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ヒーローは遅れて登場したい!  作者: 白珠シロ
再定義:ヒーローとは何か
6/7

◇白昼夢

「じゃあ、私が使うよ。魔法。」

そう言ったのは他でもない。自分自身だった。

なのにも関わらず、私は”言ってしまった感”に苛まれる。

そもそも、既に此処で使わざるを得ないことは分かっていたし、そもそもこれは”私”自身の問題である故、これ以上犠牲は出したくなかったのだと思う。


あれ。じゃあ、今までに出た数多くの犠牲者っていうのは────────すべて私が手にかけたのと等しいってこと、なのかな。


母が言っていた、『損得を考えずに生きる』こと。その言葉は、ずっと心の片隅に残っていたのに。

それでもわたしは、レーナ(・・・)というヒーロー像が壊れ、尚ヒーローを気取っているステアを、理屈でも感情でもなく、どこか打算的に比べていた。

傷の深さも、罪の重さも、無意識に自分で天秤にかけていたんだ。


そんな、後悔に塗れた私は今。たった今。変わろうとしている。母の望んだ、『損得を考えずに生きる』ことのできる人間になれる気がする。

というか、無意識に出たんだ。言葉が。

純粋にリリーナを助けたい一心で咄嗟に出た言葉なのかもしれないけど、でも、代償は大きいと知っていて尚、魔法を使おうとしているんだ。


罪なヒーローは今此処で、誕生しようとしている。


「…っ、…っ、…!」

指を二本、三本、それどころじゃない。片手の指五本、そしてもう片方の手の指を二、三本。四、五本目は、どうしても生命に関わるから躊躇してしまう。


「わ、…ユーリちゃん!」

リリーナは慌てて声を上げる。彼女は私が魔法を使うことの危険性を知っていたから、やめてとでも言おうとしたのだろう。

でもね、リリーナ。私が魔法を使わなかったら、君は死ぬんだよ。

憧れのヒーローに、殺されてしまうんだよ。

私は、それを言おうとしてやめた。


そんな複雑な想いは、心のどこかで爆せる。

いっそのこと、燃え尽くせ。この想いごと。

『*豪火の旋風、ヒーロー(ステアさん)を巻いて昇れ!!』


私の情けない声での詠唱は、刹那豪火が地面から、巨大な渦を巻くようにステア(魔人)を持ち上げ、孰れ彼を巻き込んだ。

壁向こうの地域に被害は出ないかと心配にもなるが、一応正面にある大門の大きな壁は、魔法如きでは微動たりもしない。

そして私は、炎の中から見える輪郭のないヒーロー(ステア)が此方を────申し訳なさそうに見ていたあの顔を、決して忘れることはないだろう。


「ユーリちゃん……馬鹿!。どうしてここまで来たのに、……ステアさんをかわせば逃げることだってできたのに!」

「……大丈夫、だよ。魔法はね、昔から特訓してきたから。…ブレはないはず。それに、失神するだけだから。……ステアさんは巻けたと思う。私を抱えて、その大門をくぐって。向かいの馬車に乗って、逃げて。」

そう言った後の記憶は、あいにく何処にも持ち合わせていない。


◆─ヒーロー不在の中、動き出す。


再会してまもなく、魔人だと発覚したステアさん。

私は勘が鈍いから、まるで白昼夢のように思えた。

まさか。ヒーローが裏切るなんて、これっぽっちも思っていなかったから。

事を理解するまでには、時間を要した。


「……っんしょ。」

ひとまず、急いで馬車に乗って逃げなければ。

いくら、あの人がステアさんだからって、魔人という事実には変わりないわけだ。

私は、自身の、細く頼りない腕に精一杯力を込め、ユーリさんを引きずって馬車に乗り込む。


「取り敢えず、クラリアートから出てください。お金は十分あります。」

私が言うと、馬車の操縦士は私の顔を覗いて、待ってたぜと言わんばかりの顔を見せた後、背中が打ち付けられる程の勢いで進んでいく。


「……っファリスさん?!」

「いやはや、まさかステア氏が魔人の正体だったなんてね。」

「……それは、そうですけど。」

「しかしぃ、君は、ユーリを信じたんだね。」

「はて。」

ファリスは何を考えているのか。もしやこの馬車に乗ったら最期…………とか?!

