◇名目休暇のジブン探し
◆─ランジュー街にて
「ん〜!美味しい〜!」
暖色に包まれた、原木のテーブルが並ぶ庶民向けレストランのカウンター。
私の突然の大声は、あたり一面に響き、民衆は一斉に視線を此方に移す。
まぁ、大声をあげてしまうのも仕方のないこと。
何故なら────────
「二日も食べてないんだからぁ、何食べてもいいよね!まずは〜パスタにペンネ! ハンバーグにピッツァ、ミネストローネにチキン! あとあと〜グラタンにポトフ〜!」
────────って。つい頼み過ぎてしまった。
どうしよう……、これほどの量、私一人じゃあ半分も完食できない。
私はテーブルにある大量のご馳走を目の前に、 頭を抱える。
「ねぇねぇ。そこの後先考えないお嬢さん。」
最悪土下座をして残すしかないと、そんなことを考えていた最中。ふと低すぎず柔らかいトーンの男声が聞こえた。
「…………どうしたんですか。別れ惜しくて追ってきたんですか、ファリスさ────」
「何処の男と勘違いしてるのっ!」
「いや、私あなたのことは知りませんよ。……オイシ。」
「おぉっと、そうだった。」
その男は、何故か照れくさそうに拳を、自身の頭にコツンとぶつける。
この人もなんだ、疲労で食らっているのか。
苔色の髪だった。そして、まるでなにかを覆い隠すような黒紫のはっきりしない瞳。
紺のシェフコートに黒のデニム。腰には、おそらく必要のないエプロンが巻かれていた。
何処となくファリスさん味を感じる人だなぁ。と、そんなことを思っていた矢先に、ふと彼は話を再開する。
「いやぁ、さっきの少年……?との別れから今に至るまで、なんとなく暇だから見ていたけど。うん。実に圧巻だったよ。お兄さん、感動しちゃって。」
そんな彼は、瞳に潤いを浮かべていた。
なんというか、本当に申し訳ないけど……さっき遭った少女並みに狂っているっていうか。
「え、あぁ……ん?ストーカー、の方?」
「違うけど?そんなに言い淀んじゃって、どうしたのかいな。あっ、なんだ。そういうことだったか!」
「……え、なに。なんですか、そういうことって。」
私は、そんな彼の話についていけず、唯呆然と目の前にあるご飯を食べ進めては、彼の方を見てという動作をひたすらに繰り返していた。
そうして、私がスプーンでミネストローネをひとすくいして、小さな口に頬張ったそのとき、彼は組んでいた腕をカウンターに置いて言う。
「自分が、かの有名なバリスタである────キーン=フラッペであることに、お嬢さんは動揺を隠せないのだね。」
「ごめんなさい。私、あなたのこと刹那も知らない。」
「……なんとっ。それは申し訳ない。自分の価値観で話を進めてしまった。」
「え、いやそこまで気落ちしなくても……、キーンさん。」
「フラッペでいいよ。」
彼は、そう言って不器用な笑顔を魅せた。本当、感情豊かな人だ。
というか今気づいたけど、そもそも私に話しかけるってことは、なにか少なからず要件があるのだろうか。
「あの、キーンさん。」
「フラッペでいいよ。」
「味占めてます?……じゃなくて、私に要件があるのでは。」
私が言うと、フラッペさんは組んでいた腕を解いて頬杖つきながら、
「まぁ、後先考えないお嬢さんが頼んだ、ご飯でも嗜みながら追々話そうかね。っあ、そこのポトフ取ってくれるかな。」
「嫌です。これは私が食べるので。」
「んじゃあ、グラタンで。」
「グラタンも嫌です。」
「ペンネ、ペンネでいいや。」
「嫌です。」
「今度は君が味を占めてないかな?……じゃあハンバーグは。」
「駄目です。」
「全く。食べきれない割に、意思が強いんだねぇ。……しかも、全部中途半端に残ってる。これは、お世辞にもお上品とは言えない。」
「っそれは……、ごめんなさい。」
「ん。それじゃあ、残り食べるから、頂戴。」
「……いいですけど、全部私の食べかけ、ですよ?」
「そんなの気にしないよ。ご飯が食べられるだけありがたいことだし。なにより、女の子の食べかけを貰えるなら、本望だよ。」
この人、外見から想像できないほどの変態だった……!
