流れ着いた先
ギルバードはふと、意識を取り戻す。それと同時に感じたのは、顔から腰にかけて走る強い痛みだった。
痛みに顔をしかめながら目を開くと、まず視界に移り込んだのは藁の天井だ。そして周囲はレンガや木材ではなく土で出来た壁。どうやら建物の中で眠っていたらしいと無意識の内に確認すると、ギルバードは自分の体に包帯が巻かれ、無数の枝を繋いで作られた簡素なベッドの上に眠らされていることに気が付いた。
(生きていたのか……僕は……?)
魔法の直撃を食らい、氾濫する河に落ちた以上、死を覚悟していたのだが、この様子から察するに、通りすがりの誰かに助けられたらしい。
(でも一体誰が……?)
その疑問に答えるように、不意にギルバードの顔に影が落ちる。ギルバードが目覚めたことに気が付いた何者かが、彼の顔を覗き込んだのだ。
「ん……気が付いた?」
その者の姿は、薄い灰色の髪と、宝石のような翡翠色の瞳を眠たげに半目にしているのが特徴的な、どこか人形のような無機質さと美しさを兼ね備えた少女だった。
一見すると年頃はギルバードよりも幾つか下に見えるが、もしかしてこの少女がギルバードを介抱してくれたのだろうかと考えていると、少女はスッと立ち上がる。
「ちょっと待ってて……団長、呼んでくるから」
「団……長……?」
そう言い残してそそくさと出ていく少女は、それから少しして、大柄で筋肉質な赤髪赤髭の男を連れて戻ってきた。
「おう、目が覚めたか! いやぁ、よかったよかった!」
「あ、貴方が僕を助けてくれたのか……?」
「まぁ見つけたのはコイツだけどな」
そう言って少女の頭をワシワシと撫でる大男。その乱暴な手に少し頭を振り回されながらも、少女は特に嫌そうな顔をせずに受け入れている。
「俺たちの集落の近くにある川岸に、大怪我をしたお前が流れてきたもんでな。とりあえず引き上げて手当させてもらった次第だ」
「そう、だったか……それは、何と礼を言えばいいのか……」
「気にすんな。俺らが勝手にしたことだからよ」
まるで太陽を連想させる朗らかな笑みを浮かべる大男。その姿は、厳つい容姿からは想像も出来ないくらいに安心感を与えてくれるものだった。
「名乗るのが遅れたな。俺ぁザッカスって名前で、こっちはフェリってんだ」
「ん、よろしく」
不思議な雰囲気の持ち主である大男改めザッカスと、彼と関係性が見えてこない少女、フェリ。
そんな二人に、ギルバードはこれまでの習慣で咄嗟に名乗り返そうと起き上がり、姿勢を正そうとする。
「こちらこそ、名乗り遅れて申し訳ない。僕はギルバード……つぅっ!?」
しかしそれが傷に障ったらしく、名乗る途中で痛みに顔をしかめる。その様子を見たザッカスはギルバードの体を倒し、再び即席布団の上に寝かせた。
「無理すんな。ギルバード……つったか? 命は取り留めたみたいだが、お前はかなりの重傷で何日も目が覚めなかったんだ。俺らじゃ満足に医者にも診せられねぇんで、治療も素人の自己流だしな。とりあえず、今は安静にしとけ」
「あ……ありがとう……」
ギルバードは小さく礼を言い、そのままゆっくりと息を吐きながら、藁の天井を見上げる。
思い返せば、人生でこんなにゆっくりと過ごすのは生まれて初めてかもしれない。王宮にいた時は、目が覚めると早々に身支度と教育、公務に身を捧げていて、ゆっくりと過ごす時間など一切なかった。
(それがこんな状況になって訪れるなんて、皮肉というべきか何と言うべきか……)
しかしそうして心に少し余裕が生まれたことで、次第に膨らんでいく疑問と不安がある。すなわち、ザッカスたちは一体何者なのかという事だ。
ギルバードは視線だけ動かし、二人の服装を見る。随分と着古されていて、貴族どころか平民にも見えない。ならば貧民だと考えるのが自然ではあるが、その割には身綺麗な方だ、
「結局、ここはどこなんだ……?」
「ここは俺たちが作った小せぇ集落……っていうのは、ちと耳障りが良すぎるか」
そこまで言うと、ザッカスはバツの悪そうな顔をして頭の後ろを掻く。
