SI次元
項目211・・・クロノSI次元
正確にはセシウム133の原子の基底状態における、2つの超微細構造準位の間の遷移に対する放射周期、
分かりやすくいうと1秒の91億9263万1770分の1づつ進む世界。
クロノSI次元で約291年経つと現実世界の1秒分に相当する。
感覚器官を加速させ相対性時間を引き延ばすことにより得られるが、人体に及ぼす影響を考えると
あくまで理論のみで、科学的には実用は不可能である。
<中略>
が、物理、3次元世界を脅かす甲に対し乙はその範疇に入らないことを認む。
乙は全存在をかけて甲を否定することを規約することにより
全ギフト回路の接続を認める。ただし、脳への負担による副作用、または
<後略>
(ギフト使用許可書より抜粋)
「どうして、あいつがいるの。」アユは不満げに呟きながら、長い黒髪を一つに束ねる。
耳元には大気をかき集める風の音。
時間が停止、に近い状態常に上空または周りから空気をかき集めないと生身では活動できない。
建物の中は密閉度が高く大気を集めにくい。そのため、同じ場所は2度通ることができない。
また、気圧というものが存在しそれを調整できなければ、手足は膨張し破裂してしまう。
そういう意味で大気を操る能力をもつ颪東は適材ではある。
「なんとかいいなさいよ。」校庭の隅でアユに向かい合う、仰々しい宇宙服を着込んだ男がヘルメットから
こもった声で返事をする。
「お嬢、まぁ怒るな。俺も知らなかったんだよ。今回から来るなんて。」
彼のヘルメットはマジックミラーのようになっており、アユから表情はうかがい知ることはできない。
「じゃ、次の任から一緒に戦うことだったわけ?!あいつは無能力者よ!!!人類の存亡をかけたこの場にいていい存在じゃないわ!」
胸にNASAのワッペンをつけた船外活動に用いられている宇宙服 船外活動ユニット (EMU)を着込んだ男が
違う違うと胸の前で動きにくそう手を振る。
「・・・まさか。」アユは、声をつまらせ答える。
「そう、そのまさか。彼は3人目だよ。前よりは持つんじゃないかな?」
振っていた手を握り、コツコツと自らのヘルメットを叩いてみせる。
「また、無理やりこじ開けたの?やっぱりあんた、最低ね。」束ねた肩にかかる髪を手で跳ね上げ、
足元にある御鶴来の銘がはいる太刀・刃長80cm・反り2.7cmを拾いあげる。
「そういうなよ。お嬢。人類のためだろ。それに彼は快く承諾してくれた。」
大事の前の小事と言わんばかりに自信に満ち溢れた歯切れのいい声で返す。
確かに今の戦況から考えると唯一の戦う手段となってしまっている。
「私がマンティスを倒せば終わりよ。あなた達の意思は私が継ぐ。」
地面に横たわる御鶴来が握られていた少年の手を合わせる。
「お嬢。さっきも言ったけど後衛のきみじゃ、無理だよ。」
無機質なロボットのような宇宙服の男は地面を一瞥した。
その先には無数の人の形をしたものが手を合わせならんでいた。
「あんたとは違うのよ、あたしは。人を使うしか能がないあんたとは。」
「まぁ、まぁ、こんなところで仲間割れはよくないと思うが・・・それよりも彼は?」
逆側の校庭の端を指差すアユ。「・・・駐輪所にいるわ。」
ヘルメットから冷笑をもらし、男は
「君の方が最低かもね。いや、僕より隊長向きかもしれないね。ちゃんと彼を囮にしてるんだからね。」
その刹那、アユが視線を向けると赤いマンティスが駐輪所に入っていくところだった。