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ヒーローは遅れて登場したい!  作者: 白珠シロ
再定義:ヒーローとは何か
5/7

◆囮の矛先

◆ ◆ ◆


────私、ユーリ=プライシスは、おおよそ自我を確立する前々から、『ヒーロー』に対して強い執着を抱いてた。と言っても、それ(・・)を自覚したのはほんの数年前なのだけれど。


「ママ!ひーろーのおはなし読んでぇ!」

私は母に、何度も何度も救世主が登場する童話を読んでもらっていた。というか、読ませていた。それはもう、狂ったように。


「………ヒーローは、宣言したこと全て、綺麗事で済まさずに成し遂げ、王国には平和がもたらされましたとさ。めでたし、めでたしっ。」

母の、包容力のある柔らかい声が私の耳を幸せにする。


「ママ…私、キレイゴト(・・・・・)?だけじゃないヒーローになって、みんなからいっぱい!チヤホヤされたい!」

「ユーリ。みんなからチヤホヤされたいからっていうのはね、それこそ綺麗事よ。いい?あなたは、損得を考えずに人を助けなさい。」

「うーん。よくわかんないけど、わかった!」

母の腰にも満たない身長で私は、高みを見た。それも、希薄な理由で。

しかし、こんな私が本気で、それを目指すキッカケになった出来事がある。


◆─私がヒーローにならなくちゃ


虫の鳴らす鐘が、波紋のようにに響く夜。

当時九つだった私は、風呂上がりの湿った髪を後ろに纏め寝室にて横になり、何時も母に読んでもらっていた本を自分で読んでいた。


「…ヒーローは、いつでも、(おく)れて登場(とうじょう)するのです。」

カタコトで、抑揚もままならないながら、私は頑張って読んでいたと思う。

そして、何度この世界線に立ちたいと、そう思ったか。

孰れ考えているうちに、この上ない願望や尊敬が脳裏を巡り、握っていた手が湿る。

私は今日も今日とて、何も起こらない平凡な日常に、華やかさを齎してくれるこの本に酔いしれていた。


────そんな時、ふと私の握っていた手に滲む憧れで生成された汗は、冷や汗へと変貌した。


《ドンッ》と、今までにないほどに鈍く、潰れる(・・・)程に重い音が屋敷全体に響き渡った刹那、母の苦しそうな悲鳴が聞こえ、止んだ。

音の余韻は耳に深く刻まれ、私は本能的に恐れを覚える。

しかし、ヒーローたるもの、こんな些細なことで躊躇してはいけない。と、知らぬ間に『私』が言った。


あんた()が一番、怖いくせに。」

そう会話するように、私は言う。話せるひとを見つけて、安心したかったのかもしれない。

爾後私は、私自身との葛藤を繰り返し、遂には身体が痺れをきたしたのか、衝動的に一歩、二歩と脚は悲鳴の元へ歩み始める。

恐れをなす暇もなく動く身体に抵抗をしたが、結局のところ、これも自分の意思なのだ。


「さっきは随分と、悲鳴を上げていたけれども…そんなに痛かったのかい。」

長い階段を降りている最中、ふと私の耳には”気持ちの悪い””優しい声が響いてきた。


父でもない。第三者の声が。


刹那、私は察した。

”これもう、助からない”。

心に思えば思う程、この上ない恐怖と、復讐心が脳のリソースの大半を持っていく。


強盗か。スパイか。暗殺者か。いずれにせよ、もう遅いことは分かりきっている。


* * *

『あなたは、損得を考えずに人を助けなさい。』

* * *


これじゃあ、まるで損をするから諦めるみたいじゃないか。私、”ママ”が言っていた意味、漸く理解できたよ。(・・・・・・・・)


…………声は遠い、でも聞こえる。響いていた。だから多分、大浴場かキッチン………あるいは────────。

私の住んでいた屋敷は大分広かったから、居場所を特定するまでには時間を要した。


「……居ない。……居ない。」

私は、唯一つの”声”を頼りに、該当しそうな場所全て回った。でも何故か、母は見つからない。というより寧ろ、物が倒れた形跡もなければ、あれ以来一つの声も聞こえなくなった。

「ママ………、ママァ……。」

孰れ、『母を助ける』目的を捨て、せめて『母を見つけたい』という思考に陥るようになった。


私は唯、聞こえるはずもない小声で母を求め、トボトボ虚しく歩みを進める。


「お嬢さん、ボクとデート(・・・)しないかい?」

この行動さえも無謀だと、諦めかけていた時、優しくて、気持ちの悪い声は聞こえた。否、聞こえてしまった。

振り向いたら負け。心にはそう言い聞かせていたが、まさか向こうから私の視界に入ってくるとは思ってもいなかった。


「お!やっぱりぃ、親子なんだねぇ。当たり前だけど、顔もそっくりだ。」

私は、意地でも目を開けなかった。だけど、そんな抵抗する瞼を”其奴”はこじ開け、私は無慈悲な世界を見ることとなる。


吸い込まれるような、淡い白色の髪に周りを照らすような、黄橙の絢爛な瞳。まぁ俗に言う、イケメンってやつだった。


「何故、そんなにボクの顔を睨むの?だってボク、言うほど悪いことはしていないよ。……だってまず、ギルドの医療機関を壊滅させてきたでしょ?あと……まぁ強いて言うなら此処の主を二人殺し────────。」