「んまぁ、なんて言やいいのか……いわゆる札付き連中の隠れ里ってのが正しいな」
「札付き……そうなのか」
その単語の意味が、悪人を指す言葉であることくらい、ギルバードも知っている。そしてこの場所が犯罪者たちの隠れ家的な場所であるという事も、さして疑っていなかった。
治安の悪化が著しい昨今、罪人たちが罰を逃れるために隠れ住んでいる場所が世界各地に点在していることは、知識として知っているのだ。
……しかし、それを踏まえてもなお、ギルバードの心は不思議なくらいに穏やかだった。
「何だ……? 意外と冷静だな。もうちょい取り乱すもんかと思ってたぜ」
「いや……これでも驚いているんだけど、不思議と落ち着いていられるというか……いずれにせよ、助けられた事実に変わりはない」
疲れと怪我、久々の起床で頭が回っていないだけかもしれないが、助けられたことへの感謝は変わらない。
本来なら罪人など問題だらけなのだが、今の世の中で罪を犯すことは、一概に個人の問題とは言えないのだ。だから彼らの事情も知らずに法を盾に非難をする気は、ギルバードにはなかった。
「とにかく……この返礼は必ずする。今は手持ちも何もないけど……」
「だから気にすんなって言ったろ。勝手に拾った怪我人、それもガキ相手に礼を求めるほど、俺らも腐っちゃいねぇんだ」
片手をヒラヒラと振って、呆れたように言うザッカスの顔を、ギルバードはジッと伺う。
生まれてから、表と裏の顔を切り替えるのが当たり前の人間が蔓延る王宮という魔窟で生まれ育ち、その中で差別を受けてきたギルバードは、年若いながらも人の隠された悪意に敏感だ。話している時の声色を聞き、表情を見れば、何となくだが嘘を言っているのかどうかが分かるようになっていた。
(……嘘は、言ってなさそうだ)
その結果、ギルバードは直感でザッカスの言葉に嘘は感じられないと思った。
そもそもの話、本当に悪意を持ってギルバードに干渉してきたとしても、怪我でまともに動けない子供を騙すなんて手間のかかることはしないだろう。
札付きなどと名乗っているが、ザッカスたちからはそういう印象を感じられない。自白した時のバツの悪そうな顔といい、見ず知らずの怪我人を助ける人の良さといい、悪人は悪人でも変わり者というのが、ザッカスに対するギルバードの第一印象だ。
「とにかく、目が覚めたんならよかった……と、素直に言いてぇところだが、生憎この集落の場所を大っぴらにする気はねぇ。住んでた場所の近くまで送ってやるから、そこまで目隠しさせてもらうぜ。どこに住んでたんだ?」
「それは……」
咄嗟に答えようとして、ギルバードは思わず口籠った。そんな様子に、ザッカスは不可解そうに眉をひそめる。
「どうした? 暮らしてた町の名前くらい言えるだろ?」
「それは言えるけど……戻ったところで……僕は……」
このまま普通に答えれば、ザッカスたちは王都かその近郊までギルバードを送ってくれるかもしれないし、本来ならそうするべきだろう。曲がりなりにも王子が行方不明であり続けるのは、国内に大きな混乱を招く。
(でも……このまま戻ったらまた同じような日々が続くんじゃないか……?)
思い返すのは、魔法の天才である弟と比べられ続け、大切と感じたものが次から次へと零れ落ちていく毎日。遊ぶことも落ち着くこともままならない、王宮での厳しい教育と蔑みに満ちた陰口を受け続ける日々。
そんな人生が嫌で嫌で、最近では王族ではなく自由な身分になれないかと家出計画なんてものを考えては、魔法も使えない身ではすぐに捕まってしまうから現実的ではないと諦めていた。
しかし、事故とはいえ周囲からの監視の目から完全に逃れた状況に生まれて初めて置かれたことで、ギルバードの胸中は個人的な欲求に支配された。
あの場所にだけは帰りたくないという自己保身。このまま王子という役割を捨てたいという、自由に対する羨望と、それに伴う不安定な未来への恐怖。
(それに、僕が戻ったところで誰も喜ばないんじゃないのか……?)
