閑話・すれ違う親子
(あぁ……またやってしまった)
アレスの誕生日パーティでの会場で、肩を落としながら静かに会場から離れていくギルバードの背中を見つけたエリザベータは、息子を呼び止めることも出来ずにそのまま見過ごしてしまう。
本来ならば、今日はギルバードの誕生日も祝われるべきなのに、どうしてこのようなことが起こってしまったのか……エリザベータは王妃としての自分の不手際、そして一人の母親としての不甲斐なさに頭を抱える。
「……遅かったか」
そんな時、全てを察したかのように小さく呟いたのは、夫であり国王であるマキシムだ。
エリザベータはマキシムの言葉を肯定するように小さく頷く。
「申し訳ありません、陛下。全ては私の監督不行き届きです」
「よい、其方だけの責任ではない。気付けなんだは私も同じだ……とにかく、今はこのパーティを乗り切ることだけを考えよう。この公の場で取り乱すことは、王族として示しがつかぬ」
国王夫妻の小さな話し合いは終わり、次々と押し寄せてくる来賓客への挨拶を、何事も無かったかのように勤めるエリザベータ。
しかしその微笑みの奥には、悔恨の念が溢れそうなくらいに湧き上がっていた。
どうしてこのような事になったのか……全ては、ギルバードとアレスが生まれた日に遡る。
元々、この国だけではなく、周辺諸国全体が魔神教という一大宗教を信仰するこの時代、誰からも注目される王族に魔力を持たない子供が生まれるというのは、非常に重い問題と捉えられる。
簡単に言うと、とにかくイメージが悪いのだ。魔力を持たない人間は呪われた存在として認識されており、国民からのイメージと権力が密接に関係する支配者層にとって、魔力のない人間が自分たちの中に生まれれば、それだけで権威が揺らぎかねない。
そしてそれは、王族であるからこそ余計に強く影響を受ける。
ただでさえシュトラル王国では貴族や教会の力が強く、王族の権力は絶対的ではない。そんな中で、魔力を持たない王子を表立って可愛がるようなことをすれば、権威の失墜を招き、国内の統治が乱れかねない。
だからマキシムもエリザベータも、ギルバードとは可能な限り不干渉を貫き、関心を示していないように見せてきた。王族として人道的なアピールもしなければならないため、表立っては迫害はしないが、魔力を持っていない出来損ないの息子など愛してはいない……そう貴族や教会、国民に思わせるために。
しかしそれは、あくまでも為政者としての行動。本心では一人の親として、ギルバードのことだって愛していた。
魔力が無いこと以外は、王族として至って優秀なギルバードのことは口に出して褒めてあげたかったし、それが出来ないせめてもの償いとして、ギルバードの周囲の人間は魔力のない人間に対する差別意識が少ない者を選んで配属させた。
しかしそういったことでは親子間の溝は埋まることはない。そしてその溝が飛び越えられないくらいに大きくなったのは、エリザベータが病に倒れた時のことだ。
『ギルバード殿下はその、根を詰めて勉学に励んでおられた影響か……最近だと、よく講義を抜け出して遊んでおられるようでして』
ベッドの上で高熱に苦しみながら、侍従の者に家族の様子を聞くと、そのような答えが返ってきて、エリザベータはそれを信じ込んでしまった。
実際、信憑性はあると思ったのだ。ただでさえ王族というストレスが多い環境なのに、周囲の人間は魔力が無いと見下してくる。そんな中で、努力を維持できる人間など、どれだけいるというのかと。
そのことに深い失望を抱いたまま、アレスの手によって病気が完治してベッドから起き上がったエリザベータは、今更になって見舞いに訪れたギルバードを叱責した。
『はぁ……戻ってきていたの? 聞いたわよ、我儘を言って教育の時間を減らして遊び歩いていたって。少しはアレスのことを見習えばいいのに……貴方はただでさえ魔法が使えないのだから、もっと勉強なさい!』
それはギルバードが少しでも将来を苦労しないために、発破をかけるつもりで親心から出た言葉だった。魔力を持たない分、それ以外の分野で活躍できる基盤を作ってほしいと願っての言葉のつもりだった。
しかし、それがギルバードとの間に越えられない溝を作る言葉だったと知ったのは、事情を聞かされてからだった。
