フェリの剣
早朝の林の中、ギルバードとフェリはそれぞれ手頃な木の棒を持って向かい合う。
結局断りきることができなかったのだ。朝食の準備までそこまで時間もないだろうし、立ち会う時間も短い。ギルバードが無理して断る口実が思いつかなかった。
(……というのは、さすがに言い訳か)
本音を言えば、ギルバードだって久しぶりに誰かと剣を交えてみたかったのだ。アレスとのこともあって剣術をやる意義を見失ったが、どんなに言い訳をしたところで、それと相反する気持ちがあるのもまた、ギルバードの本心。
ならばこれを機に、自分が最終的にどうしたいのか……それを見極める必要があるだろう。
(それにしても……予想通り、フェリは二刀流か)
自分の上半身と同じくらいの長さの棒を一本持って構えるギルバードに対し、フェリはおおよそ二十~三十センチほどの長さの木の棒を二本を持って構えてる。
二刀流は扱いが難しいが、先ほど見た舞の様子からも、フェリの二刀流は決して付け焼刃などではないというのは明白だ。そのことを念頭に置き、油断なくフェリの全体像を見据えていたギルバードだったが……。
「それじゃあ……始めようか」
「ん」
そんな静かな開始の合図と共に、ギルバードは一瞬フェリの姿を見失い、次の瞬間には間合いの内側に入り込まれていた。
「なっ!?」
慌てて身を引きながら、木の棒を盾にフェリの攻撃を防ぐギルバードだったが、全身が血の気を引くような感覚に冷や汗を流した。
互いの武器の長さの違いから、ギルバードはリーチの差を活かしてフェリの間合いの外側から攻め崩すつもりでいた。しかしいざ蓋を開けてみれば、あっさりと間合いの内側に入り込まれてしまっている。
いくら身軽だからと言っても限度がある……ギルバードは力任せにフェリを弾き飛ばし、再び間合いを開けると、不意にフェリの動きが止まった。
(今だ……!)
両手に持った木の棒の先も地面に向けて、足を止めている。これを隙だと捉えたギルバードは力強く足を地面に踏みつけ、間合いを詰めながら木の棒を振った……が、当たると半ば確信していた一撃は、あっさりと空を切ってしまう。
ほぼ動きを止めていたはずのフェリが、いきなり目の前から消えたのだ。その瞬間に、ギルバードは咄嗟の判断で体を捻り、木の棒を縦に持った瞬間、木の棒に衝撃が伝わってくる。
「これも防ぐんだ……決まったと思ったんだけどな」
目の前にいたと思ったら、突然真横に移動していたフェリにギルバードは絶句した。
その後も何とか一撃を当てようと躍起になったが、木の棒はフェリの体に掠りもしない。目の前にいると思って棒を振るえば呆気なく空振り、まるで実体のない煙を相手にしているような錯覚に陥る。
(動きの緩急を自在に変えて、目の錯覚を覚えさせているのか……!?)
動きが止まったかと思えば、相手の動きに合わせて初速からトップスピードで動き始めている。これによって自分の姿が突然消えたかのような錯覚を覚えさせ、死角に潜り込んで攻撃してきているのだ。
ギルバードもハウザーから王国に伝わる剣術を実践・口頭問わずに教えられてきたが、このような独特の足捌きは聞いたことがない。
(王国の外に、こんな剣術が存在していたなんて……!)
