チート転生者の弟と、魔力の無い秀才の兄
シュトラル王国第三王子、アレス・フォン・シュトラル……彼には大きな秘密があった。
(トラックに撥ねられて死んだと思ったら異世界人転生してたとか、それってなんのWEB漫画!?)
余人が聞けば荒唐無稽そのものな話ではあるが、アレスは地球で死んだと思ったら前世の記憶を全て引き継いだ状態で、化学ではなく魔法で栄える異世界に転生していたのだ。
前世で愛読していたライトノベルのような状況に困惑しつつも、ゆっくりと事態を受け入れることができたアレスは、開き直って誓う。
(生まれ変わったものは仕方ない……せっかく転生したんだし、好き勝手に生きてみるか。それに魔法にも興味があるし)
王子という身分と責任のある立場に生まれたものの、長兄である第一王子が王太子として内定していて、ある程度の自由が保障されている。言うなればアレスは、最初から資金や権限、そして何よりも知識に恵まれた状態で人生をスタートすることができたのだ。
それを活かし、生後間もない頃から人生計画を練り、普通の子供とは比べ物にならない理解力を駆使して、幼少の頃から魔法の研鑽に励んできたアレスは、何時しか魔法の申し子とまで呼ばれていた。
「アレス殿下の才能は十年……いいや、百年に一度のものです! その齢でここまで魔法に対する理解を深められるとは!」
「まったくもってその通り! 生まれ持った魔力量も、すでに常人を遥かに凌駕しておりますしな!」
そう呼ばれるようになった一番の要因は、間違いなく生まれ持った魔力量だろう。
人間が持っている魔力量というものは、生まれ持った個人差というものが存在しているが、アレスのそれは平均の何倍をも上回っており、訓練された魔法使いをも凌駕しているケースも多々あったくらいだ。
しかも成長し、訓練する度に魔力量が増大していき、僅か七歳にして国一番の魔力量を保持する魔法使いになっていた。
(おぉ……! これが噂に聞く異世界転生チートって奴か……!)
そのことを、そんな言葉一つで片づけたアレスは、自らに宿っていた魔力量をラッキー程度に認識し、『自分には代えがたい才能があるのだ』とますます魔法にのめり込んでいき、幼くして実践的な魔法の訓練にも手を出すようになっていたのだが、そこでもアレスは才能を爆発させることとなる。
「な、なんという威力の魔法だ!」
「上級魔法を無詠唱!? そんなことが可能なのか!?」
「複数の的を同時に撃ち落とす!? なんて正確無比なコントロールなんだ!」
生まれ持った魔力量がなせる絶大な威力。魔法の発動に本来必要となるはずの詠唱や魔法陣を必要としないセンス。針の穴を通すかのような緻密な魔法のコントロール。これら全てをアレスは持ち合わせていたのだ。
模擬戦闘でも十歳にも満たない年齢で、王国の魔法使いのエリート……王国軍魔法師団の兵士たちすら寄せ付けない圧倒的な実力を見せつけ、更には強大な魔物であるベヒーモスを打ち破り、フェンリルすら屈服させて使役するなど、数々の武勇伝を打ち立てたアレスは、更に魔道具産業にも手を伸ばした。
「誰でも簡単に魔物を倒せる魔道具と聞いていたが、何だこの射程と貫通力は!?」
「薪を使わずに火を熾すことができる!? 何て便利……! これでもう、薪を調達するなんて重労働から解放されるのね!」
「季節問わずに食材を冷却保存だって!? これは国内の料理や流通に革命が起こるぞ!」
最早当然のように、ここでもアレスは自らの才能……というよりも、地球の知識を駆使して大活躍を繰り広げることとなる。
魔法の力で地球の文明の利器を再現したことによって、莫大な富と利便性を生み出し、大勢の人間から感謝を送られたアレスは、前世とのギャップに笑いが込み上げてきた。
(ははは……なんだコレ。ただの陰キャだった時と比べたら考えられない人生だ……!)
前世のアレスは、良くも悪くも目立つような存在ではなかった。むしろかなり地味な人間で友人らしい友人もおらず、特筆して秀でたものもない、クラスメイトからも名前を憶えられていないことがある……探してみれば、数十人に一人はいそうな、まさにどこにでもいる陰キャそのものでしかなかった。
そんな人生に嫌気がさしつつも、自分を変える気概もなく、惰性で人生を過ごしていたところに、トラックに轢かれて死亡。そのまま異世界に転生し、成功をほしいままにしている。
(最高だ、異世界転生! この世界でなら俺は誰よりも輝ける! もう陰キャには戻らないぞ!)
