集落での日々
その後、ギルバードの怪我は驚くほど順調に治った。
火傷を負った範囲は広く、大きな傷跡を残すことは明白ではあるが、重度の化膿や壊死などは見受けられずに薄皮が再生され、包帯こそ取れていないものの、動くことには支障が出ない程度には調子を取り戻すことができたのだ。
そうしてようやく始まったギルバードの新生活……これまでの暮らしとは常識から何まで異なる、集落での日々だが……。
「芋の皮むき……これでいいかな?」
「ん、上出来」
「へぇ、飲み込みが早いじゃないか。教えてまだそんなに日数が立ってないんだけどねぇ」
意外にも、早い段階で順応することができていた。
元々、ギルバードは我慢強く、地頭がよくて勤勉な性格だ。これまで一度も経験したことがない生活でも、我慢の限界が来る前に慣れることができたし、今までやったことがないような炊事、洗濯といった仕事も、高度な知識を必要としない分、すぐに覚えることができたのである。
「それじゃあ、アタシは火を熾して鍋の準備しておくから、その間に獲ってきたきたウサギを捌いといてくれるかい? フェリ、ギルバードに捌き方を教えてあげな」
「分かった」
ゼニスにそう指示され、狩りたての兎の耳を鷲掴みにして移動するフェリの後を付いて行きながら、ギルバードは新たに始まった生活を思い返す。
ギルバードは最初、この集落での暮らしは非常に貧しいものになると覚悟していた。それこそ、今日一日の食事にすら難儀するとすら思っていた。貴族が収める領地ですら、そういった貧困地域があるのだから、国という庇護下から独立して生活するなら尚更だと。
「それにしても……随分自然が豊かな場所だよね? これだけの人数の食事に困らないなんて……」
集落の周辺はギルバードの予想に反し、食用となる動植物が数多く存在しており、、香辛料の原料が自生していたりする。
正直、これほど自然の恵みに溢れた場所は非常に珍しい。元盗賊団が興した集落は現在二十人以上が暮らしているが、誰一人として食事には困っていないし、何だったら調達した肉や山菜、香辛料などを町で物々交換に活用しているらしい。
家は簡素なものが幾つか建てられ、男女別に使用しているが、生活自体は男女共同で、集落全体が一つの世帯として機能しているように見える。
「特に一番驚いたのは、魔物が全然寄ってこないことだ……一体どうなっているんだ?」
ギルバードが食糧以上に警戒していたのは、魔物の襲来だ。
人間も捕食対象として見ている魔物の襲撃は、シュトラル王国でも大きな課題として取り上げられている。大抵の場合、壁なり堀なりを作って侵入を防いでいるのだが、この集落ではそれらしいものは見当たらない。
なのに魔物はこの集落を襲わないのだ。それもただ見つかっていないからではない。魔物に追いかけられても、集落に近づけば向こうから追いかけるのを止めて引き返すのである。
「ん……盗賊やってた時、色んな場所を渡り歩いて知ったんだけど、たまに魔物が嫌がる場所があるっぽい。全然魔物が寄り付かなくて自然に溢れてる場所が」
「へぇ。何か理由があるの?」
「詳しいことは分かんないけど……もしかして、アレが理由だったりするんじゃない?」
ギルバードは前を歩くフェリから視線を外すと、まず目に移り込むのは、藁の屋根が特徴的な小さな家が立ち並ぶ集落の風景……そしてその向こう側に見える、巨大な生物の頭蓋骨だ。
全体的に苔や蔓などで覆われていて相当古いが、まるで城館のように巨大で、その生物が生きていた時、どれほど強大な存在であったのかが伝わってくる。
「あれ見て魔物が怯えてるとか、そういうのじゃない? 私も初めて見た時はビックリしたし」
「それは僕も同感だけど……結局あれってなんの骨なの? 角や牙も生えてるし……」
「さぁ? 大昔に死んだ、凄い強い魔物の骨とかじゃない? まぁ実際のところは全然分かんないけど、私が元居た部族の集落も魔物が寄ってこない場所にあったし、何かそういう所もあるってことしか言えない」