見も知らぬ未知の剣術に驚愕しつつも、ギルバードは何とかフェリの動きに食らい付く。
一度は辞めようと思った剣術だったのに、このまま負けるのは釈然としない……そんな胸の奥から湧き上がってくる一念で木の棒を振っていたが、突如として強い光がギルバードの眼に直撃した。
太陽が高く昇り、強まった朝陽がギルバードの視界を覆ったのだ。その事によって集中力が途切れ、視界が閉ざされたギルバードの動きが一瞬止まり……フェリはそれを見逃さなかった。
「……私の、勝ちでいい……?」
喉元に突き付けられた木の棒の先と、息が上がって顔を紅潮させるフェリを見下ろして、ギルバードは降参と言わんばかりに構えを解く。
最後の方は運が味方しなかったとはいえ、負けは負けだ。それを言い訳にして喚き散らすなど、ギルバードにはできない。
(それでも……僕は悔しいって思えるんだな)
そう思えるという事は、自分はまだ剣術に見切りを付けれていないのだろうと、ギルバードは自覚せざるを得なかった。
もし本当に剣術などどうでもいいと思えるなら、こんなにも腹の奥から鬱屈した気持など湧いてこないはずだ。
「でも思ったより全然強かった。眼が良いのかな……守りが硬くて全然決まらないし」
「……お世辞でもそう言われると嬉しいよ」
「そんな意味ないこと言わない。最後の方は運に助けられなかったら、持久戦に持ち込まれて負けてたかもだし」
それに関しては、実際フェリの言う通りだっただろう。
元々、ギルバードは敵を倒すためではなく、自衛手段という名目で指南役を付けられ、剣に触れ始めたので、これまで体得してきた技術は、相手の全体像を観察して次の攻撃を予測する、守りの剣が大半を占めている。
それに加え、稽古時の攻め手を務めたのはシュトラル王国最高の剣士であるハウザーだ。そのハウザーとも、ある程度打ち合える程度まで修練を積んできたので、ギルバードも守りに関してはそれなりに自信があった。
「でも本当にすごかった。フェリの剣は僕と同じ年だなんて思えないくらいだ。もしかしたら、精鋭の騎士団にも見劣りしないんじゃないかな?」
「ん……そこまで褒められるのは照れるけど、だったら嬉しいかな。もしそうだったら、いざって時に皆を守れる」
フェリが言う、いざという時……それはきっと、集落が猛獣に襲われたり、ザッカスたちを裁きに来た司法の人間が現れた時を指すのだろう。
それを聞いたギルバードは言い難そうに口ごもりながら、やがて意を決したように口を開く。
「フェリ……団長は、その」
ザッカスは決してフェリを足手纏いと思っているわけではない。危ない目に遭ってほしくないから、敢えて遠ざけているのだ……そう言おうとしたギルバードの口を、フェリの人差し指が塞ぐ。
「……言わなくてもいい。これでも団長との付き合いも長くなってきたから、知ってる」
「じゃあ、どうして……?」
「団長が心配してくれてるみたいに、私だって団長たちが心配だから……魔力を持ってる奴相手にどこまでできるか分からないけど、悩んで何もせずに後悔するより、私は私のやれることをやりたいってだけ」
その言葉に、ギルバードは胸に矢が刺さったような感覚を覚える。
今のギルバードとフェリは対極だ。片や仲間のために出来る限りの力を尽くし、片や「やるだけ無駄だと」と諦めてしまった。
そんなギルバードの目には、仲間のために純粋に剣術に取り組むフェリの姿が、痛いくらいに眩しく映った。
「フェリは凄いな……僕なんかとは全然違う」
「……そういうギルバードは、なんで剣なんて振ったことないなんて嘘言ったの?」
「それは……」
「打ち合いをしてる時、ギルバードは今まで見たことがないくらい真剣な顔してた。本当は、剣術が好きなんじゃないの?」
ギルバードは思わずフェリの顔を見つめ返す。これまでの付き合いの中で、フェリがこういう踏み込んだ質問をしてくるのは初めてのことで、少し驚いたのだ。
本当ならあまりに情けなくて答えたくないことだ……しかし、今日まで胸の内に溜まり続けてきたものを抱え続けるのには限界を感じていたし、なによりフェリは決して嗤ったりしないのではないかと、そう思ったのだ。
「もし……今まで必死に身に着けてきた剣術を、魔法の力で簡単に真似されたり追い越されたりしたら、フェリはどう思う?」
それは、ギルバードがこれまで考えても考えても答えが出ず、最後には逃げ出してしまった疑問だった。
アレスが魔法の力であっという間にハウザーと同じだけの技量を身に着けた時の光景が目に焼き付いて離れず、自分がどれだけ努力したって、アレスが編み出した魔法はその上澄みを掬い取ってしまうのではないのか?
そんな不安に対し、他の人間が……ギルバードと同じ魔力を持たないフェリがどう思うのか、それが知りたかった。
「……どうだろ。私はギルバードと同じものを見聞きしたわけじゃないけど…………」
フェリは少し考えるようにして小さく唸ると、やがて何事も無かったかのようにいつもの調子で答えた。
「多分どうもしない。私は私の剣を突き詰める」
「その努力の上澄みを、簡単に真似されても?」
「ん。だって剣技は、誰かに真似されて、奪われるものじゃない……それは魔法を使われたって同じ」
一体どういう事だろうかと、ギルバードは首を傾げる。
あの時確かに、アレスはハウザーの剣術を完全に再現しているようにしか見えなかった。あれが実はそうではないというのだろうか、と。
「これもお母さんの受け売りだけど……」
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