成功も失敗もない平坦な前世の自分と比べて、今のアレスには地位があり、富があり、名声があり、才能があり、更には自分に好意を寄せてくれている美少女たちまでいる。
すっかりいい気になったアレスは、『自分こそがこの異世界の中心にいる』と錯覚してしまっているくらいだった。
……だからこそ、アレスは気が付かなかった。
自分の半身でもある双子の兄……アレスからすればモブに過ぎない第二王子が、自分の人生を狂わせることに。
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シュトラル王国第二王子、ギルバード・フォン・シュトラルは『出涸らし王子』と陰で呼ばれていた。
決して、全てにおいて他より劣っているからではない。むしろ努力家で優秀……勉学にしても、作法にしても、十歳にも満たない歳にしては十分すぎるほど習得していたくらいだ。
なのにそのような蔑称で呼ばれるのには理由がある。それはシュトラル王国や、その周辺諸国の間では魔法を神聖視する文化が根強いからだ。
この世界の人々に宿った魔力というものは、人類の敵として語り継がれているドラゴンたちを滅ぼした神々が与えたものとされている。
その神話は宗教として広く布教され、神々が与えた魔力と、それを活用する魔法という技術はとても神聖なものであり、それを宿していない人間は邪悪であるという教えが根付いたのだ。
もちろん、あくまでもただの神話と割り切る人間もいる。しかし布教された神話を信じる人間の方が多く、そうした者たちは差別を生み出す。
ギルバードもまた、差別された者の一人だった。
王子という生まれ持った身分のおかげで直接的な危害を与えられることこそなかったが、宗教国家でもあるシュトラル王国の王族でありながら、魔力を持たなかったギルバードに対する風当たりが強かったのは、言うまでもない。
「ギルバード殿下は確かに努力をされているが、やはり魔力がないのがな。あの方の存在は王家の威信に影を落とすぞ」
「所詮はアレス殿下の出涸らしということだろう。陛下もあのような出来損ない、処分すればいいものを」
「シッ! 滅多なことを言うな、聞かれたらどうする?」
そんな宗教的な偏見と差別に加え、ギルバードを追い込んだのは何を隠そう、アレスの存在である。
同じ日に生まれた双子でありながら、かたや魔力を一切持たない出来損ない、かたや魔法の申し子。魔力の量が人物評価に直結するこの国で、双子という否応なしに常に比べられる双子の片割れが、魔力に愛された魔法の天才という評価が与えられるほど、ギルバードは王宮での立場をなくしていった。
まるで魔法の才能を双子の弟に全て吸収されたかのように生まれてきたがゆえに、『出涸らし王子』……それがギルバードに対する周りの評価だ。
そんな逆風の中でも、ギルバードは負けなかった。
魔力がないものは仕方ない。だったら別の分野で認められればいい。そうすれば、きっと家族も臣民も自分のことを見てくれるから。
転生者でも何でもない、正真正銘純真な子供だったギルバードは、悪戯に走るわけでも、周囲に反抗するわけでもなく、子供にしては真っ当すぎる方法で周囲からの関心を得ようとしていた。
魔法を学ばない分、作法や勉学、武術に集中し、誰よりも立派な王子になる……その一念で励み続けたギルバードは、十歳になるころには王太子である兄以上の教養を身に着けていたくらいだ。
……しかし、ギルバードの子供らしい無垢な動機から始まった努力の日々は、当初の目的を果たすことはただの一度としてなかった。
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人間は目標を定めた時、心の内に芯となるものを宿す。目指す目標の実現を夢見て、それを支えに行動することができるのだ。
しかし全ての人間が目標を叶えられるわけではない。現実に待ち受ける困難に芯が折れ、目標を諦める人間も数多くいる。
魔力がなくても皆から認められる王子に……幼いギルバードが抱いた芯が一番最初に揺らいだのは、教育係が用意したペーパーテストで満点を取った時だった。
(やった……! 初めて百点が取れたっ!)
このシュトラル王国では教育というものは一般的ではなく、王侯貴族ならば勉学や研究に励む機会にも恵まれるが、より専門的に学べる学院に通えるようになるのは十五歳以降だし、平民に至っては読み書き計算ができない者も多い。
幸いというべきか、ギルバードは王族なので勉学を義務として学べ、今こうして外部から呼び寄せた教育係から教えを受けることができていた。
当然、王子が学ぶ内容ともなれば高度なものになるが、同年代の子供たちが大なり小なり遊びに夢中になっている昼間も、一人自室に籠ってペンを握り、勉学に励んできた甲斐が現れたのだ。
(夕食の時、皆が集まったら言おう。そうすればきっと……!)