いずれにせよ、フェリやザッカスたちも原因不明の現象に助けられて、今の集落を築いているらしい。
(おかげで僕は助かっているけど……この集落を築くまでは、大変だっただろうな)
魔力無し、罪人、異教徒……そういったレッテルを張られて、町に住めなくなったザッカスたちは過酷な日々を強いられたはずだ。これまでに命を落とした仲間だって居たかもしれないし、この集落に住んでいたって利便性はなく、大変なことだってかなり多い。
しかし、少なくともギルバードが見てきた彼らには、意外なくらいに悲壮感は感じられなかった。
「よぉ、今戻ったぜ二人とも」
「そっちは肉の捌き方でも教えんのか? 頑張れよ、ギルバード」
ウサギの解体の準備を進めていると、丁度魚捕りから戻ってきた住民が朗らかに笑いながら、友好的に話しかけてくる。
彼らだけではない。周囲を見渡してみれば、住民たちの雰囲気は明るく、一見すると盗賊という殺伐としてそうな前歴を持つ集団にも見えるくらいだ。
「見てくれよ団長! 大物釣れた! 今日の晩飯は期待してくれていいぜ」
「団長、実はこないだ、町で酒を何本か手に入れてよ。今夜一杯どうだい?」
「お、いいな。じゃあ今日は魚をツマミに、皆で一杯やるか! 今日は俺の秘蔵の酒を出してやるぜ」
「さっすが団長! 太っ腹ぁ!」
そしてその中心には、ザッカスが何時もいるように見えた。
彼を中心に、住民たちの間ではいつも笑顔が広がっていて、まるで血の繋がりを超えた絆のようなものを感じられる。
「改めて思うけれど、なんだか意外だな。こうして全体の雰囲気を見てみると、皆が犯罪者だというのを忘れそうになる」
「ん…………多分、団長のおかげだと思う」
ギルバードの言葉に、フェリは少し考えるような仕草をしてから答えた。
「団長は盗賊やってた時も、殺しとか、平民とかを襲うの全部禁止にしたり、そういう一線を越えさせないようにしてるの。なりたくてなった盗賊業じゃないから、せめて通せる筋だけは通すようにしようって。だからかな……ウチの集落には、頭が壊れたのがいない」
「……普通なら、そういう人間が出てくるものなのか?」
「ん。何度か同業だった人と会ったことがあるけど、殺しとか人売りとか、そういうのを楽しんでやってるのも結構いた」
人間は良くも悪くも慣れる生き物だ。切っ掛けはどうであれ、法に照らし合わせた倫理から外れたことを続けていれば、それに順応して罪悪感を抱かなくなったりする。
それについては、この盗賊団にも同じようなことを言えるかもしれないが、それも行き過ぎれば快感に置き換わる人間も現れるという。
そうなるのを防ぐために、団員たちが救いようのない外道にならないために、ザッカスは決して超えてはならない一線を明確に引き続け、今こうして悪事から足を洗っているのだ。
「ま、顔は厳ついけど結構とっつきやすい性格してるから、そういうのも皆の雰囲気を明るくしてるんだと思うけどね。上下関係みたい堅苦しいのってあんまりないし、誰に対しても遠慮なく言ってもいいから……おかげで今の生活を手に入れるまで、皆まともでいられた」
それを聞いたギルバードは、ふと王城にいた時のことを思い出す。
王族に生まれた以上、両親や上の兄姉というのは上位の存在だ。生まれた時から言葉遣いや態度を叩き込まれ、公の場での馴れ合いを控える。
シュトラル王家は比較的厳格ではない方ではあったが、ギルバードの場合は魔力が無いことが起因して、家族と和気藹々と過ごすことに関しては無縁だった。少なくとも、アレスのように撫でられたり、抱きしめられた記憶は、幼少期を遡っても存在しない。
(でも上流階級ではない、世間一般的な家庭では、家族間の格差は基本的には存在しないと聞いたことがある)
家族と共に暮らしていたのに孤独であったことから、ギルバードは確執のない温かな家庭というものを、何度も想像したことがある。
そしてザッカスたちの関係は、ギルバードが思い浮かべていた温かい家庭と重なることが多いのだ。