私がとうとう人生を振り返り始めたとき、ファリスはふと語り出した。


「彼女が、ユーリがさ、ここ最近歯切れが悪い様子なのは知っているだろ?」

「ん。」

「今のユーリはさ、きっと。何を選ぶか、じゃなくて、何を捨てるか、で悩んでるんさ。」

「ん……というと?」

「正義においての価値観だよ。ほら、この子。自分の中の”正義感”ってやつに、縋ってたんだよ。……でもさ、実際は正義って、現実に合わせて変えていくものだろ?」

ファリスは私に背中を向けて、親指を立てながらリリーナを指さす。

そして、私が返答を考えている暇もなく再び彼は話し始める。


「でもさ。じゃあその”正義”の為に、この子は一体、|どれだけのモノ(・・)を失ってきたんだろうな。」

ファリスは手網を強く握り締める。

さっき偶々見た、ユーリちゃんに刃を向けていたような雰囲気とは裏腹に、吐息の混ざった優しい声だ。

彼も、本音は寄り添ってあげたい気持ちなのかもしれない。


「そんなの分からない、ユーリちゃんしか。ただ、私もこの子が背負っているもの。それが、あまりにも重すぎる気がしています。」

「ん、そうだね。特にこの子は、自責の念に駆られているから、その心行きで突き進んでしまっているんだろうね。」

ファリスは手網を揺らす。今直ぐにでもユーリに寄いたい気持ちを抑えて。


「言葉にできないまま突き進む奴ほど、壊れるのは早い。リリーナ、君は何かを捨てる覚悟がある?」

「唐突ですね。……そして悲観的だ。未来のことなんて、私にも分からない。そしてそれは、あなたにだって言えることでしょう。」

「ん……まぁ、そうなんだけどさぁ。ボクが言いたいのはそういうことじゃあなくて。」

私は首を傾げて問い返そうとする。

しかし、あるとき急に耳に残る不快な破裂音がして

─────この場は混乱と化した。


「あっれ……?整備はしたつもりなんだけど、パンクかなぁ?」

随分と危機感のない声だった。

それでも私は、あれほどに用意周到なファリスさんが失敗をするとは思えない。

そんな私の憶測は、やはり当たっていた。

この馬車は、まるで矢のように速く進む。連なって、車体を引き摺る音に加えて衝撃が大きい。

そして再び、不快な破裂音が響く。


「……うーん。まずいぞ、……後方二輪潰れたな。」

「ファリスさん、危機感持ってます?!」

「……ボクのアイデンティティは、如何なるときでも冷静さを欠かさないことだ。うん、落ち着け。」

「あの、腕がだいぶ痙攣してますけど?!」

孰れ、私から見て後方の座席が落ちた。

つまり、とうとう車輪が外れたのだ。


「あっはは、……ごめんっ倒れる!!」

ファリスはそう宣言して、ガララ、バキバキ、と木材に亀裂が入った刹那。

馬車は横転した。


今宵の月は、お世辞にも綺麗とは言えまい。

まぁそれは、気持ち的な問題もあるのかもしれないけど。

私たちは、夜の静寂を前に立ち尽くしていた。

「あぁっ。もうバラバラになっちゃったなぁ。直せないや、これ。」

もはや、彼の冷静さに少し腹が立つまである。

でも私は見えた。彼が、ファリスが、横転する直前─────馬車の損壊と、落下の衝撃を最小限に抑えてくれた姿が。

「えっと。あの、ファリスさん、お顔……」

少年(ファリス)の小さな顔には、額から顎まで一直線に黒い血が流れる。


「ま、まぁ、君たちに怪我がなくてよかった。……てあれ、リリーナ頬の傷は大丈夫……?」

「あぁ、これですか。……んまぁ、ちょっと痛いんですけど、へっちゃらです!……あぁと、これは魔神戦での負傷なので、ファリスさんは気にしなくて良いですよ?」

ファリスさんは馬車の操縦に集中していたから、後ろは一度も向いていない。

本当は馬車が横転するときに、木材が頬を掠ったのだが、黙っておこう。彼は案外心配症だからね。


「それにしても、ユーリちゃん大丈夫なのかな。何度も魔法使えないって言っていたのに……。」

