分に仇なすものは全て殺す。そんな危険な奴をどうして信用できる?」

 私は、気付いた時にはその場から逃げだしていた。

 自分の戦いが、自分の為のものだという認識をされていたことが、悲しかった。

 私の戦いの意味を、分かってくれていなかったことが、悲しかった。

 私は、もうとっくに一人だったという事実が、悲しかった。

 逃げた私がたどり着いたのは、私が気にいっている近くの泉だった。そして、今に至る。

 私は、何もせずただ座って泉を見ていた。何も考えたくなくて、ただ茫然としていた。

「ここにいたのか、咲夜花」

 だから、勇斗が近くに来ていたことにも気付かなかった。

「こんなとこで、何してるんだ?」

「……泉をみていたの。何も考えずにいられるから」

「そうか……」

 勇斗は私の隣に座り、一緒に泉を見始めた。

「私、名前の通りになっちゃった」

「名前の通り?」

「咲夜花、この名前って並べ替えるとある意味があるの」

「……夜に咲く花、といったところか?」

「そう。そんな花なんてほとんどない。まるで仲間外れのような花。ほら、今の私と同じ」

 まるで自嘲するように私は言った。

「……そんなに悪い意味だけでもないと俺は思うけどな」

 だから彼の言葉には驚いた。

「どういうこと?」

「夜に咲く花ってことは、夜なのにもかかわらず花を咲かすことげ出来る、強い花ってことだろ? そう考えれば、けっこう凄いことだろ」

 私は、自分の名前が嫌いだった。孤独を想像してしまうから。でも、勇斗は違った。

 決して悪い意味でないものだと気付かせてくれた。

 だからこそ、そこまで私を救おうとしてくれる勇斗が、どういう人なのか分からなかった。

「どうして……?」

「咲夜花?」

「どうして、そんなにも私に優しいの? ねえ、どうして!?」

 私は泣いていた。それでも叫ぶのを止めなかった。彼の答えを聞きたいから。

「簡単なことだ。俺は咲夜花を放っておけないんだ。俺と同じように、孤独という絶望を知っているから」

「勇斗……」

「そして何より、咲夜花のことが、好きだから」

「えっ!?」

 今の私は、多分かなり顔が赤くなっていると思う。それも当然だ。いきなり告白をされて驚かない人なんていないと思う。

「えっ、えっと。そ、その、な、何て言えばいいの!?」

「……それを告白した本人に聞くか?」

「だって、いきなりだったし、予想外だったから!」

 私はいつのまにか泣きやんでいたが、いつもの自分にまるで戻れていなかった。

 そんな慌てている私を見て、勇斗は笑っていた。

「ひ、酷い! こんな時に笑うなんて!」

「悪いな。いつもの咲夜花とあまりに違うから、つい可笑しくなってな」

「やっぱり酷い!」

「まあ、悪かったって。それにしても、咲夜花にこんな一面があったなんてな」

「いつもはこんなとこ見せないもの。女だってこともあって、見下されることもあるから」

「だから、冷静な振りをしていたのか」

「そういうこと。だから、今の私が本当の私だよ。驚いた?」

「ああ、驚いた。さらに、もっと咲夜花のことが好きになったかもな」

「っ!? また、そういうことを言うんだから!!」

 でも、こんなやり取りも悪くないと私は思っていた。

 それから少しの間、互いに色々なことを話した。その時間は、私にとって楽しいと思える時間だった。

 だが、この世界には終わりというものがある。当然、この楽しい時間も例外ではない。

「さてと、そろそろ終わりかな」

「どういう意味だ?」

 その問いに答える前に、聞かなければいけない事があった。

「それに答える前に二つだけ教えて」

「何だ?」

「私のことが好きなら、その理由を教えて」

「……俺のことを理解してくれたからだ。俺の苦しみや辛さや憎しみを知っても、咲夜花は俺の近くにいつもいてくれた。それがなにより、嬉しかったからだ」

「……理解しているふりをしていたとは考えなかったの?」

「考えなかった。俺は咲夜花を信じていたから」

 私は改めて気付いた。この人を殺そうとしていた自分の酷さに。

「ごめんなさい。私は、貴方を……」

 いくら謝ったところで過去は変わらない。自分の罪が消えることはない。

「謝るなよ。咲夜花は悪くない。それに、俺達は生きているんだ。それで、いいだろ?」

「許して、くれるの?」

