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ザッカスの過去


 ギルバードは、意外な事実と偶然に驚いた。

 ザッカスに子供が居たこともそうだが、その齢までもが自分とフェリと同じだったとは、予想だにしなかったことだ。


「魔力が無い人間ってのは、大抵貧乏人でね。猟師として働いてた団長も例外じゃなかったし、奥さんは子供産んで肥立ちが悪くて亡くなったんだが、それでも家族仲良く暮らしてたみたいでね。大事な奥さんの忘れ形見を育てるために、毎日懸命に働いてたんだそうだ」

「……でもそれも長くは続かなかったのか」

「あぁ。六年以上も前に起こった、伝染病が原因でね」


 その事に、ギルバードの記憶が蘇る。

 あの時、故郷を跨いで広範囲に流布し、母であるエリザベータにまで感染した病。母は結果的に助かったが、ザッカスの子供たちの命は失われてしまったのか……そう思っていたが、実際はギルバードの想像を絶する事態だった。


「団長はなけなしの貯金を持って方々を駆けずり回ってね、例に漏れず魔力が無いからって薬を売ってくれない奴ばかりだったけど、それでも何とか薬を買うことは出来たんだよ」

「……? それなら、どうして団長の家族は亡くなったんだ? あの病気は特効薬が開発されてて……」

「……やっとの思いで買った薬が、実は薬じゃなかったら?」


 ギルバードは息を吞んだ。もしもザッカスを襲った事態が、頭によぎった予想通りなら、あまりにも残酷すぎる。

 

「団長が買わされたのは、毒薬だったんだよ。それを薬だって思いこんで飲ませた団長は、血を吐いて苦しみながら死んでいく子供たちを見ていることしかできなかったらしい」


 想像を絶する内容に、ギルバードは言葉を失った。

 薬の効能など、専門家でもない人間には見分けがつかない。騙されて買わされて、誤って服用したとしても、それは決してザッカスのせいではない。

 しかし、例えそうだとしても、医者を疑ってさえいれば、せめて魔力が少しでもあれば、結果は変わっていたかもしれない。変わることのない残酷な結果を目の当たりにしたザッカスは、一体どれだけ悔しかっただろう。どれだけ情けなかっただろう。


「後でヤブ医者に問い詰めたら、必死になってる魔力無しを騙して纏まった金が欲しかったから、らしくてね。毒薬を渡したのも、単に安上がりだったから。騙したのも、魔力無し相手にやってもどうせ無罪になるからだったそうだ」


 確かに、魔神教の宗教圏内にある国では、魔力を持たない人間に対する犯罪に関しては異様なくらいに肝要だ。

 相手が魔力無しなら、盗みはもちろん、例え殺したとしても、適当な理由を並べ立てて執行猶予付きで釈放……実質無罪を勝ち取るケースが珍しくない。


「……そうヤブ医者にせせら笑われた団長は、気が付いた時にはヤブ医者が死ぬまで殴り続けてたらしい。正気に戻った時にはもう後戻りできなくなってて……後は私と同じ。人生転がり落ちたって感じさ」


 ザッカスが普段の様子からは想像も出来ないくらいに壮絶な過去を背負っていたことを知ったギルバードは黙り込み、やがて言葉を選ぶようにしながら慎重に口を開く。


「それでも、あの人は今以上には歪まなかったんだな」


 思い返せば、ザッカスの言動は元盗賊と呼ぶには善良すぎた。

 根っからの悪人なら、ギルバードを奴隷として売り飛ばしたりしてただろうし……子供を欺くことへの罪悪感を抑えきれず、自分の前歴をわざわざ語るようなこともしなかっただろう。