「この子の体質だと、どんな魔法を使うにしても、体内全ての魔力を放出してしまう。だからあえて、強力な魔法を使って身体の負担を減らしたのかもな。」

そうなんだ……初めて知った。

何で教えてくれなかったんだろう、ユーリちゃん。

もし分かっていれば、私が全部カバーしたのに。


「んしょっと……ひとまず、隣の街まではあと数十キロと言ったところだね。どちみち手段は徒歩しかないから、行こっか。」

ファリスは立ち上がって言う。

「馬車は……。」

「置いていくよ。そのうち文化財にでもなるでしょ。」

「いや前向き!」

彼は、ユーリはボクがおぶっていくからと、男前に格好つけた後、私は馬を引いて、一面に草木が生い茂る暗闇の中、一本道を歩き始めた。


「にしても、ファリスさん。」

「……っびっくりした。」

「普通に走らせているだけで、後方二輪が破裂することってあるんですかね……。」

「うーん。ボクもなるべく考えたくなかったんだけど…………まぁそうなるよね。」

ファリスさんと私は、片腕で体を抱きながら俯く。


「でもでも、魔人ってあの街(クラリアート)の壁、壊したりはしませんよね。だってその為の仕切りみたいなもので……。」

流石に隣町に逃げるくらいだから、壁は壊さないだろうと、僅かな希望で私は彼に問う。

しかしその矢先、一番望んでいない返答が帰ってくる。

「いやいや、全然。余裕で乗り越えるし壊すよ。何なら、もう既に壊れてるんじゃないかな。」

「え。」

「ん?」

「流石に冗談────」

「ではないけど。」

「じゃあ、車輪が破裂したのは……」

「───────かもねぇ。」

「洒落にならないですって!!」

私は彼の冷静さに、いよいよしっかり腹が立ってきた。


「いや、でもな……正直この暗闇の中で魔人に見つかるとは思わないんだよな。」

「逆に木々の隙間から見られている説を推奨します。」

「したくないです。」

涅槃寂静の間もなく返された。

ファリスさん、もはや考えることを放棄している。


そうして、私たちは辺りを見回しながら唯淡々と歩みを進め、孰れ背後には日が昇り始めた。


「……て、私たち。日の昇る方角に進んでいませんでしたか。」

「あぁ、…………っあ〜!言われてみれば!!」

考えることを放棄した彼には、このまま私が言わなければ、気づく余地もなさそうだった。

「これはつまり──────────迷子だね。」

「そんな、自信満々に言われても。」

私は誇張した呆れ口調で言う。


「でも、良かったですね。今明るい方向に進めば、取り敢えず街には着きます。」

「うん、良かった良かった。」

「……はぁ。」

ファリスさん。優雅にあくびなんかしちゃって。

うん……でも無理はないよね。

「どうせなら、少し休んでから行きましょうか。」

私は、付近の日がよく入り込むところを指差して言った。


「ドテッ。」

「リリーナ、君は行動にわざわざ擬音をつける人なのか。ちょいと面倒くさい女の子だね。」

「あなたも大概ですよ。思考放棄なんてしちゃって。」

ファリスさんは、聞き捨てならない。と、目を見開く。

「いや、ね。ボクは記憶を整理していたんさ。」

「あ、ところでファリスさん。」

「話を変えないでくれよ。」

「私たちが大門を出たとき、何故あなただけが待っていたのですか。というか、何故あそこにいたんですか。魔人は危険です。ましてや、ステアさんに宿った魂なのですから。」

私が言うと、ファリスさんは太腿に頬杖をついて、少し考え込んでから─────


「だからこそ。って言った方が良いのかな。」

「……と言うと。」

「ステア君が魔人だと発覚したから……それと、ユーリがあの土壇場で、どう動くかが知りたかった。」

「試す為に、死ぬかも分からないチキンレースみたいなことをしていたと。」

「んー。語弊だなぁ。見守っててやったと、そう言ってくれよ。」

「それで、結果はどうだったんですか。…………って、」

ファリスさんは、再び大きなあくびをかいて、縮まるように眠ってしまった。