私は、か弱いながら煮えたぎる感情のままに、自分の出せる最大出力で彼の顔に一撃入れた。



「……んねぇ。鼻血出ちゃったんだけど。ボク達は、今こうして目を合わせ、お話している時点で、既にお友達なんだから。親しき仲にも礼儀ありって言葉、知ってる?」

「私の母を殺しておいて、仲良くなれると思うなよ。ろんりてき(・・・・・)に考えれば、そのくらい分かると思うけど。」

私は、九つながら覚えたての難しい言葉で、彼の言い分に対して根っからの否定から入り、少し挑発した。


「あはは。小さい子って、直ぐにムキになってしまうよね。これだから、子供を痛めつけるのは好きなんだ。」

刹那、私の心臓は強く波打つ。そして、まさか自分が論破されるとは当然思わなかったから、私は唖然とした。


「痛めつけるのが好き……って。あなた、普通じゃない。」

「君の家に侵入している時点で既に、普通ではないって、少し冷静になって考えれば分かるのになぁ。やっぱり頭が足りない。」

そう彼は言い捨て、私の肩に置いてあった掌を撫でるように首へ移動させ、強く握り絞めた。

私は未だに、現状を理解することはできなかった。


唯────頭の奥で、カラカラと何かが壊れていくような音がした。


ヒーローって、困難な状況に立ち向かって人を助ける存在、なんかではなく、言ってみれば民衆の生命を確保する為の、単なる『囮』なんだなって。結局は自ら身を投げ出して、傷ついて、失って、死んでしまうんだなって。

そしてそれは、儚い。なんて、美しい言葉で括られる存在ではない。


私は、ヒーローという存在の枠を壊し、”再定義”した。


「痛い?痛い?どう、どんな感じ?」

わざわざ訊かなくても分かるだろ。そもそも、首絞められているのに、喋れるわけないよね。

彼こそ、頭が足りないという言葉に相応しいのではないか。

そして、いい加減…………まずい。

私は、喉を通らないとわかって空気を吸って吐いてを繰り返す。


流石に此処で無駄死にはしたくはない。

せめて、対抗する術さえあれば────────。


* * *


「ユーリ、貴方は何があろうとも、魔法を使ってはいけません。」

雷も伴う篠突く雨の日のこと。

私が興味本位で剣技、魔術に纏わる本に記載されていた詠唱文を音読していたとき、母は引き攣った顔でそれを取り上げ、言った。


私は只々不思議でならなかった。普通、子供が魔法を使えるようになることは、親にとって嬉しいはずだ。家庭によってはケーキで祝うところだってある。

それなのに、ママは。私の母は、何故にこんな心配そうに私の顔を覗くのか。

それに、私は母が魔法を使っているところを見たことがないし、そもそもの話、教えてくれない。

もしや、私に期待していないとか。

嫌いだったりする……?


そう、独りで頭を悩ませ始めたとき、母はテーブルに頬杖ついて言う。

「何で、私は魔法を使ってはいけないの?……って、顔に書いてあるわね。いいわ。理由を今から話す、というか見てて。」

見てて。って何だ?と心で思ったが、私は直ぐに理由(わけ)が分かった。


「*火よ吹け」

母は、指を二、三本鳴らして言うと刹那、生暖かい火が一瞬燃え上がって、消える。その熱の余韻は私の元へゆらりと辿り着く。

「ほわ。」

その気持ち良さに、ふと謎の声が漏れてしまう。

「ママ、魔法使えたんだね!」

私はそう言って、母に視線を向ける………も、どうやら寝てしまった?ようだった。


しかし、母はおよそ四日間、目を覚ますことなくぐったりとしていた。

二日目からは、流石の私でも焦りを感じ、父にしつこく話しかけるようになった。

「日々の家事育児で、疲れてるのさ。そっとしておき。」

しかし、父はまだ焦りを感じておらず、無責任な言葉を口にしていた。


そんな父も、三日目からはとうとう焦りを感じ始め、僧侶を招いて診てもらうことにした。


「これは……魔力失調による、失神ですね。」

私はそのとき、母の言っていた『魔法を使ってはいけない』意味が漸く分かった気がした。


* * *


「どうした。もう、生きることを諦めてしまった?……それは、本当にやめて欲しい。何せ、人を苦しめることの醍醐味が無くなってしまうからね。お願いだから、少し、あと少し、生きたいって思ってくれないかな。」