 共同生活を開始してからも、そういう性根に宿っている人の良さが隠しきれておらず、「ザッカスは本当に犯罪者なのか」と疑問を抱いたことは、一度や二度ではない。


「そうだね。根がとんだお人好しってのもあるんだろうけど、やっぱり死んだお子さんたちとの思い出とかを忘れられないんじゃないかね」

「……というと?」

「あの人、前に酒の席でポロッて零したことあるんだよ。『ガキどもに誇れる親父でいたかった』ってさ」


 あぁ、それがザッカスに一線を踏み越えさせなかった要因なのかと、ギルバードは察した。

 守るものを無くし、平穏も故郷も何もかも失って、それでもザッカスが救いようのない外道にならなかったのは、心の奥に彼が愛した者たちが生き続けていたからなのだと。


「だからさ、あんまり団長のこと悪く思わないでやってよ。別にアンタやフェリのことを足手纏いなんて思ってるわけじゃない。あの人変に恥ずかしがって口に出さないけど、アンタたちのことを放っておけなかったから集落に迎えたんだ」

「……そう、なのかな」

「そうだよ。だからアンタたちに命の危険が多い狩りに参加させたくないのさ。アンタたちはまだ、アタシたちと違って(・・・・・・・・・)いくらでもやり直せるんだから」


   =====


 それから数日後の早朝。集落の傍にある雑木林へ、ギルバードは薪になる太枝を探しに、ノコギリや鉈を持ち、背板を背負って辺りを散策していた。

 ザッカスの心境を知った今、狩りに参加するのに躊躇いが出てきた。ならせめて、より積極的に働こうとこうして集落に必要な物を手に入れようとしている次第である。


(アレスが開発した、火を熾せる魔道具……あれが使えれば便利だったんだろうけどな)


 アレスが開発した魔道具は、今では世界中に広まっているが、魔道具は人が魔力を注ぎ込まなければ動かない。魔力を持たない盗賊団には無用の長物だ。

 なのでギルバードはこうして、今や前時代的になった薪拾いをしているわけだが、その途中、静謐な雑木林の中で落ち葉を踏む音と、空気を割くような音が連続して聞こえてきた。

 

(何だろう……まるで棒を振っているみたいな……)


 ギルバードは足音を立てないよう、慎重に音がする方に足を進める。

 どんどん大きく聞こえてくる音を頼りに発信源へ近寄っていくと、フェリが少し開けた場所で二本の鉈を振るっていた。


「…………」


 その姿にギルバードは思わず目を奪われた。

 静寂とうっすらとした朝日に包まれた林の中、二つの鉈を振るうフェリの姿には一切の淀みがなく、まるで祝詞の舞を踊っているかのように神聖で厳かなものに見えたからだ。

 

(ううん、実際に踊っているのかもしれない)


 世の中には剣舞と呼ばれる、その名の通り剣を持って踊る文化が存在し、ギルバードもかつて王子として、公共の場で披露された剣舞を見たことがある。

 しかしフェリのそれは、ギルバードが見たことがあるどの剣舞とも異なって見える。流麗でありながら悠々と雄々しく、ゆっくりと優雅に舞っているかと思えば、次の瞬間には激しく、まるで翼を持つ生物を連想とさせる……そんな規則性を感じさせないのに踊りとして成立している、自由で不思議な舞だ。


(いや、実際に踊っていると決まったわけじゃないから何とも言えないけど――――)


 と、思わず見惚れていると、こちらを向いたフェリとギルバードの目が合った。

 ギルバードの存在に気が付いたフェリは剣を振るうのを止め、少し火照った顔のままこちらに近づいてくる。


「おはよ、ギルバード。どうかしたの?」

「いや、用は無いんだけど、薪を拾ってたら偶然見かけて……その、すまない」


 別に悪いことをしていないはずなのに、まるで神聖な行事に水を差してしまったかのような後ろめたさに、ギルバードは思わず謝罪を口にすると、フェリは不可解そうに首を傾げた。


「……別にギルバードが謝ることなんてないと思うけど?」

「いや、そうなのだけど……ところで、フェリはこんな朝早くから何を?」


 このまま自分の心境を上手く説明できないまま話していても、、変なことを口走りそうになってしまいそうだ……そんな予感と気まずさから、ギルバードは慌てて話題を変える。


奉竜(ほうりゅう)の舞……私の部族で代々伝わってた、ドラゴンに捧げる踊り。ドラゴンなんて神話の存在で、本当にいるとは思ってないけど、今じゃ私くらいしか踊り手がいないから……せめて忘れずにいようって思って」