私が、そんなフラッペさんのことを冷ややかな目で見ていたそのとき、彼は鼻先がつく近さまで攻め寄って言う。
「さて、ここからが本題なんだけど。」
「話は聞きますけど、取り敢えず離れ…てっ!」
私はフラッペさんの肩を、力一杯押す。
疲労困憊の状態だったから、身体が思うように動かなかったし、折れないか心配だった。
「あまり自分のことを拒絶する女の子を見たことがない……、ま。まぁ、それはいいとして、お嬢さん。”タイムタウン”に行く、みたいな話をさっき、していたよね。」
「リリーナって呼んでください。そしてどこまで知ってるんですか……恐怖すら覚える。」
私はフラッペさんのことを褒めているつもりはない。決して。
だというのに、彼はどこか満更でもなさそうな表情を浮かべている。
「おーけー。タイムタウンに行くというのは合っているんだね。そして、自分は聞いた。お嬢さんが、リリーナが一人旅をするのは初めてだと。」
「ん〜、まぁ初めて。なのでしょうか。」
初めて。と言っても、時折地方で集まるギルドの近況報告会議みたいなものに出席する故、隣町やさらに遠くの街に足を運ぶことは多々あった。
でも、大抵二、三日で帰ってくるものだったから、旅とはまた違うものなのだろう。
名目だって、一応出張だったし。
「そこで、幾度かタイムタウンに行ったことのある自分が、リリーナにその地でのいろはとやらを伝授しようか。」
「でも、そういうのって後で、お金を取るって聞いたことがあります。」
「誰から聞いたんだい。誰から聞いたんだい?」
「いや、言ったところで知らないでしょ。」
「言われてみれば。」
フラッペさん。彼は本当に謎だ。
見てくれは頭の良さそうな青年って感じだけど……、言動があまりにも子供だ。
まぁ、仕方がない。男の人の精神年齢は、実際の年齢よりも五歳低いらしいから。
そうして、フラッペさんは少し黙り込んで、私の頼んだ食べ物を平らげた後、私の顔も見ずに言う。
「それじゃあ、話すからよく聞いていてね。──────────。」
────彼が話し始めてから暫く経過し、時計の針はIから二つまたいでIVを指し示す。
「────するんだよ。理解できた?」
「っ、うぐ。」
「全く、曖昧な返事だなぁ。んまぁ、でも分かったならよかった。」
かれこれ、三時間も説明を受けた。
かと言って別に、そこまで内容は濃くなかった。
唯…………、説明が壊滅的に下手!!
つまり。って言うくらいなら話をまとめてほしい!
要約してって言ったのに三十分も話す人はいるのだろうか!
話の寄り道しすぎて、もはや新大陸発見しているし……。
まぁでも、必要以上に同じことを繰り返して言ってくれたから、内容は分かった。
つまりのところ、こう。
タイムタウンに足を踏み入れる際には、腕時計を始め、時刻の確認できるものはは没収される。
これは、外部の時間と混ざることを避ける為らしい。
さらに、その街の時計は全て異なった時刻を示している故、信用してはならない。
管理人だけが知り得るのだとか
物の売買も、金銀銅貨を使わずに、過ごした時間の”記憶”?とやらで支払うことができる。
故に、タイムタウンで豪邸に住まう殆どの人は、過去の記憶が曖昧らしい。
この地域の理念とは、『過去よりも、未来よりも、今を大切に』らしい。
そして、街を出るとき。
何時も同じ場所に出入口があるとは限らない。
街は分厚い強化煉瓦の塀に囲まれていて、東西南北の四箇所に出入り用のゲートがある。
しかしそのゲートは、何時・何処が開くのかは不規則らしい。
この仕組みは、魔人や裏光による突然の奇襲を防ぐ為の構造なのだとか。
────と、この内容を三時間もかけて叩き込まれてきたわけだが。
「三時間は長いよぉ……、」
勝手に三時間も話しておいて、フラッペさんは自身で費やした時間を悔い嘆いていた。
しかし、私はそんな彼にとやかく言う気力もなく、息を吸って吐いては座る姿勢を変え、何気に一番精神をすり減らす時間が過ぎていった。
孰れ、夕方に客を寄せるために設置されたであろう西を向いたテラス窓からは、茜色の斜陽が差し込み、暖色の店内を霧のように包み込んでしまう。
「フラッペさん。」