続けて、なら私も。と、芝生に寝転んだが、ふと自分が起きていなければ、ユーリちゃんを初めとしたこの集まりが危険にさらされると察して、やめた。

「む……ファリスさんだけ、ずるい。」

死んだように眠る彼を目の前に、私は聞こえるはずもない声で、そう呟いた。


◆─真黒の世界は茜色に


葉は揺らぎ、小鳥はひとつ鳴いて飛び立ったとき、

ふと、身体がピクってなる。

どうやら、私が眠気と葛藤している間に、朝は来ていたようだ。

「っん……はぁ〜」

私は大きく伸びをした。

にしても、あまり寝た気にはならないなぁ。

ステアさんのショックもあってだろうか。

まずい、思い出すとまた……はぁ。


「どうやら、最悪の目覚めのようだね。」

「うぁっ。」

「何だその、人でないものを見たような反応は。」

「それに関してはもう大丈夫です。昨日?今日?散々見て体感したので……。」

「あっ……すまない。配慮が欠けていたな。」

「ずっとです。」

寝てはいけないって、心では思っていたのに。

唯、この間に何もなくて良かったとひと息。


「にしても……よく魔物に襲われませんでしたね。『裏光(りこう)』の人たちに出くわす可能性だってあった。」

「裏光、は言い過ぎかもしれないけど、まぁボクが結界を張らなきゃ、襲われていただろうね。」

ファリスさんは、頭をぽりぽりと掻きながら何処かを指差す。


「っうわぁ!!」

気づかなかった。そして気配さえ感じなかった。

結界外の魔物に。

「一度、結界を解除するから、その間に仕留めてくれ。いくぞ、三、二、一。」

ファリスが言った刹那、一匹の狼型魔物はまるで私たちを獲物を追うような形相で迫ってくる。

んもう、ファリスさんのこういう(・・・・)とこ、本当にだるい!


「*石よ牙となり、対象を破壊せよ!」

私は近くにあった石を手に取って言った。

すると石は、必要部分以外は破片になって落ち、形成された石の牙は魔物に向かって勢いよく飛ぶ。


「ちょっと軸がブレていたかなぁ。」

「黙ってください。また寝かせますよ。」

弱って倒れる魔物を横目に、私たちは再び日の方向へと歩み始めた。


「────そうそう、裏光(・・)の話で思い出したんだけど。」

ザク、と砂利の音と共に、ファリスさんは歩む脚を止めて言った。

「こっち見ないでぇ…………続けてください。」

「あ、うん。実はさぁ最近、裏光のうちの一人が討伐、されたらしくてね。」

「それって、街で流れている噂ですよね。絶対嘘ですよ。あんな化け物、到底人間に倒せるわけがない。」

「でもね。この前、うちの依頼課に直接来たんだよ。倒したから報酬よこせって、気前の良い男がね。しかも無傷。」

「いや流石に疑ってください。」

「まぁ、確証がないわけだから、報酬は渡さなかったよ。でも、何か違和感があった。あの男はね。」

「無傷で討伐……。」

「なんて言うか、見たことあるんだよね。あの顔。」

「知っている顔……。」


曖昧だけど、若干。繋がった気がした。


──────────『裏光(りこう)』。またの名を、『堕ちたヒーロー』とも言う。

その名の通り、かつてヒーローだったものが、絶望、挫折、裏切り、その他諸々によって堕ち、捻じ曲がった生き方をしている集団。

しかし、裏光と最後に遭遇したのはギルドが開設する数十年も前。

ギルド自体、設立からおよそ六百年経っているから、もはや御伽話のような存在になってしまった。

それでも、私たちギルドは裏光をいつまでも、いつまでも追い続けている。

御伽話によると彼ら彼女らは、自分の中の正義の為なら、どれだけ危険な契約でも構い無しにしているらしい。

故に、まだ何処かで生きている可能性はあるのだ。


そして、ファリスさんが感じた違和感。

繋ぎ合わせてみると、確証は持てないが、ひとつの答えが出た。


無傷で依頼課に出向いた男。

彼は他でもない──────裏光の一人だったのではないか。

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