ホラー作家、清木ツカサへのメッセージ
この物語の一部は実話をもとにしていますが、創作上の脚色を含みます。
初めてDMを送らせていただきます。ヒラサカと申します。清木先生が怪談収集をしているというポストを拝見し、私が幼いころに体験したことを送らせていただこうと思った次第です。
父方の祖父が亡くなったのは私が小学五年生の時でした。自分の肉親が亡くなるところなに立ち会うのはそれが初めてで、あの時の空気の重さは今でも覚えています。
しかし、それ以上に忘れられないのは、祖父の死の前後に起きた不可解な出来事でした。
祖父は自営業で電気工事関係の仕事をしており、脚立から落下して足を怪我したことがすべての始まりでした。
幸い骨折までには至らなかったものの、赤黒い打撲痕が残ったため、湿布を貼って過ごしていたのですが、赤黒く痕がのこったまま一向に治る気配がなく病院に連れていくと、「壊死が始まっている」と言われて即入院になりました。
設備の整った病院に転院もし、治療を続けていましたが、日に日に悪くなるばかりで、ついには自力で立つことができなくなり、なぜか肺に水が貯まりはじめました。
お医者さんは色々と手を尽くしてはくれましたが、首を傾げて「原因はわからない」と言っていたのをよく覚えています。
肺に溜まった水を抜いても、翌日には肺に水が溜まる、この繰り返しでした。お医者さんからも、水を抜いたとしてもまた肺に水が貯まるため、原因が分からない以上は治療方法がないと言われてしまいました。
祖父の足の状態も悪くなる一方で、結局切断をすることになり、まだ子供だった私はその現実を直視することができませんでした。
そんな折、父と父方の祖母が同じ夢を見るようになったと言います。
暗く狭い湿った場所に閉じ込められ、どこか深いところから恨みのこもった声が聞こえてくると言うのです。
「井戸を返せ!」
声の主は決まってそう言っていたそうです。
私たちが当時住んでいた家に井戸はありません。父や父方の祖母が過去に住んでいた家にも井戸はありませんでした。
気になった父親が調べたところ、父方の親戚で家を建てた際に敷地内の古い井戸を地鎮祭もせずに潰していた、ということがわかりました。
「地鎮祭をしなかったから、井戸の神様が怒っているんだろう」と父は言いました。
なぜ井戸を埋めた本人ではなく私たちが怒られるのか、と思ったけれど、父曰く「神様からしてみれば同じ家系の人間だからだ」と言います。
それからは、父親は家から車で一時間以上もかかる市内にある水の神様を祀る神社に通い、神様に謝罪し、おふだをもらって帰ってきました。
そのおふだに書かれた文字を一文字ずつちぎり、水に浮かべて飲む。
そのような奇妙な儀式を七日間続けるように言われました。
おふだは紙でできていたので、うまく飲み込めないと、のどに張り付いて何度もむせてしまいました。
正直飲むのは嫌だったのですが、普段無理強いは一切しない父親が「これは飲んでくれ」と真剣な様子だったので、嫌々ながらも七日間飲み続けました。
不思議なことに神社に謝罪に行った翌日、祖父の肺に貯まる水は目に見えて減りました。
しかし、1週間もすると水が貯まる速度は元に戻りました。再度に神社に謝罪に行き、貯まる水の量が減る、といったことを何度か繰り返しました。
そのうち、祖父の肺の八割が水で満たされ、「いよいよ覚悟してください」とお医者さんに言われた夜。その日は家族で夜遅くまで祖父の病室に残っていました。
母親が祖母と夕食の買い出しに出かけ、父親と三つ下の弟と一緒に病院の廊下で待っていたときのことでした。
夜の病院は昼間とは雰囲気が異なり、廊下ですれ違う人もほとんどいない上に、照明も最低限にしかついておらず、まるで異界に迷い込んでしまったようでとても怖かったです。
トイレに行きたがった弟と付き添った父親が戻って来るのを、私は一人で廊下のベンチに座って戻ってくるのを待っていました。
ぽちゃん… ぽちゃん…
どこからかそんな音が聞こえました。まるで水滴が水面に落ちたような音です。
最初はどこかで水が漏れているだけだろうと思いました。
ところが、トイレは廊下の奥にあるし、自販機のそばにある水飲み場も近くにはありません。
どこからそんな音が聞こえるのかと思っていると、次第にその音は大きくなっていきました。
ぽちゃん… ぽちゃん…
あたりを見回しても誰もいません。でも、確かに音は近づいてきます。
怖くてたまらなくなった私は、走ってその場から離れ、父親と弟の向かったトイレの方へ逃げました。
ちょうど父親と弟がトイレから出てきた父親にしがみつきました。父親から走ってきてどうしたのかと聞かれたのですが、一人でいるのが怖かったと答えました。
なんとなくですが、あの奇妙な水音については言ってはいけないような気がしました。
その数時間後、祖父は家族に看取られながら旅立ちました。
葬儀の準備のために自宅で祖父の遺体を安置したとき、左脚の部分だけが平らになった祖父を見て、説明のしようもない思いにかられました。そして、祖父の手に触れると冬場だったこともあって、祖父の手は氷のように冷たく、ぼんやりとではあるものの、そこでようやく死について実感したのです。
祖父の葬儀も終わり、生活も落ち着きを取り戻した頃、祖母は夢を見たのだといいます。
海岸で祖父と一緒に歩いた。
祖父は両足ともあり、楽しそうだった、と。
祖母は井戸の神様の怒りを祖父が引き受けてくれたのだろうと言いました。そうでなければ、私たちにまで災いがあったのではないか、と。
今は家を出て、一人暮らしをしていますが、疑問はまだ残っています。
これが本当に祟りなのか、偶然の産物なのかは今でもわかりません。
しかし、井戸の神様がいると仮定して、本当に怒りは収まったのでしょうか。それだけはわからないのです。
井戸を埋めた親族は今もその場所に住んでいますし、地鎮祭をやったという話も聞きません。
もし、怒りが収まっているのなら…
なぜ今になってなお、水音が聞こえ続けるのでしょう。
気のせいだと思っていた水音も、今では寝ている時に枕元にまで近づいてきているのが聞こえるようになりました。
今朝は、誰かが濡れた足で歩き回ったような足跡が残っていて、ちょうど寝ている私を覗き込める位置で立ち止まっていました。
次に寝て起きた時、私は無事でいらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
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Xのダイレクトメールに届いた読者からのメッセージはそこで途切れていた。うっかり途中で送信してしまったのだろう。
家系にまつわる因果と水の怪異。よくある題材だが、もう一捻りすれば短編小説として成立する。
水でも飲もうとキッチンへ向かった。
ぽちゃん… ぽちゃん…
思わず肩が跳ねる。作り話とはわかっていても、どうしてもさっきのメッセージが頭に残っている。
蛇口に手を伸ばして、気がついた。
シンクは乾いている。
ぽちゃん… ぽちゃん…
シンクには水は一滴も垂れていない。なのに、相変わらず水音が聞こえる。
どこかで漏水しているだけ。そう自分に言い聞かせて蛇口をひねろうとした瞬間。
ぽちゃん… ぽちゃん…
水音は背後から聞こえた。
了