「そうか……フェリの部族は……」

「ん……私以外皆死んじゃった。だから奉竜の舞も、私に残された数少ない形見みたいなものだしね。剣術稽古にもなってるから、日課にしてる」

「剣術の稽古? 一体どういうことなんだ?」


 舞の練習と剣術の稽古、この二つの関連性が分からず、ギルバードは不思議そうに眼を少しだけ瞠る。


「私の部族には、代々剣術が受け継がれてて、私に剣と踊りを教えてくれたお母さんの受け売りだけど、武術と踊りって似てるところが沢山あるんだって。腕の振り方とか、足の動かし方とか、自分の体がどこまで動かせるかを踊って確認して、それを自分の剣に落とし込むのが重要だって言ってた」

「なんだか深い言葉だね……言っていることの意味が分かるような、分からないような……」

「そだね。私もあんまりよく分かってない。自分で意味を考えるのも修行だって、お母さんからは聞けずじまいだったし」

「えぇ……何だそれは」


 含蓄のある言葉かと思った途端に気の抜ける発言をされて、ギルバードは脱力する。

 しかしいずれにせよ、フェリにとっては剣も踊りも大事であるという事はよく伝わってきた。


「あまり邪魔するのも悪いし、僕は薪拾いに戻るよ。フェリも頃合いを見て朝食作りに戻ってきてくれ」

「ん。朝ご飯作りまでには戻るけど……せっかくだし、私と一勝負しない?」


 何気ないフェリからの誘いに、ギルバードは思わず体を硬直させる。

 脳裏に過るのは、少しでも強くなろうとした奮起と、ハウザーとの稽古の日々、そしてそれらを魔法であっという間に飛び越えていったアレスを見た時の挫折。そんな次々と蘇る苦い記憶を押し殺しながら、ギルバードは出来る限り平静を装う。


「……何を言っているんだ。僕は剣なんて使ったことはないよ」

「それは嘘」


 咄嗟に吐いた嘘を瞬時に見破られ、ギルバードは今度こそ動揺を隠しきれずに顔に出してしまった。


「川に流れついたギルバードを拾って看病してる時に気付いた。ギルバードの手のひらは剣ダコでゴツゴツしてたし、たまに誰も居ないところで木の棒振ってるのも見たことある……それで剣をやったことが無いってのは嘘でしょ」


 ギルバードは押し黙る。フェリの言葉は、何もかもが図星だからだ。

 アレスの力を目の当たりにし、剣術でも勝てないと思い知らされてから、ギルバードはあれだけ熱心に打ち込んでいた剣術稽古を教養程度にしかこなしていなかった……と、傍から見ればそう思われていただろう。

 しかし実際のところ、ギルバードは諦めきれていなかった。自分でもアレスに勝てないと思っていても、剣術はギルバードが初めて得た生き甲斐だ。簡単に割り切ることが出来なくて、気が付けば夜中にこっそりと木剣を振っていた。


「…………」


 しかし、それを口に出すことはギルバードにはできなかった。

 一度は決別しようとしていたのに、今でも未練がましく剣術に執着している自分が嫌だったのだ。

 そんなギルバードを、何を考えているのか分かりにくい無表情でジッと見つめていたフェリは、地面に落ちていた手頃な長さの木の棒を拾ってギルバードに差し出す。


「ま、ギルバードがやりたくないって言うなら無理強いはしないけど……相手してくれると、私は嬉しい。我がままだけど、たまには誰かと立ち会いたいって思う時が多いから」


 この時のフェリが、こちらの事情を察してくれたのかどうかは分からない。しかしギルバードに言い訳を用意してくれようとしているのは分かった。

 受けても受けなくても、全てフェリが我がままを言ったで終わる。仮に引き受けても、それはギルバードが率先してだはなく、あくまでも仕方なく付き合っただけだ……と。

 それを察した瞬間、気が付けばギルバードは木の棒に手を伸ばしていた。




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― 新着の感想 ―
アレス、これ魔人教の過激派に担ぎ上げられて、魔力のない人間への弾圧が悪化。 結果、反乱起こされそうですよね。 親子仲にも溝ができそうですし。 はやく、早くギルバートが報われてほしい……(´;ω;`)
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