『王妃殿下、ご快復おめでとうございます。そのご様子ですと、ギルバード殿下が苦労なされた甲斐があったようですな』
このセリフを言ったのは、エリザベータが回復した経緯を知らないまま快復祝いの挨拶をしにきた、物流大臣だった。
一体どういうことか、詳しく話を聞いて色々調べてみると、何とギルバードは日々の王族教育を完璧にこなした上で、少ない自由時間を削ってでもエリザベータの治療に必要な薬の原材料を手に入れるために奔走し、その一環で物流大臣にも話を聞きに来ていたことが分かったのだ。
そして薬の原材料をようやく手に入れて戻ってきた息子に対して言ったセリフを思い出し、エリザベータは顔を青くした。
あのような言葉、間違っても言うべきではなかったのだ。いくら病気で意識が朦朧していたとはいえ、少し裏を取ればギルバードの行動の真意は判明したはずだし、エリザベータに虚偽の報告を述べた侍従が実は魔力至上主義者で、ギルバードの立場を貶めようとしていたことも分かったはずだ。
その上、よりにもよってアレスと比べるようなことまで言ってしまった……これが何よりも致命的だったと言えるだろう。
普段殆ど接していなかったとはいえ、ギルバードがアレスに対してコンプレックスを抱いていたのは、想像に難くない。
それなのに、よりにもよって母親である自分が、他の心無い言葉でギルバードを差別する者たちと同じよう、アレスとギルバードを比べるようなことを言ってしまった。それも最悪と言えるタイミングでだ。
それからというもの、エリザベータはギルバードとどう接すればいいのか、もう分からなくなってしまった。
どれだけ冷静を装っても、胸の奥に渦巻く罪悪感が拭えず、一歩踏み出して関係修復を図ろうにも、魔神教の教えと国民や臣下の感情がそれを許さない。
そうして手をこまねき続けて年月が経ち、エリザベータはマキシムとも話し合い、ギルバードとアレスの十三歳の誕生パーティを機に、ギルバードの為に有力者たちと話し合いの場を設けようと決めた。
魔力が無くても心穏やかに過ごせるための環境作り。アレスと比べられることのない場所作り。具体的な案はないがせめてもの償いとして、十三歳の誕生日プレゼントとして、有力者たちと話し合いながら、王族としての対面の維持と両立できるギルバード主体の施策を打ち出そうと。
……しかし、この世界における魔力無しの人間への悪意は底知れず、エリザベータたちの計画は出鼻から挫かれることとなる。
後で調べて分かったことだが、どうやら魔力のない王子の誕生日など祝いたくない、魔法の寵児であるアレスの誕生日祝いと学院主席就任祝いを純粋に祝いたいと考える、魔力至上主義の王宮関係者たちが、ギルバードのことを忌み嫌っている王太子リオンと協力する形で、ギルバードの誕生を祝する証である垂れ幕を撤去してしまったのだ。
それもマキシムやエリザベータには無断で、秘密裏に、わざわざエリザベータたちが会場に入場してパーティーが始まる直前に。
そうなれば当然、エリザベータたちは見て見ぬふりをするしかなかった。
多くの有力者たちを招待した、王家主催のパーティに不手際があったなど公表するような真似は出来ないし……何よりも、ギルバードの誕生日でもあると承知の上で素知らぬ顔をする、あるいは清々したと言わんばかりに、何事も無いように振舞う招待客を前に、エリザベータたちも何も言えなくなってしまったのだ。
こんな空気では、ギルバードが会場に入ってこれないのも当たり前だ。肩を落として立ち去る息子の姿に意気消沈としながらも、エリザベータたちは何とか気を取り直して当初の目的を果たすことにした。
誕生日を祝うことは叶わなかったが、せめてプレゼントだけでも用意しよう。明日食糧難に陥った地方への援助と視察に向かったギルバードが帰ってくる頃には、ギルバードが心穏やかに過ごせるように手配を進めておこうと、そう考えて。
『申し訳ありません……っ。我らの力が至らず、ギルバード殿下をお守りすることはできませんでした……! どうやら殿下は、巻き込まれた少女を救うべく飛び出したようで、襲撃者の魔法の直撃を受け、そのまま河に……!」
だが運命は残酷にも、王族というしがらみの中で足掻いていた親子の繋がりを、ズタズタに引き裂くのであった。
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