◆断罪は蒼海に浮かび
僕は、自身の無力さや薄情さに頭を抱える暇など無く、只ひたすらに『レーナ』そして『パルド』の二人を捜索していた。
リゲルの外壁は頑丈だ。故に瓦礫なんて重くて持てたものではない。
だから僕は、骨魔人が消滅する際に吸収した僅かな魔力をそれに充てていた。
「*瓦礫を上げっ………ぅが…。」
指を二つ鳴らし、そう詠唱するも瓦礫には空虚な「スコンッ」という音が鳴り響く。どうやら僕は魔力を切らしてしまったようだった。
僕はそれでも、僅かに動く手や脚を駆使してなんとか仲間の為に動く。────しかし孰れ、共に泣き、怒り、笑い合い、様々な思い入れが詰まったパーティーのメンバーに思うことではない最低最悪なことさえ脳裏に過ぎってしまう。
────最悪、遺体でも良いから見つかって欲しい、と。
刹那、僕はそれが自分の口から出た言葉だとは思えず、地面に縮こまって嘔吐した。
その後も、頭を冷やそうと僕は地面に額を何度も何度もぶつける。
当然、額からは出血をする。それでも僕は、僕自身と、そして仲間と向き合う為に、何度も何度も額をぶつけ、いずれ気絶したらしい。
……………。
────馴染みのある天井。
それは、僕らが依頼等で大怪我をした際に、よく世話になっていたギルドの病棟だった。
「んなぁ、ユーリちゃん。あの蒼髪のステアさん。目覚ましたよ。」
髪や肌、服装など含め、全身が真白で染まっている小さくて、何処か頼りなさそうな少女────”リリーナ=ミクシア”さんは、ギルド嬢である黒髪で宝石のような瞳を持つ、全身ツナギみたいな服装の”ユーリ=プライシス”さんにそう告げた。
しかし僕は、起き抜け早々あの出来事がフラッシュバックして、再び吐き気を催す。
「そう独りで抱え込まないで…アドラスさん。あなたは、街の民の為に尽力してくださいました。結果、この地域には被害は出ていません。これは、栄誉あることです。」
僕はそれに耳を傾けなかった。
「仲間の犠牲も、あなたには心苦しいことだと分かります。あなたをそうさせてしまうのです。余程、想い入れのある素晴らしいパーティーだったのでしょう。」
「……が分かるんですか。」
「………?」
「ユーリさんに、何が分かるんですか!!……想い入れがあった、で済む絆では無いですよ。そんなパーティーを、あんな最期で終えて、不幸にも目を覚まして…………。これからの人生が真っ黒なんですよ、もう。」
僕は気づくと、視界は蒼く滲んで見えた。
その中で、レーナとパルドはいつも通り喧嘩をしていて、本当ならあった”今”が描かれているような、そんな気がした。
もう二度と感じられない、あの特別な日々────これからは、只ひたすらに薄れていくあの幸せだった日々。
そして、自身の不甲斐なさから逃げようと必死になるも、不意に目を覚ましてしまう。
更に、周りは僕に同情して様子を伺うだけだ。綺麗事を言うだけ言って、後は何も施してはくれない。
刹那、リリーナは僕の頬に小さな手の平を添えて耳元で囁く。
「私たちは、スケルトンから街を守ってもらった分際で、君に兎や角言う資格なんて無いん。だけどな、今この街に安泰が齎されているのは、一種君の勇敢な”選択”があってこそ成り立っているものだと思うんだよ。」
僕はその淡く掠れた声を耳にし、不意にも鼓動が速くなってしまう────がしかし、これも綺麗事なんだと正気に戻った。
「………綺麗事で済ませないで、責めるなら責めてくださ────っ?!」
「私さ、普段こんなことしないんだけど、君がそこまで言うから……ちょっと悔しくなっちゃって。」
何が起きているのかさっぱりだった。
僕の耳元には、柔らかくてどこか温もりを感じる何かが………っこれは、もしかして耳をはむっとされているのか……!…いやどういうことだよ。
「っ急に何するんですか?!」
「これでも綺麗事だって言うかい?」
「……身体使っている時点で、そう言わざるを得ないでしょう。」
「君にしかしないって言ったじゃん。」
「そう言って他の人にもしてるんですよね。」
「満更でもないくせにぃ。」
「っどこが!」