「わざわざ名を呼ばなくても、今君の隣には自分しかいないよ。」
「私、落ちませんよ。」
リリーナはそう言うも、なにかファリスさんには湧かなかった感情が押し寄せる。
でも駄目だよ。私には、ステアさんしかいない。
頭ではそう思うも、心臓は何故か、いつもより強く波打つ。
そうしてふと、我を取り戻し、斜陽によって強調された彼の影に向かって話す。
「……じゃなくて、見せてもらった地図だと、タイムタウンってその……湖の向こうですよね。それに、迂回するってなると相当広い森を抜けることになる。」
「危ないと?」
フラッペさんはそう言って長い脚を組もうとするも、生憎カウンターは彼の身長に合った造りではなかった故、ガンと鈍い音を響かせる。
「抜けるんですか。あんなに危険な森を。」
私が通過しようとしている森は、避難経路として使った森よりとは比にならないほど危険だ。
そこで亡くなった冒険者を、私は今までに何人も見てきた。
「いいや。あの森は今、封鎖されている。魔人が姿を現すと、他の地域に生息する魔物たちが強がって、大量発生するんだと。…ちょ、痛いな。」
彼は膝を両手で押えて言った。
私たちが避難中、いざこざしているうちに、他のギルドで決まった方針なのだろうか。
しかし、いざ封鎖してしまったらどうだろうか。
湖の向こうにある街への旅人、冒険者の減少。
他の国への輸出、そして輸入の頻度の減少で、経済さえも停滞してしまうのではないか。
いずれにせよ、たった一人の魔人によって、こんなにも世の中は動いてしまうのかと、感心さえしてしまう。
それも、ステアさんだという屈辱のせいで、余計に心の整理がつかなくなる。
リリーナは、フラッペに回したご飯を横からつまんだ。
「それじゃあ、その森も迂回ってこと……」
「あぁえっと、極端にお金がないのであれば。まぁそうだね。でも……基本的には、夢刻で湖を横断するのが普通かな。」
「ゆめとき……?ってなんですか。」
「飛行船の名前だよ。」
「っ空、飛べるんですか?!」
「そ。時は遡っておおよそ百年前。人類が初めて、魔法陣の生成に成功した年だったかな────」
「説明はいいんで。その、夢刻が出航する場所っていうのは何処なんです?」
フラッペさんは、自分の知識を披露しようとまるで、童心に返った子供のような瞳で言ったが、私が遮った刹那、飼い主に捨てられた子犬のように落ち込む。
にしても、飛行船という言葉を聞いたのは、何気に初めてのことだった。
船が、飛ぶ?
いいやこれ以上考えても、余計に気になるだけだ。
当日を楽しみにしておこう。
「えぇと、何処だったかな。確か……中央岬、だったような。」
────クラリアート中央岬。
魔人が現れたその日、ユーリちゃんとファリスさんとの口論にて偶々聞こえた言葉。
あの日は私、なにも知らなかったから、唯の仲間喧嘩かと思っていた。
しかし、不意に繋がってしまったんだ。
ユーリちゃんは、ステアさんのことを突き落としたのではないかと。
全く。私の特技は物事を悲観的に捉えるところ、と言わんばかりにそういった思考を巡らせる自分自身に、嫌気がさす。
「……っあぁ、えっ、と。リリーナ。君のことはよく分からない。なにか、よくないことを言ってしまっただろうか。」
「いえ、ご心配掛けてしまって申しわけないです。まだ、自分の気持ちに答えを持てていない。」
私が暗く言うと、フラッペさんは胸ポケットから紙を取り出して少し折ってから、私の口元に、そっと撫でるように当てた。
「…ん。」
私はそんな彼のふとした行動に、堪らず声が漏れた。
「ちょっと、顔動かなさないで。口のよごれ取れないから。」
「あぁっ、ごめんなさい。」
「それに、自分の気持ちに答えが出るのは ”死ぬとき” だぜ?生きているうちなんて、問い続けるしかないんだよ。」
「……まぁ、そんな考え方もありますよね。参考にします。」
「あっれ……?名言言ったと思ったんだけどなぁ。」
「大丈夫です。しっかりと迷言、受け取りましたっ!」
フラッペは、リリーナのニパッという笑みに頬を若干赤らめ、唇が解れる。
「言うねぇ……、こっちが萎えてしまうよ。」
「ご自由にっ。それじゃ、私行きますね。」
