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婚約破棄のために嫌われようとしてるのに、彫刻王子が溺愛して離してくれません!  作者: 三木悠希
一章 取り替えられた婚約

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7/7

7.晩餐会

 

 出立を前日に控えた夕食は、アリシェルの計らいによりフィッセル、シャルドレイスを含めた四人でとることとなった。


 フィッセルとシャルドレイスはすでに交流があるようで、当たり障りのない話を繰り広げていた。

 

 エリンは不貞腐れながら、フォークを皿に突き立てた。茶会での件を引きずっているのと、隣に座るシャルドレイスに下品だと思わせる作戦も含まれていた。


 金属と陶器がぶつかる音に、シャルドレイスよりも目の前に座るアリシェルが反応した。


「行儀悪いよ」

「………………はい」


 向かいに座るアリシェルの翡翠の瞳がギロリとこちらを睨んだ。協力者だから許してくれるかと思ったが、令嬢としての癖のせいか、行儀の悪さがとてつもなく不快だったようだ。

 アリシェルの綺麗な眉毛と、翡翠の距離がいつもより近い。

 

 その警告に、エリンは素直に従うしかなかった。

 

 そして、エリンの頭の中は、シャルドレイスの行動の意味を探るので精一杯だった。


(心配する素振りして、結局なにがしたいの! こんなやつ、一度会ったら忘れるわけないのに!)


 ガツガツと味を感じない食べ物たちを、口に放り込んでいく。どれだけ奥歯で噛み締めても、喉を通っていかないので水を勢いよく飲んだ。


 アリシェルたちとゆっくり過ごせる機会なのに、隣に座るシャルドレイスのせいで落ち着かない。

 

 気を揉むエリンとは対照的に、シャルドレイスは優雅な振る舞いを続けていた。計算された美しい所作でナイフやフォークを使い、時折エリンのペースを伺うように横目で見ている。

 しかし、エリンにはその癪に障るような振る舞いより、もっと気にしていることがあった。


(というか! 椅子が近い気がするのだけど……)


 向かい側に座るアリシェルとフィッセルの距離と比べると、シャルドレイスとの距離はかなり近く肘が当たりそうなほどだ。


「量が多ければもらうが」

「結構です」

 

 エリンは自分の皿を見た。

 先ほどかなり詰め込んだというのに、誰よりも皿の上の彩りが目立った。


(頑張って追いつかないと……)


 誰かと共に食事を楽しむということを、すっかり忘れてしまっていた。

 そして今は、みんなと同じタイミングで食べ終えなければというプレッシャーを背負うことになった。


 飲み込もうとしても、喉につっかえてあまり食べる気にならない。エリンはナイフとフォークを置き、水の入ったグラスを手に取った。


 水で流し込むように、飲み込んだ。

 

 黙々と食事を口に運んでいたフィッセルが、口を開いた。

 

「そういえばシャルドレイス殿。道中の護衛に私の部下も同行させようと思っているのだが、いかがだろう」

「それは大変有り難いお話ですが……」


 シャルドレイスはなぜかこちらをみて、顔色を伺うように目尻を下げた。

 伸ばされた背筋から落ちるその視線には、婚約者としての体裁は守ろうという気概を感じた。


 なぜ顔色を伺うのかわからず、エリンは睨み返した。

 

「あまり目立つのは負担になりますので我々だけで十分です」

「そうだな」


 誰の負担、とは言わなかったが、エリンはすぐに自分のことだと理解した。


「明日の朝、出発なのよね? お見送りはできるのですか?」

「もちろん」


 フィッセルはアリシェルへ目を配り、頷いた。


「よかった。わたくし、渡したいものがあるのよねー」

「それは貰うエリンも楽しみだろうな」


 フィッセルは憑き物が落ちたように、晴れやかに笑うようになった。


 そう笑い合う二人を見て、テーブルの下で手を握った。

 自分が重荷になっていたのだろうと、その笑顔を見るたびに実感してしまう。もしくは、本当は同い年のアリシェルのことを長年想い続けていたのではないかと。


 そうだとしたら、城で過ごした数年はなんだったのだろう。


 膝の上で手を硬く握り、目の前の二人をなるべく見ないように視線を落とした。


 二人を見ていないはずなのに、声を聞いているだけで頭の中でどんな顔をして笑い合っているか想像できてしまう。


(ここにいたくない)


 楽しげな声を聞くたびに、視界が滲んでいく。


 誰にも気づかれないように平静を装っていると、隣から骨張った手が出てきた。


 その手は躊躇うことなく、エリンの硬く閉ざされた手に重ねられた。


「……なんですか」


 エリンは顔を上げずにそう言った。


「なにもないが」

「触れる時は……」


 ただ、シャルドレイスは慰めるように手を強く握る。


「フィッセルもなにか渡せば?」

「いや、俺はなにも渡せるものがないな」

 

 自分の手を優に覆い隠すことができるほどの、大きな手に一粒の雫が落ちた。


 すぐにシャルドレイスの手の甲に落ちた雫を、反対の手で拭った。しかし顔を上げるわけにもいかず、嗚咽する声が溢れそうになるのを必死で我慢した。


「エリン嬢、失礼」


 耳元でそう囁かれた直後、シャルドレイスの手が後頭部に添えられ、額が彼の肩に当たった。


(なっ……)


 咄嗟のことで対抗する間もなかった。


「すみません。エリン嬢の体調が優れないようなので、少し席を外します」

「え、あっ……」


 シャルドレイスの胸に抱かれるように部屋を連れ出された。エリンはただ、彼の服を握って置いていかれないようにしがみついた。


 部屋を出ると弾力のある胸から解放され、次は手首を握られた。


 どこまでも手を引かれ、涙が目尻から真珠のようにポロポロと廊下に転がっていく。


 彼の後ろ姿は、馬を歩かせてくれた人と変わらない。まだ少し線細いが、逞しく、肩幅も広くて頼もしい背中。


(夢のために、ちゃんとお願いしよう。きっとわかってくれる)


 エリンが立ち止まると、手首が彼の手からするりと抜け落ちた。シャルドレイスはすり抜けた手を掴もうと手を伸ばしたが、エリンは腕を後ろに回した。


「あの、もう大丈夫ですから」


 エリンは堪えられなかった涙で濡れる頰を見せ、強がりを言った。


「そうか」


 彼はそれだけ呟いてエリンへと近づき、隠された腕を再び掴み直した。


 廊下に設置されているソファに腰を下ろすと、やっとシャルドレイスは手を離した。


 エリンは握られていた手首を触る。


 シャルドレイスをチラリと見上げると、なんでもないような顔で廊下の壁に凭れていた。何か言わなければとエリンは口を開いたり、閉じたりを繰り返した。


 頭に浮かぶ言葉は、酷いものばかりだった。

 でもそれでよかった。彼に嫌われなければならないのだから。

 

「……相手の許可もなく、勝手に席を立つなんて非常識です」

「そうだな」

「それに、断りを入れたとしても、相手の許可が得られるまで触れない方がいいと思います」

「次からは気をつける」


 どうしてそこまで素直に従ってくれるのか、理解できない。


 自分のために部屋を連れ出してくれたのに、そのことを非難されてもどうして不快感を露わにしないのか。

 茶会の時にも、なぜそう言わなかったのかと咎めないのかわからない。


「あの。私、この婚約進めるつもりないんです。なのでお願いします、どうか婚約破棄してください!」


 彼の根拠のない行動に対して、どうにでもなれの気持ちで頭を下げた。


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