「俺は最初から怨んでなんかいない。そう言っただろ? だから森でも答えなかったんだ」

 先ほどの森で最後に何て言おうとしていたのか、分かっていたようだ。

「……ありがとう。勇斗」

 私は生まれて初めて、心の底から感謝した。私を、許してくれた勇斗に……

「どういたしまして、と言っておくよ。それで、二つ目は何だ?」

 本当にあの時のことを怨んでない? それが私の二つ目だったが、もうすでに答えは聞けたから改めて聞く必要はなかった。だから、二つ目は予定していなかったものにすることにした。

「二つ目は、質問じゃなくお願いになるけど、いい?」

「ああ、何だ?」 

「私をここから連れ出してくれる?」



 私達は、森の中を走っていた。

 理由は追われているからだ。

 何故、追われているのか。その理由は、軍から脱走したからだった。

 勇斗はともかく、私はすでに軍のなかでは、ほぼ裏切り者とみなされているはずだった。あの弁解している時に、逃げ出したことがきっかけにもなって。

 案の定、勇斗に近くまで偵察にしてもらいにいったところ、私を探している兵が大勢いたそうだ。

 昔の私なら、他の人の助けになるならばなどと考え、捕まって処刑されることも、受け入れたかもしれないが、今の私は違う。

 自分を好きだと言ってくれた人の為に、何が何でも生き残ろうと考えた。

 その為に、何年間も一緒にいた人たちも、過ごしてきた場所も捨てること選んだ。

 そして、私達はすぐに基地から離れるため移動していたが、運が悪く見つかってしまったため、相手の視界を少しでも悪くするため、森の中を走って逃げることにしたのだった。

 そうして、今に至る。

「咲夜花の言った、そろそろ終わりかなって、こういう意味だったのか。確かに、もう少し逃げるのが遅れたら、まずかったかもな」

「ごめんなさい。まきこんじゃって」

「俺は、お前にまきこまれることを選んだ。だから、気にするな」

 私達はそれだけ会話を交わし、後は無言で逃げていた。

 何処まで走ったのかは分からないが、気付くともう後方からは、追手の気配はなかった。あくまで、後方には……

「逃げ切ったか」

「そうみたいだね。けれど、新たな敵のご到着みたい」

 それを聞いた勇斗が前を見ると、ちょうど森の出口のような場所に一人の人間がたっていることに気付いた。

「あいつは!?」

「私がここにいることは予想外だったかしら?」

「そうでもない。あなたが、あの軍とつながっていたのは予想していた。だから、ここに待ち伏せしているのも分かっていた」

 私の口調は、いつものものに戻っていた。

 それに勇斗は少し驚いていたが、私は気にしなかった。

「分かっていたのに、ここに来たということは、決着をつける気はあるということね。なら、どっちが相手になってくれるのかしら? それとも、二人で来る?」

「お前は俺が相手をする!」

「勇斗、ごめん。ここは私にやらせて」

「咲夜花!? でも!」

「勇斗じゃ、この人には勝てない。私に戦いを教えた人だから。お願い、退いて」

「……頼んだ」 

 納得はしきれなかったようだが、それでも勇斗は退いてくれた。

「あなた一人が相手なのね?」

「……そうだよ。あと、もう貴方に敬語は必要ないよね? 覚悟して、刹那(せつな)!」

 始まりは唐突だった。 

 二人は同時に相手の元へ駆け抜け、紙一重の攻防が始まった。

「ふふふ、やっぱり貴方は最高よ! こんなにも私を楽しませてくれる」

「私は楽しくなんか、ない!」

「おっと、危ない。前より強くなっているわね。嬉しいわ!」

 刹那はまだ余裕そう見えた。実際に本当に余裕なのかもしれない。けれど、長い間、戦いを教えてもらっていた私には気になることがあった。

 どこか無理をしているように見えたのだ。まるで、昔の自分と同じように……

「ほら、どうしたのかしら? 動きが鈍いわよ!」

 余計なことを考えている暇なんてなかった。しかし、何度も忘れようとしても、私は考えずにはいられなかった。そして、それが失敗だった。

「っ!? し、しまった!」

 無駄な動きから私のナイフを叩き落とされ、隙だらけになってしまった。、

「これで、最後ね。それじゃ、さよなら。咲夜花ちゃん」

 敵のナイフは、まっすぐに私の胸へと進んだ。

 間に合わない、そう判断した私は、抵抗することを諦めた。

(ごめんなさい、勇斗。私、勝てなかった)