言うと、フラッペさんは、幼児みたく頬張った口で、私になにか言おうと裾を掴んだ。
「まだ話したいことでも。」
私はフラッペさんの方に視線を向ける。
彼は、誰が見てもわかるくらいに目を泳がせていたんだ。
なにか、大事なことでも言い忘れたのだろうか。
そう不思議に思っていたとき、ふと彼の真黒の瞳に、ヒカリが灯ったように見えた。
「えっ、とぉ……自分。これから何処に旅しようか、迷っているんだよねぇ。」
その何処かぎこちなく、あからさまな話し方から私は察した。
「んと、……まぁ。一人旅でも面白味に欠けます。行きますか?あなたも。」
「良いでしょう!」
「やっぱり大丈夫です。」
「ごめん!ごめんって!ついて行かせてください!」
そうして、彼────キーン=フラッペと私とで、タイムタウンに行くことが決定した。
「ぷは!なんだかこの上なく気分がいいな!っ奢っちゃう!」
フラッペさんは、世界中探しても何処にもいないくらいの笑みで、お金を払ってくれた。
出費が減るのは実にありがたいことなので、私は彼が喜ぶよう、少し媚びる感じで感謝を伝えた。
「……ありがとっ。」
今にも彼に、フラッペさんに触れそうな距離。
私は、耳元でそう言ってやった。
◆ ◆ ◆
あの日、私は気を落としているステアさんの耳元で同じようなことをして、甘噛みした。
無論、フラッペさんにはそんなことしない。
そして私は、彼に言われたっけ。
『……身体使っている時点で、そう言わざるを得ないでしょう。』
◆ ◆ ◆
今回は、食事代を出してもらったことに対する感謝だ。
前と違って、励ましの為にやったものではない。
だけど私は、私自身の何気ない行動に今、考え込まされてしまった。
結局、誰になんと言われようと、まだ引き摺ってしまう自分が三人称で見える。
「お嬢さん……っじゃなくて、リリーナ。此処に来るまでの道中、なにかあったんでしょ?……って、大丈夫。言わなくて大丈夫だよ。そういうのって、結局のところ、”大切な人”がそばにいる時に、自然と心動くものなんだから。」
「ありがとうございます。……フラッペさんも、なにかと気に掛けてくれる、優しい方なんですね。」
おそらく、私はこれから数日。一昨日から今日にかけての出来事を引き摺ると思う。
だけどその都度、綺麗事でもなんでも優しい言葉を、そのときに一番欲しい言葉をくれる彼────フラッペさんがいるのだと思うと、自然と肩の荷が下りた気がした。
初対面だとか、そういうのはもはや、関係ない。
直感で分かる。この人は絶対、ありのままの私を受け入れてくれるのだと。
────そう。アドラス=ステアのように。
「んなら。もう良い時間だし、少し歩いたところにあるギルドの、診療所行ってきたら、この店の二階に泊まらせてもらうか。」
「どうしてそこまで、するんですぅ……?」
「時間的にな、飛行船の最終便は間に合わないんだよね。っあと此処、レストランの他に民宿もやってるの、凄くない?」
「……凄いですけど、そうじゃなくて。」
私には分かる。フラッペさんは、私の言った意味を理解した上で少し、転がしているのだと。
そして、ふと彼は真面目そうな顔をして此方を向いてくるものだから、私は息を呑む。
「女の子は、大切にしなきゃだろ?」
これも嘘だ。いや、嘘ではないのかもしれないけど。
リリーナが半目で威圧を醸し出すと、フラッペはいい加減諦めた顔をして、
「自分、別に意識して優しくしているわけでもなくて。なんて言うか、素で。……だって意識すると、逆に押し付けがましくなっちゃうし、なにより、見返り求めてるみたいで、嫌じゃない?そうなってくると、今の悪い経済みたいでなんだか気持ちよくはなれなくて。」
彼の真黒で真っ直ぐな視線は、より真実味を強調させている。
フラッペは、そう言葉を置いた後、すみませーん と、ウェイターにひと声かけ支払いを済ませた。
「フラッペさん。やっぱり何処となく、私のヒーローにそっくり。」
「んと、それは間接的に、自分をヒーローだと言って称えているんだよね?」
「図に乗らないでください。あくまで、今の私の心を動かしたのが、フラッペさんってことです。」
そして、すぐ調子に乗ってしまうところには、何処となくファリスさん味を感じた。