この、魔人とも思える彼は、取って付けたような感情でそう私に訴えかける。


そして、とにかく生きてさえいれば良いと、もはやヒーローでも何でもない私は、切望する。

武術は習ったことがないから使えない。それは、剣術にも言えたことだ。

対して魔術は…………、いいや、それで万が一失敗したときの代償が大きすぎる。仮にもし成功したとしても、母は助けられない。というか、まず鍛錬が足りていないから威力がない。


為す術がないなら、ヒーローを待てば良いじゃない。


刹那、私の脳裏にはそんなことが横切る。

しかし、いるはずもない。物語に登場した、遅れて登場するヒーローなんかが。


全部、自分で背負い込む必要は無いよ。


否。それこそ、綺麗事だろう。

私は、今の今まで、『ハッピーエンド』しか見たことがなかったから、この出来事は余計、胸を深くえぐった。

でも、もしこの物語が『バッドエンド』の途中ならば、私が変えなきゃ、終われないんだ。

そして、私がヒーローじゃないと言うのならば、必然的に遅れて登場するヒーローを信じる必要がある。

もう、信じるよ。だって、無力な子供には、”信じる”ことしかできないんだから。


けれど、その(信じる)為には、まず私が手を伸ばす必要がある。

つまり、────────魔法だ。


「……でもママは、火を灯しただけで、倒れちゃったんだよ…………?」

私は、声を出さないで呟いた。

震える手で、見えない空を掴むように宙を掴む。

まるで、そこに誰かが立っていて。

何かを教えてくれているような気がして。


「違う……ママは、ママはあの時、只火を灯しただけじゃなくて、私のココロも…………」

なら、今度は私が灯すんだ。

失うものは、既に失った。もう、頼れるものは『ヒーロー』しかいない。

だからこそ憧れのヒーローに、私は此処にいるよって、教えてあげないと。


指を二、三本。いや、四、五本(常人なら致死量)と鳴らす。母の倍以上だ。危険を伴うのも承知の上。

この先全ては………………ヒーローに託す!!


『火よ、炎よ、ぐれん(紅蓮)よ、()せろ!!!』

聞き耳を立てて、やっと聞こえる声で。私は、そう叫ぶ。

私の声は、夜の闇に小さな光を灯した。

────────ほんの僅かでも、ハッピーエンドに繋げる為に。


◆─綺麗事じゃない、ただの火


心臓が浮く感覚と共に、遠のく意識の中、私の耳には淡く、掠れた声が響く。


そして”その人”は、指なんて鳴らさずに(・・・・・)魔法を詠唱して、魔人を圧倒する。

私は、唯純粋に、驚いた。

ヒーローが現れるなんて、机上の空論だと思っていたまさにそのとき。


でも、この人も『囮』なんだよな。

民衆を守る為なら、犠牲になってもいい存在なのかな。

だとしても、この事実は変わらない。


私はこの緑玉(エメラルドグリーン)の髪の女の子(レーナ)に救われたんだ。


そして数年後私は、そんなレーナを失い、とうとうヒーローと呼べる存在が消えてしまった。

だというのに、ステアさん自身は意識していなかっただろうけど、ずっと、ずっと、彼はヒーローを気取っていた。

そして所詮囮だろう。と、私の本質が彼を見抜けなかったために────────


彼を崖から突き落とした。


しかし、後に分かることとなる。

というか、横目に見るリリーナから伝わってくるんだ。

紛れもない。ステアさんも、リリーナにとっての『ヒーロー』だったのだ。

私が『囮』だという概念を持っていても、彼女は違う。

そんな、基本的なことさえ分かっていなかった。


◇ ◇ ◇


恐らく、大門の前に立っているステアさんが、この事象の元凶であり────警報もされていた魔人なのだ。

彼が門の出口に立ち塞がって、為す術がないまま数分が経過する。

しかしさっきからずっと、彼は糸で無理矢理口角を上げられているような、希薄な笑顔とともに無言で私達二人をまじまじと見つめる。


「……ステアさん、なのは分かるんだけど、何…生きているの?」

リリーナは救世主との再会と、変貌を悲し嘆いていた。それもそのはず、あの活力あった瞳は既に、ハイライトを灯してなく、さらには魔人特有の、()が頬にはあった。

して喋らないということは、ステアさんの死体に、何者かが取り憑いた。または魂を吹き込まれたのだろう。

「私、もう魔法使えないし、ステアさんを、傷つけたくない……」

リリーナは、あの日の私のように聞き耳を立てて漸く聞こえる声で呟く。


私はこの言葉を聞いて、実感する。

ステアを初め、レーナ、パルドと、この国に安泰を齎していた人物達は皆、死んでしまったのだと(・・・・・・・・・・)

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