八話 祭り
魔王が倒された?
この俺の手によってではなく、誰かに?
そんなはず、ありえない。俺は魔王を倒すために勇者になったというのに。入院さえしていなければ倒していたのはこの俺だったに違いない。
俺は半ば八つ当たりのようにユーキーを睨みつけ訊いた。
「魔王がやられたのはいつ頃だ? いったいどこのどいつが倒したんだ? 何人組みだ?」
「そんなに一度にたくさん質問しなくても。ニュースを見た方が詳しく分かると思いますよ」
行きましょう、と言ってユーキーは歩き出す。おそらく街角の大型テレビの前に向かうんだろう。服を着なくてもいいのか?
疑問を口に出すことなく、それとなく距離をとり他人の振りをしながら歩いたが、まったく全裸を貫くユーキーに注目する人がいないのには驚いた。ビルに取り付けられた大型のスクリーンの周りに集まった人々の中に俺らがいても、ユーキーは誰一人に注目されることは無かった。全員が画面を注視しているから気がつかないというのにはさすがに無理がありそうだったが、問題にならないのならば放置することにする。気にしたら負けだ。
ニュースでは魔王がついに倒されたと言うことで、あの国営放送ですら興奮気味にリポートが行なわれていて、スタジオはお祭り騒ぎだった。
とうぜん、そのニュースを聞いている人々も歓声を上げ、知らない人同士抱き合ったり、セクハラ呼ばわりされたりしている。さすがにどさくさに紛れてできる事ではないだろう。
なかには川に飛び込む若い人もいたが、水質はお世辞にも綺麗とは程遠く、おそらく入った人は後で後悔するんだろう。
街のどこもかしこもお祭り騒ぎで、カーニバルのように踊り始め、辺りには出店が並び始めた。
誰もが理由無く騒いでいる。何も知らないのと言うのに騒げている。
つまり。
『魔王』という単語に秘められた力にはそれだけの影響力があったということだろう。
ニュースは続く。人々の喧騒に鳴りを潜め始めていたスピーカーの音が、再び大きくなっていく。いや、違う。周りが静まったからだ。誰もが気にしているのだ。魔王と、そして打ち倒した英雄の存在に。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。強く握った手の中の汗がひどいが気にしてなんかいなかった。気がついていなかった。
俺の視界には画面しか見えなくなっていた。ユーキーが消え、いや周りのすべてが視界から消えうせ、映るのは映像のみ。五感の全てをそこに集中させた。
スタジオで詳しく解説が始まった。
「しかし驚きましたね。平和な街で突如発生した殺人事件。詳しく調査した結果、殺されたのは魔王だったんですから」
「まったくです。殺人容疑の男は一転して英雄扱い。現在も警察が詳しく話を聞いているとの事です」
「改めて振り返ってみましょう。ここでは勇者と仮称させていただきますが、勇者が魔王を倒したのは昨日の夜のことです」
マスメディアも詳しいことは分かっていないのか、断片的な情報が繰り返される。誰もが知りたいことを言えない。
「突然ですが、警察による緊急会見が始まるようです」
画面がスタジオから切り替わり、警察官らしき男が複数人座っている会見の場になった。
警察官の一人が事件のあらましを述べ始めた。
どうにも俺は勘違いしていたが、魔王は遥か北の大地ではなく、この街に潜伏していたらしい。よくもまあ今までばれなかったものだ。
「本人の許可が出ておりますので、写真ですが公開いたします。魔王を倒した、ケチャパチャンです」
どうみても、ケチャップ大好きなあの男が以外の何物でもなかった。半年ほど前まで俺の仲間であったケチャパチャンだ。
「ユーキー」
俺は画面からは視線を外さず問い詰める。
「何故こうなったのかは本人に訊いていただかないと分かりませんが、おそらくケチャップと間違えてとかそんな感じだと思います」
「いや、どんな感じだよ?」
同意できるような気もするあたり、ケチャパチャンの行動原理は単純だと思う。
記者会見ではケチャパチャンに関して記者の質問が続いているのが、あまり答えられていない。
答えないのか、答えられないのかは分からない。
ケチャパチャンが取調べでまともに答えなかったからだろう。
「また魔王に関しては、既に倒されていますが調べた結果詳しいことが分かりましたので報告します。魔王は人間に化けていたようで、照合したところ一等新聞社の一等魔悪さんと同じ姿でした。魔王が何らかの形で乗っ取ったと思われますが、時期などは不明な点がありますのでこれから精密調査をしていきます」
記者が一斉に質問をし、警察も答えられる範囲で答えているが俺は聞いていなかった。
警察が言った魔王が乗っ取っていた人間。
俺の母親の名前? あんな個性的な名前は他にいないし。
「ユーキー」
「なんでしょう?」
冷静さ保っているようだったが、言葉が少しだけ震えていた。
「俺の母親の名前は魔悪だ。知ってるよな」
「存じてます」
前にそんな話を一度だけしたのを俺は覚えていた。
「俺が入院してる時、慌てて帰ったよな? あのあとすぐに母親がやってきたんだが、あの時点でお前は何かを知っていたんじゃないのか?」
横目でチラリと視線を向ける。
ユーキーは腕を組み沈黙した。何かを考えているようであったが、裸である。俺にはそれを突っ込むほどの余裕がなかった。
警察による会見は既に終わり、スタジオでは再び討論が始まっていた。そんなものに興味はまるで湧いてこない。
どのみち無意味な推論を並べて満足しかできないくだらない内容だからだ。
「わかりました。私が知っていることでよければ話しましょう。ただ、ここは人が多すぎますので場所を変えましょう」
丁寧な口調こそ変わっていないが、目で見てわかるほど何かが違った。俺は黙って頷くことしかできなかった。
久しぶりの投稿となってしまいましたが、初めの頃と随分変わってしまったものです。成長ではなく文体が安定しないだけですが。
技術不足もあり、読みにくい箇所がありますがご容赦ください。少しづつ修正していこうと思います。
そろそろ終わらせようとしているのに中々終わってくれない物語。たぶん次かその次くらいで終わります。
読了ありがとうございました。