 その時だった。

 過去のいくつもの映像が頭の中に浮かんだ。

 これが走馬灯というものなのか、などと考えていると、一つの映像が頭に強く浮かんだ。

 それは、逃げ出す前に、勇斗とした約束だった。

 ――必ず、生きて逃げ切ろう。

 ――うん、もちろん。約束だよ。

 ――ああ、約束だ。

 私は、死ぬわけにはいかなかった。約束したから……

「私は、死なない!!」

 そう叫ぶと同時に、相手のナイフを蹴り飛ばした。

「なんですって!?」

 これには、さすがに敵も驚いたようだった。

「私は、約束をしたの。その約束を果たすためにも、死ぬわけにはいかない!」

 相手は先ほどの蹴りで、まだ動揺が抜けきっていないようだった。ならば、今こそ攻める絶好の機会だった。私はナイフを拾って構えなおし、攻め続けた。

「さっきまでの動きとは違う!?」

 自分では分からないが確かに先ほどまでより、動きが軽い気がする。これなら、いけるはず。

「くっ、なめないで! この程度ではやられないわ!!」

 しかし、相手の動きは鈍かった。いや、正確には私の動きが速くなっているようだった。

「もう、私には勝てないよ。諦めて」

「ふざけないで。私は負けないわ!」

「なら次を最後の一撃にする」

 私は少し距離をとり、ナイフを低く構えた。そして……

「さよなら」

 相手の懐へ一瞬で潜り込み、必殺の一撃を放った。

 刹那は、それを……

「えっ、どう、して?」

 その呟きは、私のものだった。

 刹那はこの一撃を、完全に無防備にうけたのだ。それも笑いながら……

「……この、結果を私は、望んで、いたのよ」

「どういう意味?」

「私は、怖かった。戦いに、喜びを感じる、自分が。その気持ち、が、強く、なっていくことが。だから、そんな私を、止めて、ほしかったの。自分じゃ、止められなかった、から……」

「……その為に、私達を利用していたの?」

「信じて、もらえるとは、思って、いないわ。でも、本当の、ことよ」

 刹那は、もう話すのも辛そうだった。あと、数分で死んでしまうだろう。

 そして私は、気付いた時には、彼女を抱きしめていた。

「……何を?」

「……今までの貴方を私は許さない。いくら時間がたっても。けれど、今の貴方は許してあげる。そして、信じてあげる。その眼が嘘を言ってるとは思えないから」

「……あまいのね」

「本当にあまいよな。咲夜花って」

 いつのまにか、勇斗も近くにいた。話は全部、聞いていたようだった。

「……でも、今は貴方の、そのあまさが、心地よく、感じるわ」

「……そう思ってくれるなら、私は嬉しいよ」

 ほんの少し前まで戦っていた相手が、今は自分の胸の中にいるこの状況が、不思議と悪い感じはしなかった。

 ……もっと早く、私が刹那のことに気付けば、こんな結果にはならなかったかもしれない。

 でも、刹那がこの結果を選んだというなら、私はただ受け入れるべきなのだと思う。

「……そろそろ、お別れね」

「最後に俺から一つ言わせてもらう。俺はどんなことがあろうと、お前を許さないし、この結果に同情なんてしない。でも、お前が苦しんでいたというなら、それにだけは同情してやる」

「最後まで、冷たい、わね」

 それに対して、勇斗は何も話さなかった。

「なら、最後に私からも一つだけ言うよ?」

「何かしら?」

「……私の温もりを感じながら、おやすみなさい」

「……人の、温もりが、こんな、にも、温かい、ものだと、最後に、教えて、くれて、ありがとう。おやすみなさい……」

 それを最後に、刹那は永遠の眠りについた。

「あいつも戦争という名の戦いの被害者で、苦しんでいたのかもしれないな」

「……そうだとしても、最後は安らかだったと思うよ」

「そうかもな」

 それを最後に私達は、再び走り始めた。

 その途中、一度だけ振りかえり私達は同時に言った。

『じゃあね(じゃあな)』

 そうして、私達は逃げ続けた。

 その途中、私は走りながら勇斗に、まだ言ってなかった自分の気持ちを伝える事にした。

「勇斗!」

「何だ?」

「私も貴方の事が好き!」

 それは、勇斗への告白の返事だった。


 

