五話 パーティー結成、そして。
変態紳士ユーキーを待つこと1時間。
もしかしたら戻ってこないんじゃないか、と思い始めたころ俺は気がついた。視界の端でダンボールがこそこそと動いていることに。
俺がそちらを見ると、ダンボールは動きを止める。まったく人を感じさせないそのさまはプロだったが、動いていた瞬間を見ていた以上なんか馬鹿らしかった。
だるまさんがころんだ、を彷彿とさせたが俺はずっとダンボールを凝視していたのでゲームが成立しなかった。
飽きてきたころ、ようやくユーキーとその仲間らしき男が現れた。ユーキーのすぐ隣を歩く男。見た目は普通のようだが、ユーキーという変態紳士の前例がある以上、信用がまったくできない。
ユーキーは俺の前まで来るとにこやかに言った。
「これが私のお仲間の二人です」
……二人?
「お前を入れてか?」
「私を入れると三人ですが?」
何を言っているんだとばかりに怪訝な顔をするユーキー。いやそれ俺のするべき表情だから。
しかしまさか、と俺の脳裏に一つの答えが浮かんできた。出来ることなら外れていてほしいのだが。
俺はさっきから視界の隅で動き、少しずつこちらに近づいているダンボールを指差した。
「あれか? あれなのか?」
「はい。彼が勇者のパーティーに加わり、共に魔王を倒す仲間です」
そんな堂々と言われても。おかしい。勇者と言えば一番目立たなければいけないだろう。これでは俺が地味みたいに見えてしまうじゃないか? 何を考えているんだ全裸野郎!
あのダンボールに魔王を倒す力があるなんて到底思えない。
「自己紹介をしますね」
ユーキーはすぐ隣の長身の男に体を向けた。
「彼はケチャパチャン。ケチャップを愛してやまない格闘家兼勇者です」
勇者なのかよ? 名前には突っ込まないよ。
「彼は一週間前出所し、ケチャップを捜し求めていたときに私に出会ったんです」
……出所? あの、あれですか。捕まった人が出てくる出所ですか?
「深くは訊かないであげてください。ちょっとケチャップと血液を間違えてしまっただけなんですから」
「どうやったら間違えるんだよ。間違いなく出所させたらまずいキャラだろ」
「まぁまぁ。一日一本ケチャップ支給で働いてくれるそうです」
ケチャップ後で買ってこないと。
「それでそのダンボール、ってあれ? どこいったんだ? さっきまでいたのに」
「ああ、気にしないでください。彼はリューヘー。職業は見た目どおりひきこもりです」
見た目どおりというか。意味が分からなかった。
「そいつ、仲間にするメリット無くね?」
「デメリットならありますよ?」
いらねーよ。
「もちろんただのひきこもりAごときに私たちも用はありません」
いつのまにか私たちになってるな? パーティー結成は決まったことなのか?
「彼は数年前の魔王との決戦の生き残りメンバーなんです」
なんだって! あれは俺も新聞で読んだ。配達する新聞を読んだせいで母親に怒られたが。あのときの魔王は最強とも言われていて、勇者のパーティーは善戦するも敗れてしまった。ただし一人だけ生き残ったという話だったが。
「それがそのひきこもりとやらなのか」
「そうです。彼は隠れること、逃げることには絶対的な能力があり通常の敵との戦いはおろか、本来逃げることのできない魔王との戦闘でさえも逃げ出すことのできる唯一の人間なんです」
「それ、つかえないだろ!」
「……それもそうですね。なら彼には縄で縛って囮にでもなってもらいましょう」
この変態紳士。キャラが安定しない。紳士かと思えば結構平気でひどいこと言っちまうよな。俺が言えた義理ではないかもしれないが。
「で、そのダンボールだがさっきまでそこにいたが、もういないぞ」
「ああ、大丈夫です。どこかに隠れているんですよ。勝手についてきますよ」
もうそのひきこもりのことは忘れよう。初めから戦闘要因として数えちゃいけない。名前さえ覚えてないし。
とりあえず不安しかない勇者の仲間がそろった。これで魔物に敵わなかったら、バイトしよう。お金をためてまともな仲間を雇って、まともな武具を揃えて、まともな回復アイテムを購入すればいい。
勝てそうに無ければひきこもりを生贄にするだけだ。どんなことをしてでも生き残ればいいんだ。
そんなわけで城壁の外。守衛のオッサンAがあきれた顔でこちらを見ていたが自殺志願者だと、冗談言ってみたら納得されてしまった。後で見とけよ。
あるいて五分。とりあえず表向き三人で歩く。すこし遅れてダンボールがついてくるという奇妙な光景がそこにあった。
がさがさ。草むらが不自然に動いた。
魔物か?