当時のギルバードは七歳。初めての満点に浮かれていたこともあって、家族一同が会する場で教えることで皆から褒められるのではないか……そんな光景を夢想していた。
その日は運良く、両親である王と王妃、王太子を含めた兄弟全員が揃う。そしてこういった場で、多忙で家族と触れ合える機会が少ない父王が『最近の調子』を聞くのが慣例なのだ。
教育の成果が着実に表れていることを知れば、少しくらいは褒められるのではないかと子供心に期待していたのだが……現実は甘くはなかった。
「聞いてください、陛下! 本日行われた魔力測定で、アレスは我が国で最も高い数値を出したのです」
「おぉ、それは真か!」
王妃にしてギルバードたちの母であるエリザベータが嬉々として夫である国王、マキシムに報告すると、その場の関心は一気にアレスへと集中する。
「さすがはアレスだ! その齢でそれほどの素質を開花させるとは!」
「まったくもってその通り。私も兄として鼻が高いぞ」
「凄いわアレス! 貴方は私の自慢よ!」
「わわっ!? 姉上、食事中に抱き着いてこないでくださいっ!」
「そうよユミリア。はしたないわ」
もたらされた吉報に、王宮の食堂に家族団欒といった雰囲気が漂い始めた。
父も母も兄弟たちも、誰も彼もがアレスを褒めたたえる。その空間に、ギルバードは一人取り残されていた。その輪の中に入って、アレスを評価しようとすら思えなかった。
そんなギルバードに気が付いたのか、マキシムは「して……」と前置きをしてから、蚊帳の外にいるギルバードに視線を向ける。
「ギルバード、そなたの最近の調子はどうだ?」
「……っ」
ギルバードは思わず口籠った。
しかしこれまでの教育で、『質問にいつまでも答えないのはマナー違反』と叩き込まれていたギルバードは、何とか言い淀まないように口を開く。
「……情勢学の先生から出された課題で満点を取りました。先生も僕と同じ年頃の生徒で、満点を取れる者は他にいないと」
それはお世辞でも何でもなく、実際にその通りだった。
普通、貴族でも七歳くらいとなれば未だに読み書き計算を習っている最中。しかしギルバードはそういった基礎的な教育を早々に学び終え、大人が取り組むような情勢学……政治的なやり取りに関する分野のテストで、たった七歳で満点を取った。
これは兄である王太子も、父である国王も成し遂げられなかったことだが……。
「そうか……今後もこの調子で励むように」
マキシムから贈られたのは、あまりにも素っ気ないその一言だけだった。
理想とはあまりに違いすぎる反応に周囲を見渡してみると、アレスのことは我が事のように自慢していたエリザベータは途端に口籠り、兄である王太子は忌々しそうに眉根を寄せ、その雰囲気に不穏なものを感じたらしい姉王女は「ギルバードも、凄いわよ……?」と苦しいフォローをし、一番意識していたアレスに至っては興味もなさそうに料理に舌鼓を打っている。
(な、何で……?)
称賛が向けられていたアレスとは対照的に、ギルバードに向けられたのは口に出さない嫌悪感や、あからさまな憐憫のみ。
この時のギルバードには、自分の発言がどうしてこんな気まずい雰囲気を作るのかが分からなかった。
それを理解するのは少し経ってから……とある日に、自分の教育係を務めている男が王宮の一角で人と話しているのを盗み聞きしてしまった時のことだ。
「確かにギルバード殿下は努力しておられる。少なくとも、私が七歳の時と比べればずっと優秀だよ……だが、どれだけ勉学やマナー、武術を修めようとも、魔力がないのではな」
「この世界では魔法こそ全て……少なくとも、ギルバード殿下が臣民から認められることはあるまい。まったく……どうしてあのような出来損ないに『主家の人間だから』と下手に出なければならないのか」
「おい……っ! それは不敬だぞっ」
「事実だろう。現に国王陛下や王太子殿下も、神々に見放された魔力なしの分際で、魔法以外では当時のお二人よりも優秀な成績を出しているギルバード殿下を疎ましく思っているのは有名だ。王家の醜聞を避けるために、表立って迫害をしないようにはしているがな」
それを聞いた時、ギルバードはあの雰囲気を理解した。
魔法こそ絶対という価値観と、国の顔である王家が率先して差別をするわけにはいかないという事情。これらが合わさり、あの同情と嫌悪が入り混じった雰囲気が形成されたのだろう。
魔法とは無関係なギルバードの成果など、魔力量国内一位という結果を出したアレスに比べれば褒めるに値しない。しかしそれを王家が表に出して差別を助長すれば醜聞になる。両親や兄弟たちのあの反応は、そうしたジレンマによるものだったのだ。