「……ちょっと、昔にふけりすぎたかな」

 気付けばずいぶんと時間がたってしまった。 

「それにしても、早いなあ。もうあれから五年もたってるなんて……」

 あの頃とは違い、もうすでに私は成人だ。本当に月日の流れは早いと思う。

 今、私がいるのはある廃ビルだ。どうしてそんなとこにいるのかというのは、簡単なことで、敵に追われているからだ。

 あの時、私と勇斗が基地から脱走してから、軍の人間に見つかったことはなかったのだが、

つい最近、偶然にも出会ったしまったのだ。

 それからというもの、執拗に追われるようになった。

 今日も、その追ってから逃げている途中にこの廃ビルを見つけ、私はこの中に逃げ込んだのだった。

 ちなみに、勇斗は、こことは遠く離れた場所に今はいる。

 どうしたって、二人で逃げるより一人で逃げる方が早い。それに、追われているのは私だけ。

 勇斗を危険な目にあわせたくはなかった。そんな理由から、私は一人で逃げていた。

「本当についてないな。それとも、これが私の過去に対する罰なのかな?」

 私の呟きは、辺りから聞こえてくる銃弾の音によってかき消された。

 つまりはそれだけ人数が多いということだろう。

「やっぱり、無理かな……」

 私は本音を言うと、私を狙ってる軍から逃げ切れるとは思っていなかった。

 だからこそ、絶対に見つからないようにしていた。

 勇斗を先に逃がしたのも本当はそんな理由からだった。

「勇斗……」

 私が死んだら、勇斗はどう思うのだろう?

 多分、酷く悲しむと思う。私なら、そうするから……

 多分、酷く後悔するだろう。私なら、そうするから……

 多分、酷く絶望するだろう。私なら、そうするから……

 そこまで、考えて私はある結論にたどり着いた。

「ふふ、やっぱり、死ねないよね。生きて帰らなくちゃ!」

 正直、相手の戦力は強大だ。けれど、諦めるわけにはいかない。

 逃げ切れないならば、逃げずに戦えばいい。

 諦めなければ、可能性は零じゃないはずだから。

「抵抗するな! 潔く死んでろ!!」

「悪いけど、死ぬわけにはいかよ。彼が、待ってるんだから!!」

 私の過去は酷いもので、消してしまいたい記憶だって数え切れないほどある。

 けれど、全てを否定はしない。

 彼と、出会えたから。彼と、知り合えたから。彼と、結ばれたから。

 そんな過去も含む、私の過去の全てを否定したくはない。

 そして、私はやっと、今までの自分が全て無意味な道を歩んできたわけではいと気付けた。

 だから、諦めない。

 待ってて勇斗。

 こうして、私は最後の戦いへと赴いた。愛しき人の元へ帰るために……

 そして、結果は……



 


 





 ここはとある街だ。

 平和で、のどかなとこだった。

 この街には、少し大きめの一つの家がある。

 その庭に、一人の男性が立っていた。

 ゆっくりと、その男性に近づいた。

「おかえり、咲夜花」

「ただいま、勇斗」

 私はその愛しき人に、口づけをした。

 私はこの人と、これからも共に愛し合いながら、生きていく。

 これが、長い間ずっと、私が望んだ幸福だった。

 そんな幸福を与えてくれた人に、私は一つだけ自分の気持ちを伝える事にする。

「勇斗」

「何だ?」

「私は、あなたのことを、愛しています」


end 

前書きにも書きましたが、少しだけ変えたので気づかないと思います。

 ちなみに再投稿した理由は、ワードで最初書き直してたためです。

 ワードで書いたところをいちいちこっちでも書き直すのがめんどくさかったので再投稿という形をとりました。


 以上、高凪からの再投稿の理由の説明でした。

 これからも自分の小説をよろしくお願いします。

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