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初めての温もり


 集落への定住が決まり、しばらく安静にしているようにと言われて眠っていたギルバードが目を覚ますと、複数人の足音が近づいてくるのが分かった。

 その足音がする方向に顔を向けると、ザッカスやフェリを始めとした五人の男女が建物……ザッカスの家の中に入ってくる。


「よぉっ! 目ぇ覚めたんだな!」


 その中から、子供のフェリを除けば一番小柄な体格の、ソフトモヒカンが特徴的な男が明るく笑いながら近づいてきた。


「団長から聞いたぜ。ギルバードっつったか? オメーも俺らの仲間になるんだってな。俺様はティモンってたんだ! よろしくな!」

「あ、あぁ……よろしく」


 バシバシとギルバードの肩を叩くソフトモヒカンの男……ティモンに、ギルバードは思わずたじろいだ。これまで生きてきて、こういう距離の詰められ方をされたことがないからだ。

 そんなギルバードが緊張しているとでも思ったのか、ティモンは得意げな表情を浮かべながら胸を張る。


「新入りのお前は今日から俺様の子分で弟分だ! 困ったことがありゃ何でも俺様に言えよ! その代わり、俺様の言う事には何でも従ってもらうけどな!」

「いきなり調子に乗って兄貴風を吹かせるな。そいつも困惑している」


 そんなティモンを諫めるように低い声で呟いたのは、色黒の肌をした大男だ。身長や横幅はザッカスよりあるだろうか……普通に立っていても見上げるような巨体である。


「いいじゃねぇかよ、ドーガの兄貴! 俺様にとっちゃ初めての後輩なんだから!」

「……一応、私はティモンより年下なんだけど」

「いや、フェリは俺様より先に団に入ってたから、なんか違うんだよなぁ。こう、初々しさがねぇっつうか」


 そんな二人のやり取りを尻目に、ドーガと呼ばれた偉丈夫はギルバードの傍で地面に膝を付け、大きな手を差し伸べる。


「ドーガだ。一応、団長の補佐役のような役割を任されている」

「こちらこそ……面倒をかけるけど、よろしく頼む」


 こちらはティモンとは真逆で、随分と落ち着いた雰囲気のある男だ。見るからに威厳もあるし、ザッカスに次ぐナンバー2と言ったところだろう。


「やぁ、目が覚めてよかったよ。アタシはゼニス。この団の炊事を任されててね、あんたの怪我が治ったら手伝ってもらうことになるから、よろしくね」

「食事の用意を……?」


 そして最後に挨拶を交わした、頬に大きな一本傷が刻まれている二十代後半と思しき美女の言葉に、ギルバードは首を傾げた。

 それが自分に割り当てられた仕事だろうか……ギルバードはそう思ってザッカスの方に視線を向ける。


「ウチの集落じゃ、ゼニスみてぇな例外もあるが皆が持ち回りで仕事しててな。飯炊きから洗濯、薪や食材の調達まで、全員で色々やってんだよ。まぁ最初は仕事を教えてやるから、そこら辺は安心しな」


 ザッカスにそう言われてギルバードは少しだけ安心した。

 今まで王子として高度な教育を受けてきたが、さすがに料理や洗濯は教わったことがないので不安だったが、何の知識も技術もない状態で仕事に駆り出されるわけではないらしい。


「とりあえず、俺とフェリ、ティモンにドーガ、そんでゼニスが持ち回りでギルバードに仕事を叩き込む。怪我が治って動けるようになり次第、さっそく働いてもらうからそのつもりでいろよ」

「わ、わかった」

「……ま、そこまで緊張しなくても良いがな。俺らは別に職場みたいにお堅い集まりってわけでもねぇ」


 緊張した面持ちで頷くギルバード。その様子を見たザッカスは、苦笑しながらギルバードの頭に手を置いた。


「この集落で住む以上、今日から俺たちがお前の家族だ。困ったらいくらでも頼りゃいいんだよ」


   =====


 その日の夕暮れ時、小さな篝火に照らされた家の中で、ギルバードは簡易ベッドの上で横になりながら、今日一日で起こった怒涛の展開を思い返す。

 王族とは正反対とも言える道を選んだ……そのことを後悔しているかどうかは、正直に言って今は判断できない。

 しかし、あのまま王族に戻りたくないと思った気持ち……それだけは、ギルバードの本心だ。


(今日の選択を後悔するかどうか……それはきっと、僕のこれからの行動次第なんだ)


 ギルバードは自由を手に入れた。それは自分の行動は全て自分で決め、その全てに責任を持つことに他ならない。

 王族として、大人が敷いたレールの上を歩く人生を終え、誰も正解を教えてくれない日々が始まり、自らの選択は間違いではないと胸を張って言えないのが現状だが、せめて今は、ザッカスたちと上手くやっていくことだけを考えよう……そう考えていると、軽い足音がギルバードに近づいてきた。