「でも私はちょっと不満がある。団長、私のこと完全に子供扱いして、狩り仕事を任せてくれないから」
この集落で一番重要で危険と言って過言ではない仕事が狩りだ。
確かにこの集落には魔物が寄ってこない。しかしイノシシやクマといった、魔力が無くては危険な生物も中にはいて、そういった動物を狩るのも大事な役割だ。
ウサギやシカならばともかく、そんな猛獣の相手を子供にさせないというのは、当然の判断だろう。
「……実際に、僕たちは子供なんじゃないか?」
「そうだけど……別に私くらいの年齢で狩りの手伝いするのって結構普通だと思う。実際、私が元居た集落でも、十三歳になった時には大人と狩りしてたのもいたし」
「そんなに若い時から?」
ギルバードが王族として培ってきた常識と国外に点在する部族とのギャップに驚いていると、フェリはどことなく不満そうに口を開く。
「盗賊やってた時も、私には絶対に仕事には参加させなかったし……皆が危険な仕事してるのに、私だけ蚊帳の外にいるのは、胸が苦しくなる」
フェリの声を聞いたギルバードは、彼女が決してザッカスのことを嫌って不満を零しているのではないと感じた。
むしろ逆だ。集落の皆のことが大切だから、少しでも役に立ちたいと焦っている。
(団長は、僕たちのことをどう思っているんだろう)
子供は単なる足手纏いになる……普通ならそう考えているのが妥当ではあるが、実際にその通りならどうして大して役にも立たないギルバードを引き込んだのか。
ギルバードは住民に混じって薪を割っているザッカスを見て考えるが、結局自分で考えても分からなかった。
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分からないことを何時までもそのままにすることは出来ない……それは厳しい王族教育に人生の大半を捧げてきたギルバードが培った価値観だ。
自分で考えても調べても一向に答えが出ない時は、一時の恥を忍んで聞いてみる。それを実践しようと、ギルバードはその日の夕食時、丁度一人で居たザッカスの元に近づいた。
「団長はどうして、僕やフェリに狩りに参加させたりしないんだ?」
そう直球で問いただすと、ザッカスは一瞬目を見張ってから、少し忌々しそうに舌打ちをする。
「フェリだな……あいつ、ギルバードに変な事吹き込みやがって」
「フェリを責めないでやってほしい。僕自身が気になったから聞きに来ただけなんだ」
慌てて取りなすギルバードだったが、実際のところはフェリと似て非なる気持ちを抱いていた。
ギルバードにとって、王族という重苦しい縛りから抜け出して流れ着いた場所が、この集落だ。未だ馴染み切れているとは言えないが、それでも王宮より遥かにマシと思えるくらいには、心穏やかな日々を過ごしている。
(ここも追い出されたら、僕にはもうどこにも居場所がない)
だからこそ、この場所から追いやられないために、内心では必至なのだ。
フェリと違って利己的な理由だが、今の居場所を守るために、自分でも役に立てることは沢山あると証明したかった。
「狩りを生業としている集落に住む以上、覚悟はできているつもりだ。出来ることがあるなら遠慮なく言ってほしい」
真剣に語り掛けるギルバードだったが、ザッカスは眉間に皺を寄せながら目を瞑り、それはもう大きな溜息を吐く。
「あのなぁ……狩りを舐めちゃいねぇか? 体も出来上がってねぇガキがクマやイノシシの相手するにゃ早ぇ。もっとデカくなってからでもいいだろ」
「でもこの間だって、イノシシを相手にして怪我人が出たじゃないか。そうすれば他の住民の負担が増える。いざという時に人手を補充することも考えて、早い内から僕たちに狩りを教えておいた方がいいんじゃ……」
「俺たちはいいんだよ。いい歳こいた大人で……もう引き返せねぇからな」
ザッカスはそういうと、ギルバードの顔を下に向けるように、強めの力で頭を押さえてくる。
「フェリと言いお前と言い、近頃のガキってのはどうしてこう真面目なんだか……ガキはガキらしく、何にも考えずに遊んだり勉強したりすりゃあいいのによ……」