「それに比べて、アレス殿下は素晴らしいお方だ。生まれながらにして絶大な魔力を誇り、革新的なアイデアを次々と生み出す魔法の寵児。まさに国の誇りとも言える。王族のくせに勉学や武術しかできないギルバード殿下とは雲泥の差だな!」
魔力量が王国最多を記録……それがどれほどのものであるかなど、七歳の子供にでも理解できる。魔法文明全盛の時代においては、未来の英雄が誕生したも同然だ。
それに比べて、たかがテストで満点を取ったことなど、比べる対象にすらなりはしない。そのことにようやく思い至ったギルバードは、どうしてあの時口籠ったのかを理解し、自分のことがたまらなく恥ずかしくなり、魔法絶対主義のシュトラル王国で、王子として生きる現実の厳しさに、ただただ打ちのめされた。
……しかし、ギルバードに待ち受けていたのは、そういった世の風潮によるものだけではなかったのだ。
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ある時、シュトラル王国全域に死者すら出す感染病が流行し、その被害が王宮にいるエリザベータにまで及ぶ事件が起きた。
不幸中の幸いというべきか、過去にも同じ病気が流行し、その経験から特効薬の開発が完了していたので病気の拡大は早々に落ち着きを見せていたのだが、王国が想定していたよりも患者の数が多く、王妃であるエリザベータが服用する物を用意できないほど材料が不足していたのだ。
このままでは王妃の命が危ない……それを聞いたギルバードは、自分が持てる権限で何とかしようと行動に移すことにした。
ギルバードとエリザベータの関係は良好とは言えない。それでも血の繋がった家族なのだ。その家族が意識を朦朧とさせながら苦しんでいるのを見て、何の行動も移さないほど冷徹にはなれない。
一般的なくらいに当たり前の、子供らしい善意に突き動かされたギルバードは、自分の権限で動かせる僅かな人間を動員し、時には自らの足で不足している薬の原材料を探し始めた。
王妃が発症したということで国を挙げて原材料の確保を急いでいるが、それはあくまでも大手の治療院やそれに関連する業者がメインとなって動いている。
それを知ったギルバードは、少ない可能性に賭けて、個人で営んでいる小規模な医療関係業者に当たり……幸運にも、王都から離れた場所に位置している辺鄙な村で、原材料を所持している小さな薬屋を見つけることに成功したのだ。
ギルバードは購入した原材料を握りしめてエリザベータの元へと急いだ。
病床の母の部屋には医者が駐在している。その医者に原材料を持っていけば、母を癒す薬を作ってくれる……ギルバードは息を切らしながら、エリザベータの部屋のドアを開けると――――。
「信じられんっ! つい先ほどまで確かに症状が出ていたのに、今では嘘のように健康体じゃ! まさに神の御業……アレス殿下の魔法は、奇跡の領域に踏み込んでおられる!」
そこに広がっていたのは、驚愕と共にアレスを称賛する医者と、そのアレスを熱烈に抱きしめるエリザベータの姿があった。
「あぁ! 貴方はなんて素晴らしい息子なの、アレス! 貴方は私の恩人、自慢の息子よ」
「ちょ、ちょっと苦しいです母上っ。治ったばかりなのですから、安静に……!」
なんとアレスは、新開発した治癒魔法を使い、エリザベータの病気を癒してしまっていたのだ。
そのこと自体は、喜ばしいことだ。ギルバードは別に見返りが欲しくて奔走したわけではない。こうやって薬を取りに行って無駄になったとしても、結果的に母が治っているのなら、単なる自分の取り越し苦労で済む。
……しかし、開け放たれたドアの前で立ち竦むギルバードを見てエリザベータが放った言葉は、小さな息子には酷なものだった。
「はぁ……戻ってきていたの? 聞いたわよ、我儘を言って教育の時間を減らして遊び歩いていたって。少しはアレスのことを見習えばいいのに……貴方はただでさえ魔法が使えないのだから、もっと勉強なさい!」
呆れと失望を隠しきれない母親からの言葉に、ギルバードの幼く柔らかな心は深く傷つけられた。
そもそもの大前提として、ギルバードはただでさえ少ない時間を削り、王子として与えられた教育課題を全て終わらせてから行動に移している。それもこれも、全てはエリザベータに快復してほしい一心でだ。
それがどういうわけか、病床の母を放って遊び歩いていたという事になってしまっている……その事ももちろん悲しかったが、助けようとした実の家族から、初めてアレスと比べられるようなことを直接言われたのが、何よりも辛かった。
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