魔力を持たない王子がどういう目で見られるのか、それはギルバードが誰よりも理解しているし、その影響は父母兄弟にまで及んでいるのは分かっていた。
呪われた王子を生んだとして王族の権威は明らかに傷がついたし、それが原因となって兄であるリオンとの間には埋められない確執が生まれたのだ。
「僕はその、魔力が無くて……居場所がないから……」
ギルバードは絞り出すような声で、胸の内に渦巻く不安を吐露する。
結局のところ、魔力至上主義であるこの世界で生きていくには決定的になものがギルバードには無かった。
物心ついたころから、そのハンデを覆そうとあらゆる努力をしてきたつもりだが、そのどれも上手くはいかず……今となってはこれまで積み重ねてきた過去の全てが、自身を縛り付ける重たい枷に思えてならない。
(だったらもう、このまま死んだことになった方がいい)
正直な話、魔力が無い出来損ないの王子が死んだところで誰かが悲しんでいる姿を、ギルバードはイメージできなかった。
(むしろ魔力が無い王子が居なくなって清々していると思う……けど)
だったらそのような場所に戻るよりも、生まれ変わったつもりで新天地で暮らしたいと願うのは当然のことだが、現実問題としてそれが難しいことくらいギルバードにも分かっていた。
そもそも、魔力が無くても問題なく暮らせていたのは、ひとえに王族だったからだ。その庇護が無くなれば、想像を超える困難が待ち受けているはずだ。
まさに引くも地獄、進むも地獄といった状況に俯いていると、ザッカスはポツリと呟いた。
「……そうか。お前も魔力が無いのか」
その声を聴いたギルバードは顔を上げ、ザッカスの目を見る。その瞳には上っ面の同情や哀れみではない、ギルバードがこれまで向けられたことがないような感情が宿っていた。
「俺たちも同じだ。魔力が無くて居場所がねぇのさ。そんな奴らが一人、また一人って人が集まってきて、気が付きゃ集落まで作ってたんだが………………まぁ、今更一人増えたところで問題ねぇか」
腕を組んで、うんうんと唸りながら考え事をしていたザッカスは、改めてギルバードと視線を合わせて口を開く。
「だったらお前、ここで暮らすか?」
予想だにもしなかった言葉に、ギルバードは思わず目を丸くする。
「と言っても、ガキだからって遊ばせてばっかりって訳にもいかねぇ。なんせ生きるのに人手は幾らでもいるからな。怪我が治り次第働いてもらうことになるが」
「だけど……それは貴方たちにとって割に合わないのではないのか……?」
王子として、国民の支出や収入にも目を通してきたギルバードは、子供一人を養うのにどれくらいの手間が掛かるのかを大体分かっていた。
十中八九、補助金などの与えられていないであろう彼らが人一人を養おうとするのが、どれだけの負担になるのか……ギルバードには想像しきれない。
「だから何度も言ってんだろ。ガキがそんな細けぇこと気にすんなって。こっちが良いって言ってんだから、問題はお前がどうしたいか、それだけだ」
そう言われて、ギルバードは考えた。
王子でありながら罪人の雑用になるなどあり得ない……と、少し前までの自分ならそう考えただろう。
しかしギルバードはもう、王子であることに疲れ切り、嫌気がさしていた。どれだけ努力しても魔力が無い限り報われない環境に身を置き続けることに、一体何の意味があるのかと。
(あぁ……そうか。僕はもう、王子としての日々がバカバカしく思えてたんだ)
そう自覚すると、ますます王宮に戻りたいと思えなくなっていた。
この時のギルバードの心情を例えるなら、反抗期という言葉が適切かもしれない。例え犯罪者との共同生活になろうとも、王子として生き続けるよりかはマシであると思えてならなかった。
(それに、彼らが本当に魔力が無いなら……)
これまでずっと求めてやまなかったギルバードの心の拠り所……居場所が見つかるかもしれない。
そう思った時には、ギルバードはザッカスの誘いに乗っていた。
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