冒険者パーティ【失せ物さぐり】の順調な旅路
王都を旅立ってから二週間。我ら冒険者パーティ【失せ物さぐり】は今日も順調に旅を続けている。
つい先ほどモンスターによる襲撃のどさくさで馬に逃げられてしまったが、ささいなことだ。順調、順調。馬車は捨て置き、ここから先は歩けば済むだけのこと。
馬車がないと荷運びが大変じゃないかって? 心配ご無用。もともと大した荷などない。なにしろ馬車に積んであった食料は三日も前に尽きている。実に身軽な旅である。順調、順調。
「これのどこが順調なのよ! わかってる? このままじゃ私たち死ぬんだけど!」
【失せ物さぐり】の回復術師<ヒーラー>、ラカシャ・ルーペが実に不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。
睨んだって状況が変わるわけでもない。ポジティブにいこう。俺はのしのしとご機嫌なステップで歩を進めながら、ラカシャに笑い返してみた。
「あっはっは! 問題ない問題ない! こちらには蘇生術を使える凄腕の回復術師<ヒーラー>様がついているのだから! 俺が死んだら蘇生よろしく頼むぞ、ラカシャ!」
「私ごと死にそうだっつってんの!! 三日間なにも食べてないの! 飢え死に寸前なの!! 蘇生魔法を使う魔力なんて残ってないの!!!」
怒り狂うラカシャを「まぁまぁ、落ち着いて……」となだめている少女はクオ・ペンデュラム。我らが【失せ物さぐり】の魔法使いだ。
クオは「とりあえずお水のんで……」とラカシャに水筒を渡した。水筒にはなみなみと澄んだ水が入っている。この状況下にあって飲み水に困らずに済んでいるのは彼女のおかげだった。
「あっはっは! クオの水魔法がなかったら、俺たちはとっくにミイラだったな! クオは俺たちの命の恩人だ!」
「い、いえ、そんな大げさなものでは……初歩的な魔法ですし……」
回復術師<ヒーラー>のラカシャ。魔法使いのクオ。そしてこの俺、狂戦士<バーサーカー>のケイス・ハウンド。
この三人が王都にその名を轟かす冒険者パーティ【失せ物さぐり】の輝かしいメンバーなのである。
「っていうか……目的地は本当にこの方角で合ってんの? どこまで行ってもずーーーーーーっと荒野なんだけど」
ぐびぐびと水を飲んで空腹をごまかしながら、ラカシャがそう尋ねてきた。
最後に訪れた村から馬車で進むこと四日。たしかにこの数日は、人里どころか森や泉さえ目にしていない。どこまでも岩と土ばかりが続いている。
「モンスターすら湧きにくい不毛の大地みたいですからね……。本当にこんなところに"村"があるんでしょうか」
豊かな土地には魔力が宿り、魔力ある場所にはモンスターが湧く。それが自然の摂理というものだ。
なぜならモンスターとは、魔力を取り込んで変質してしまったものの総称だからである。液体が魔力を取り込めばスライムに。岩が魔力を取り込めばゴーレムに。植物が魔力を取り込めばマンイーターに。
モンスターはそうして自然発生するため、魔力の多い土地にはそれだけ多くのモンスターが湧く。しかしそれは土地の豊かさの証明でもあり、えてして人間はそうした場所に町を築きたがる。
よって人類とモンスターの生活圏がある程度被ってしまうのは自明の理。逆に言えば、モンスターがほとんど湧かないこの土地は、人間が暮らすのに向いていない可能性が高いわけだ。
「とはいえ、さっき襲ってきたモンスターがいただろう? アレがいたってことは、近くに魔力溜まりがあるのかもしれん」
先ほど、馬車を襲ってきたモンスターはそこそこ大きかった。一般的なオオカミ系モンスターよりは大きく、クマ系のモンスターよりは小ぶりといったところだろうか。
全身毛むくじゃらで四つ足、爪と牙が鋭かった。初めて見る種類のモンスターだったが、おそらくはこのあたりの野生動物が変質したものだろう。
「ああいう形のモンスターがいるってことは、このあたりに大型の野生動物が住める環境があるってことだ。モンスター化に十分な魔力を含んだ環境がな」
「そういう場所があるなら、近くに人里があってもおかしくはなさそうですね……」
「ま、それに賭けるしかないわね。今さら引き返したって、三人そろって干からびるだけでしょうし」
クオが出してくれる水で空腹を騙し、ラカシャの残り僅かな魔力で回復魔法<ヒール>をかけて体力を騙し騙し。
俺たちはひたすらに荒野を歩き続けた。結局、地平線の向こうに人里らしきものを見つけたのは、馬車を失ってから十二時間以上も経ってからのことだった。
「あった……! ハンケ村だ……!」
そこは我々の今回の旅の目的地に間違いなかった。村の入口では「ハンケ村」と彫られた木札が地面に落ち、砂をかぶって消えかけている。
「いやぁ……無事に辿り着けてよかった……。さすがの俺も今回ばかりは飢え死にするかと思ったぞ」
俺は「あっはっは」と笑うが、ラカシャとクオはぐったりした様子で村を眺めるばかりだった。
「どうした。せっかく到着したんだから、もっと盛大に祝おうぜ」
「……到着はしたけどさぁ。危機はなにひとつ去ってないのよね」
ラカシャの言葉に、クオもへとへとの声で「ですねぇ……」と同調する。
うむ。二人の言う通りだ。たしかに俺たちは目的地であるハンケ村に辿り着いた。しかし、俺たちは依然として飢え死にの危機に晒されている。なにしろ……。
「ハンケ村は廃村だからなぁ」
そう。ハンケ村は人っ子ひとり住んでいない廃村なのだ。
当然、宿屋などない。食料の補給もできない。ここにはただ、捨てられた建物があるばかり。
「ま、死ぬ前に辿り着けてよかったよ。ここまで苦労して調査もできないんじゃあ、"廃村調査専門"の冒険者として悔いが残る」
俺がそう言うと、ラカシャは「縁起でもないこといわないでよ……」と力なく怒った。