「…あっ、顔赤くなってる。これで少しは心が軽くなったかな?」
リリーナさんは、元々これが狙いだったのかもしれない。
そして、彼女は本当に”僕”のことを見てくれているような気がして、あの苦しみも少しは分かちあってくれそうだった。
「と、少しは気分が落ち着いた…ところで、ここからが本題なの。」
すると、さっきまでは浮かれてたのか励ましてくれていたのか分からないが、そんな彼女は改まった様子で此方をまじまじと見る。
「……あの、今のアドラスさんには…!」
対して、ユーリさんはその本題とやらに消極的だった。
「逆に何時言ったらいいのさ。直前に言われても心が重いだろ〜?」
「あの、怖いんで早く話してください。」
僕は遂に痺れを切らし、彼女らに催促をした。
すると、ユーリさんは何かを決意したかのように、小さく深呼吸をした後、話し出した。
「……アドラスさん、本当に気を失わないでくださいね。実は、故人パルドの遺族、と言っても宗教上の家族なのですが、……あなたはその団体に────────訴えられたそうです。」
僕はもう、驚くどころか『わぁ心外』と思わずおかしな反応さえしてしまった。
「ちょ、ちょっとリリーナ!アドラスさん物凄く痙攣してるけど?!」
「なぁに、落ち着いたまえ。彼はこうすると………はむ。」
「っ!……あ、あの、遊ばないで。…それで、裁判っていつなんですか。」
すると二人は、身長差がありながらも互いに顔を合わせて躊躇する。
恐らく、日時を教えた後の僕の言動を予知していたのだろう。
……
……
……
「……後ぇす…。」
静寂な雰囲気は暫く続いたが、そんな中ふと口を開いたのはユーリさんだった。
「…何て、言いました?」
「…一週間後、です。」
「なっ……一週、間…?」
「もう…その反応されるから嫌だったんですよ〜……」
「いや、ユーリちゃん。一週間後裁判って言われて驚かない人はいないと思うよ?!」
リリーナさんの仰ることはごもっともだ。……それにしても、仲間を失っただけでなく、僕は裁判にまでかけられるのか。しかも何だ、街に安泰を齎した人物を、殺人犯として扱うのか。
「アドラスさんの顔を、眼を見れば分かります。…理不尽ですよね、こんなの。此方のことなんて大して知らない。なのにも関わらず、キルさんが亡くなったというだけであなたを犯人にでっち上げる。…私だったら、その人のところに襲撃しに行きますよ。」
ユーリさんは、自身の拳をはち切れそうなくらいに握りしめながら歯を食いしばってそう言った。
「…本当に、同情してくれて、何時も味方でいてくれて、感謝極まりないです。それにしても、何故ここまで近日に裁判を執り行うのですか。」
すると、出番が欲しくなったのかリリーナさんは僕の方へと急速に歩み寄ってくる。
「そ・れ・は、この国の方針だからさ。具体的に説明するとね、この国の裁判ってのは、当事者の記憶が鮮明なうちに執り行われるのだよ。だから、証拠もろくに揃わない。訴えた側が有利になる、頭の可笑しい仕様ってわけ。」
「…じゃあ、僕はほぼ、負けること確定ってことですか。」
僕は来週、再来週にはもう、牢屋暮らしになってしまうのだろうか。哀しみの余韻に浸る権利すら無くなってしまうというのか。
遂にはどこかで逃亡したいと、そんなことさえ思ってしまっていた。
僕がそう言うとリリーナは、再び小さな手を今度は僕の手の甲に添える。
「決して負けるとは言っていない。かと言って、恐らく証拠も集まらない。じゃあ何が大事って─────逃げずに裁判へ出席し、”キルさんを始めとしたパーティーへの”愛”を必死に伝えるんだ。…私の言っていることは希薄で、説得力のないただの”音”だけど、少しでも君に響いたかな。」
「…は、はい!…と言うか、僕が一瞬でも逃げようと思ったこと、知ってたんですね。」
「え、?いや、普通に憶測。……ステア君、逃げようとしてたの?」
「……ちゃんと希薄だった………!」
その後の一週間、兎に角僕は二人に励まされ続けてきた。大分心も軽くなってきたような、そんな気がしてきたところで、遂にその日は訪れてしまった。
「私達は入れないから、どうか…幸福舞い降りますように。」