「ん……起きてる?」


 近づいてきたのはフェリだった。その左右の手には、暖かそうな湯気が立っている器とスプーンがワンセットずつ握られている。


「しばらく目が覚めなかったからお腹減ってるだろうって、ゼニスが先にギルバードの分よそってくれたから、はい」

「あぁ……ありがとう。……ん……つぅっ」


 痛みで顔を顰めながらも、何とか上体を起こすギルバード。その様子を見ていたフェリは、ベッドの脇に置いてある椅子に座り、スプーンで器の中身を掬う。


「手動かすのが辛いなら食べさせてあげよっか? はい、あーん」

「い、いや、大丈夫。好意だけ受け取るよ」


 ほとんど無表情で抑揚のない声と一緒にスプーンを向けてくるフェリに、ギルバードは少し顔を赤くしながら遠慮して器とスプーンを受け取る。

 王族であり、かつて婚約者が居たものの、ギルバードはこれといった親しい人間も居なかった年頃の少年だ。アリシアとはまた方向性が違った、王宮暮らしではまずお目に掛れないようなタイプの美少女にそこまで甲斐甲斐しくされると、さすがに気恥ずかしい。


「今日はゼニスの得意料理。新入りが入ったから張り切って作るって言ってたから、楽しみにしてた」


 そう言って傍に腰を下ろして食事を始めたフェリを横目に見ながら、ギルバードも食事を始めようとスプーンで器の中身を掬う。

 酷く素朴なスープだ。具材は豆と何かの干し肉、それから山菜の切れ端らしき物といった、これまで見たことがないくらいに質素な料理だったが、空腹だったギルバードは特に不満もなく口にする。


「……美味しい」

「そう? ならよかった」


 確かに使われている食材は、王宮に献上されるような高級品ではないのだろう。しかし、質素な食材だけでも美味しく食べられるよう、作り手の工夫が詰め込まれていることが伺えた。


(それに……何よりも温かい)


 王宮で暮らしていた時、ギルバードの元に届けられるのは基本的に何重もの毒見が済まされて冷めてしまったものばかりだ。

 時には嫌がらせとして、異物が混入していたり、摘み食いをされていたり……酷い時には、食事すら届けられないことも珍しくなかったこともあって、ギルバードはこれまで食事に楽しみを見出したことがない。

 それだけに、ギルバードの体調を気遣って真っ先に届けられた、温かみに満ちたスープは、これまで食べたどんな料理よりも体に沁みた。


「そうそう、ギルバードに仕事教えるの、大体が私になるから」

「そうなのか?」

「ん。同じ年くらいの子供の方がいいだろって、団長が」

「確かにそれは助かるけど……フェリは幾つなんだ」

「十三」 

「へぇ……驚いたな。僕と同じだ」


 フェリは小柄なのでそうは見えなかったが、何とギルバードと同じ年らしい。

 しかしザッカスからの気遣いは素直に助かる。ひとまず委縮しすぎずに済みそうだと安心したギルバードは、ずっと気になっていたことを口にしてしまう。


「……そういえば、どうしてザッカスは団長と呼ばれているんだ……?」

「あぁ、それ? 元々、この集落ができる前は、団長たちは盗賊団やってたから、その時の名残。ていうか私以外の面子は、全員が元盗賊団だし」

「……今はもう違うのか?」

「そだね……集落も出来て自活の目途も立ったから、もう足洗ったかな。元々、やりたくてやってた訳じゃないから」


 その言葉に疑問を抱きつつも、ギルバードは次の質問を口にする。


「……フェリは、どうしてこの集落に?」


 自分にしては随分と踏み込んだ質問をしたと、ギルバードも自覚していた。

 しかし、フェリのような年端もいかない少女が盗賊団にいれば、誰だって気になる。そんなギルバードの言葉にフェリは少しだけ目を見開きながらこちらを見返し、何かを思い出すかのように茜色の空を見上げる。


「私、元々はドラゴンを信仰してた部族の生まれだったの。でも三年くらい前に魔神教の奴らに皆殺されて、まだ盗賊やってた時の団長たちに拾われた」


 魔神教では、ドラゴンを邪悪な存在として激しく敵視している。しかし、そんなドラゴンを信仰する者たちも一定数存在している。

 魔力を持たない人間……特に、先天的に何故か(・・・)魔力が宿っていないとされている部族がそうだ。そういった部族は世界各地に点在しており、彼らは魔神教からは異端の存在、粛清対象として命を狙われ続けている。

 おそらく、魔力を持たない者への弾圧が生んだ、一種のカルト教団ではないかと学者からは言われているようだが、その内の一人がフェリだとは思わなかった。


「その、すまない……無神経なことを聞いた」

「いいよ、別に。わざわざ言う事でもないけど、隠すことでもないし……私みたいなのは、別に珍しくないから」


 食事を終えたフェリは、外から聞こえてくる喧騒に耳を澄ませながら、ゆっくりと口を開く。


「この集落にいるのは、元々は私みたいに魔力が無くて世の中からはみ出したのばっかりだから。傷の舐め合いなんて言われたこともあったけど、おかげで寂しくない」


 相変わらず表情を動かさず、何を考えているのか分かりにくい目をしていたフェリ。しかし、この時の彼女の瞳や声からは、熱の通った感情のようなものがギルバードにも伝わってきた。


「ギルバードも……いつか同じように思ってくれると、嬉しいかな」


 賑やかな食事の音が空に木霊する。この時、夕日が落ちて空に月が上った。

 夜空を優しく照らす、真ん丸の満月だ。まるで正円のような月が、はみ出し者たちの集落を照らしていた。




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