飛び出してきたの角を生やしたウサギのような魔物。五十センチほどで俺でも軽く倒せそうだ。
俺たちはゆっくり近づく。すると魔物はあっけなく反対に逃げやがった。
ええーなにそれ。逃げるのありかよ。
「とりあえず追っかけるか。初戦から逃げられるのも勇者として良くないしな」
そうでしょうか? とユーキーが言ってくるが無視。リーダーは俺だからな。
森の中、魔物を追いかけていると、いきなり広い空間に出た。
そこにいたのは、一面の魔物。
魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物、魔物。
小さい魔物だけでなく、オークのような大きいものまで様々だった。
なにやらお茶会の雰囲気を邪魔されたとでも言いたげな周囲の視線。
いえることは一つ。ヤバイ。とてつもなくヤバイ。
「おいユーキー、どうすんだ?」
「私の責任ではないのですが、仕方がありません。ケチャパチャン出番ですよ」
ユーキーは持っていたケチャップのふたを開け、振り回す。ケチャップは周囲に飛び散り魔物に降り注ぐ。ケチャップそのものに効果は無いが、こちらにはケチャパチャンがいる。
「うわーケチャップだ。いただきます」
「おい、少し待て、俺にもケチャップかかったから。待てって言ってるだろー」
全力で逃げる俺。魔物とかどうでもいい。食われたくない。
だが大量の魔物がいる中、さすがにそれは無防備としかいえなかった。一匹のオークが俺めがけて攻撃してきた。
死ぬ間際にスローになったり、走馬灯をみることなく。俺は目を瞑っていた。
だが俺に攻撃は当たらなかった。目を開くとそこには攻撃を防ぐユーキー。
「ユーキー、おまえは…………なんで全裸なんだよ!」
ほんのちょっと前まで服を着ていたはずなのに。
「ええ? 私も知りませんよ。」
またこのパターンか。ユーキーの固有能力とかかもしれないな。どういう効果があるかはさておいて。とりあえず助かったことに代わりはない。
ケチャパチャンが魔物を蹂躙している間に逃げなくては。
「ユーキー逃げるぞ」
「少々お待ちください」
そんな余裕あるわけ無いだろ。何をやっているのかと思ったら、ユーキーは予備の服を取り出して着ている真っ最中だった。
「くそ、俺は先に逃げるからな」
助けられたとはいえ、ケチャップがかかっている俺はおそらく、ケチャパチャンの捕食対象になっているだろう。拭き取るか逃げるかしなければならない。
俺は走った。
近くから物音がした。仲間で無いとしたらそれは。
魔物しかありえない。
「ってなんだ、さっきの小さいのかよ」
角を生やしたウサギだった。必死で逃げてきたのか気は立っているが、勇者に敵うわけが無い。
俺は警戒することなく、近づく。
その瞬間、魔物が角を振り回し俺の脚に当たった。
言葉にするならそれだけ。だが。
「ああああああ。いってええー」
森に勇者の悲鳴が響き渡った。魔物は倒れた俺に容赦なく角を振り回した。俺がのた打ち回ることさえできなくなると、鬱憤は晴れたのか去っていった。
元々の体力は分からないが、HP1くらいだと思う。重症だった。
とりあえず苦い薬草を生のまま食べてみた。まずすぎて止めを自ら指すところだった。とりあえず包帯がないといくら回復させても意味は無いだろう。
裸の男が近づくのが視界に入ってから、俺は気絶してしまった。
ゲームでは死んだものすら、一瞬で復活できますが。やはり現実だとそう簡単にはいきませんよね。重症の勇者シュンがどうなるのか。次回に続きます。