以後、こんなやり取りをしているうちに、茜色だったこの霧で覆われていたこの店内も、すっかり宴ムードに変わった。
フラッペさんは、街の大きな大浴場に入ると言っていたので、(民宿のチェックインもしてくれるらしい)一旦私たちは別れて、後に集合することにした。
────────やがて時計はⅩを指し、街道の人通りは少なくなる一方、周囲のレストラン、酒屋からは宴の歓声が聞こえる。
「あの、ほんっとにごめん。」
窓越しとはいえ、月夜に晒された私たちは、レストラン二階の部屋前の廊下で、集合した。
そして開口一番、フラッペさんは渋い顔で言った。
「なんの脈絡もない。」
「いや、ほんっとにごめん。」
「要旨がないから、言葉として欠けている。」
「……えぇと、実は……大浴場があまりにも気持ちよくて、その、チェックインが遅れてちゃって。だから一部屋しか取れなかったっていうか……。この隣の部屋の人は、ルームシェアでもいいって言うんだけど。」
「それは残念ですね……。てことで、フラッペさんは隣の部屋ということで。おやすみなさい。」
「ま、待って!その、でもやっぱり。知らない人と寝るのは、自分、嫌で。」
フラッペは、リリーナの無言の圧力に押し負けそうになる。
「確かに。それもそうですね。ここまで尽くしてくれた人にする仕打ちでもない。……あっ、でもでも、なにか少しでも変なことしたら、直ぐに追い出します。」
「いや手のひら返し……!」
そうして時は止まることを知らず、針はXIを指した。
「ファリ、……フラッペさん。そこでゴロゴロしてるなら、私先にお風呂頂いちゃいますねっ。」
「あ〜い。」
私は、何故かソファでなく、その下で横になっている彼に告げ、先にお風呂に入ろうとした。のだが、
ちょっと悪知恵を思いついてしまった。
「フラッペさん。私とお風呂、入りま────────っ!」
「是非入らせてください。」
見えなかった……!
下手したら、そこらにいる剣士よりも俊敏な動きで彼は、私に迫ってきた。
「ちょいちょいちょいっ!なんで脱いでるんですか?!」
「リリーナが言ったからでしょ。」
フラッペは、リリーナの言葉になんの疑いも持たず、唯普通に入浴しようと細身の筋肉質の体を現す。
「ふっ。フラッペさん、引っかかりましたね。」
「なにが────っあぁ!!」
私は、彼が気づくよりも早く、押して部屋から追い出した。
フラッペさんが、変なことをしたからだ。
これで一晩は、一人になれると、少し申しわけなさもあったが、安堵してしまう自分がいた。
孰れ日を跨ぎ、私は再び、脱水になるか不安になるほど泣き、瞳には哀しみの余韻を残して、就寝した。
因みにフラッペさんはというと、結局隣の部屋に泊めてもらい、その部屋の男性に夜通し世間話を聞かされたのだとか。
◆─歯車の鳴る方へ
早朝のランジュー街。
普通なら、暖かい日差しが街を起こしてくれるのだが、今日は街全体の雰囲気がやるせないムードになっている。
そして、リリーナは雨音がふと止んだそのときに、目を覚ました。
しかし、リリーナが起きるとすぐに、再び雨音は響く。
意識の朦朧としない状態で私は、顔を洗いに行こうすると、突如何者かがドアを叩く音。
覗き穴はなかったから、私は恐る恐るドアを開ける。
「リリーナ、違う。この部屋は引き戸だ。」
「……っぁ、ほんとらぁ。」
安堵した。どうやら案の定、フラッペさんだったようだ。
「おはよ。じゃ、入らせてもらうね。」
「ぇえちょちょちょ。まだ準備がぁ。」
「だって、さっき隣の部屋、チェックアウトされちゃったから。」
「……んも、少し待っててください。女の子は準備に時間が掛かるんです。」
「はいは〜い。」
そうして私は、昨日この宿のご厚意で洗濯してもらった、真白なローブに腕を通す。
「そういえば、外。やけに騒がしい……。」
上が屋根だから、雨がよく響くっていうのもあるけど、違う。そういうのではない。人のざわめきだ。
そして概ね身支度が終わり、伸びをした刹那。
万に一つも人間ではない”なにか”の声、鳴き声があたり一面に響いた。
して瞬きする暇もなく、
────────窓には、黒く濁った血のようなものが、飛び散った。