「……団長?」
「いや……本当なら俺がそうさせてやれりゃ良かったんだが……」
ポツリ、ポツリと、どこか悔いるように呟くザッカスの顔を、ギルバードは見ることは出来なかった。
ただこの時は、ザッカスのどことなく湿った声だけがギルバードの鼓膜を揺らしていた。
「とにかく、これだけは肝に銘じとけ。お前とフェリは俺が勝手に拾って、勝手に面倒見てるだけのガキで……俺たちとは違うんだ」
「あ、ちょ……団長っ」
それだけ一方的に言い残し、ザッカスは振り返ることなく、足早に立ち去っていく。
とりあえず狩りへの参加を断られてしまったことだけは分かったギルバードが消沈していると、そこにある人物が近づいてきた。
「どうやら、フラれちまったみたいだね」
「ゼニス……聞いてたのか?」
そう、ゼニスである。雑草と地面を踏む音を僅かに立てながら近づいてきた彼女は、少し申し訳なさそうに苦笑する。
「聞く気はなかったんだけど、団長の声がデカくてね。まぁ諦めた方がいいよ。ああなったら梃子でも動かないから」
「…………」
確かにあの様子だと、いくら説得しても聞く耳持ってくれなさそうだ。
しかし同時に諦めきれないという気持ちも浮かんでくる。納得しかねるかのように憮然とした表情で俯いていると、ゼニスはゆっくりと口を開いた。
「アタシはね、ギルバード……火事で妹と弟が死んでから悪事に手を染め始めたんだ」
ギルバードは思わず顔を上げて、ゼニスの顔を見る。過去を振り返るその横顔は、穏やかなのに悲哀に満ちているという、何とも矛盾した複雑な心境を湛えていた。
「私たち姉弟は教会で魔力無しって言われてね。長女どころかその後に産んだ子供たちまで魔力が無いって分かった両親に手酷く捨てられたけど、妹と弟とは仲良くやれててさ。三人で身を寄せ合って、足元見られながら必死に働いてたけど、二人と居られるなら全然苦じゃなかったんだ」
ゼニスが言うような光景をギルバードは想像してみる。
魔力を持たない人間が付ける仕事というのは、基本的に重労働で低賃金の、誰もやりたがらないような汚れ作業だ。周囲からの差別にも耐えながら、若い身空でそういう仕事に従事した彼女の苦難は想像に余りある。
それでも、愛する誰かのために苦難を引き受ける気持ちは、かつて婚約者を守ろうと魔物に立ち向かったギルバードにも想像できた。
「でもそんなある日、仕事から戻ってきたらアタシの実家が火事になっててね。火で完全に覆われた家の中には弟と妹が取り残されていて、魔力が無い二人じゃ自力で出てくることも出来なかった」
「…………」
「アタシは燃えるボロ家を見に来ていた周囲の人間に縋りついたよ。教会に、兵隊に、街の住人達に……妹を助けて、弟を助けてって。でも助けてくれなかった」
その理由は、聞かなくてもギルバードには分かってしまった。
「汚らわしい魔力無しのために、なんでそんなことしなくちゃいけないんだって……そう言われてさ」
魔力を持たない人間は、緊急時にも助けてもらえない。魔神教という一大宗教が広めた教えは、そんな常識を世界中の人々に植え込み、それが巡り巡って犯罪率の増加を招いている。
ゼニスもまた、そんな常識に人生を狂わされた人間の一人だった。
「結局二人を助けられなかったアタシは、真面目に生きるのも馬鹿らしくなっちゃってね。それからは自棄になって、でも死ぬ度胸も無くて、団長と出会うまでは盗み以外にも色んな悪事に手を染めながら生きてきた」
「団長と出会ってから、生き方を改めるようになったのか?」
「うん。アタシと似たような境遇のあの人の言う事なら……そう思ってね」
「え……? それって……」
胸に去来する嫌な予感に、心臓の鼓動が大きく感じるギルバードに、ゼニスは少し迷ってから告げた。
「団長も家族を亡くしたんだ。双子の娘さんと息子さん……生きてれば、丁度アンタやフェリと同じ十三歳だったらしい」
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