彼女の憂鬱
いつも通りの朝錬。
颪東は日差しを避けるように2階の窓際の席に座り
目を閉じ、大気中の粒子を読む。118の元素(chemical)によって構成されたこの世界を
ギフトによって操る。薄く目を開くと校庭にたたずむ無能者を見つける。
くじけずにちゃんと来たなと思う笑みを浮かべるが、
こんなことで目覚めると本当に思っているのかと細く手入れされた眉をしかめる。
「能力がないだけじゃなく、おまえはバカなのだな。」
粒子に乗せ、哀れみにも似た呟きを伝える。
校庭の男は、こっちに向かって何かわめいているようだが、そんなことはお構いなしに
読み込んだ粒子に流れを作ってやる。
約78%の窒素[N2]約21%の酸素[O2]約1%のアルゴン[Ar]他に、微量の二酸化炭素[CO2]その他水蒸気諸々の粒子を
移動させ、周りの物質に抵抗を与え、風という現象を引き起こす。
粒子が見えるというよりもやはり把握するという言葉が似つかわしい。
東は幼少の頃より颪家代々の慣わしにより発現するであろうギフトのために
訓練を行っていた。訓練といっても体を鍛えるのではなく、感覚を鍛えるのである。
目を閉じ、物質を把握する。目を閉じ、はじめは正方形を想像する。
ここで良く注意させたのは、言葉で考えるのではなく、物を目を閉じた状態でも見えてる感覚に近づけること。
正方形・三角形・菱形などなどさまざまな平面図を理解・把握する。今でも相当苦労したのを覚えている。
小学校高学年になる頃には立方体を、中学生にはそれらを移動・回転・展開・結合させる。
校庭では、必死に無能者が粒子のうねりと鬼ごっこをしている。
はじめはそれがおかしくてたまらなかった。また、どこか優越感にも似た高揚を感じた。
が、最近では苛立ちに変わる。ただ走り続けるという無意味な朝練を
愚直に続けている彼を見ていると・・・
高校1年には、目を閉じると今まで見ていた場景に様々な色の小さな粒が見て取れた。
動くように念じるのではなく、把握した粒子を移動させることによって風を生み出す。
両親 曰くそれらをうまく分離・分子結合できるようになれば颪家としては一人前として認めるとのこと。
東はまだまだ未熟者だと自らに激を入れるかのごとく、校庭の粒子の流れを早めていく。
「miaow~」
開け放った木造の引き戸・簡素な教室の入り口に長い尻尾をユラユラと揺らしながら黒の子猫が入ってきた。
「・・・かわいい♪」
机に頬杖をついていた彼女は、あまりの愛らしさに魅了されおもむろに立ち上がり、
みゃ~みゃ~と甘い声をだし、すり足で近づいていく。
子猫はなんの気はなしに、年季の入った木造の床に座り顔を洗っている。
あと数歩でそのふさふさの小さな癒しをつかめるというところで、
空間をつんざくような高い音が響いた。
相当その音に驚いたのか、子猫は目を見開きその場から飛び去ってしまった。
「あっ、やっちゃった・・・」
恐る恐る、窓から校庭を覗き込むと視界を阻む砂煙と窓ガラスが散乱していた。
操者を失った竜巻が、校舎に激突したのだ。
どうしようと思うが、砂煙が晴れることにそんなことはどうでも良くなっていく。
愚直な彼が校庭を必死に走り続けていたのである。
「あんたは、やっぱりバカだわ・・・」
渦巻く様々な感情を吹き飛ばすかのように、笑いがこみ上げてきた。