クラリアート邸の、正門前でユーリは、そう言って手を握る。彼女の手は、緊張のあまり、日に焼けた魔晶石のような熱さが、僕の手の細胞にまで伝わってきた。
そして、リリーナはと言うと………
「朝、必死に起こしたのですが……生憎リリーナは朝日に弱くてですね……。あっ、でもでも、寝ぼけながらも言っておりましたよ。『ステア君は本番に強いからぁ』と。」
「全く、頼りになるんだか。」
「ふふっ、本当ですね。」
◆─開廷は木槌の音と共に
僕の背後には、いかにも容赦が無さそうな鉄鎧のナイトが四人。被害者面をした女が一人、弁護人の男が一人、伯爵が一人、そして、僕の正面には─────国王が居座っている。
国際的地位のあったパーティーのメンバーが犠牲になってしまったのだ。国レベルで動いたとしても不思議ではない。
「これより、被告人アドラス=ステアの処遇を決定する裁判を執り行う。」
国王である────”ロー=クラリアート”は、木槌を力強く叩いてそう言う。この静寂さの中だと、もはやこの音は弾丸魔法のようにも聞こえる。
「それでは ネル伯爵、罪状を読み上げなさい。」
言うと伯爵は、「はっ。」とキリの良い返事をした後に立ち上がって話し始める。
「まず、キル=パルドらには骨魔人の討伐を依頼しておりました。当然、強敵を相手にするわけですから心配にもなると、魔力探知式の位置情報が分かる道具を忍び込ませておいたのです。そして、その時は突然やってきました。位置情報が途切れたのです。それは一見、骨魔人によるものだと思われていました。しかし、骨魔人と思われる魔力と、パルドの魔力の途切れる時間に、”ズレ”があったのです。」
─────それはそうだろ。奴を討伐した後に、リゲルは崩壊したんだから。
「ズレがあった、即ちそれは…骨魔人ではない、別の”誰か”に殺害されたということです。」
ネル伯爵は、まだ確定もしていない情報を、只遺族の女から聞いた話のみで解決させ、淡々と語る。
「……おい、待てよ。見てもないのに出鱈目かよ!」
「黙って話を聞けねぇのか、小僧。」
次に口を開いたのは、ガーロットだった。
段々と憤りが増してくる。我慢のコップには溶岩が入り込んできて、もはや割れるというより溶けそうだった。
「つまり、パルドを殺害したのは骨魔人でなく…アドラスだとここに訴えたいのです。」
伯爵は言い切った。この上なく希薄な内容と共に僕を吊ったのだ。本当、笑ってしまう程に此国の司法は全面的に欠けている。
そしてリリーナさんの言った通り、勝ち目は無さそうだった。
刹那、国王は僕に問いた。
「被告人、アドラス=ステア。何か言い分はありますか。」
これも裁判の掟の一つ、故に僕に質問が来たわけだが、正直何を言っても否定される気がする。
◆ ◆ ◆
「パーティーへの”愛”を伝えるんだ。」
◆ ◆ ◆
そんな時、ふとリリーナさんの言葉が脳裏に過ぎる。あの時は放心状態でまともに話を聞けなかったが、今となって漸く理解った。
この薄情な場で、僕が”愛”を伝えることによって、遺族の女は考え方を変えるかもしれないからな。
僕は拳を強く握る。僕は顔を上げる。しかしそれでも、肩で息をしてしまう─────。
*『言え。ここで無実を証明しろ。』
もう、怖くて仕方がなかった。だから、指を一本、二本と鳴らし、魔法で自身に暗示したんだ。
「だから僕は、…その─────」
しかしそんな時、ガーロットは法壇を強く叩いて無理矢理僕を黙らせる。
「あの、話を遮らな───」
「黙れ、俺の制限時間下で言い切らなかった貴様が悪い。」
彼はそう言って、僕の出る幕もなく最終判決へと進んでしまった。
「アドラスの言い分はありませぬ。故に被告人、アドラス=ステアは───」
国王が口を開いた。
理不尽極まりない。此処らの役職持ちは人の話もろくに聞かず、自身の憶測だけでものを語能無しなんだ。
僕は何かを言い返そうと脳内に様々な記憶を巡らせる。がしかし直ぐにその気は失せた。
「────経過観察とする。」
「え、…」
最終的な判決に僕はふと疑問と関心とで声が漏れた。
「異議あり!」
そんな時、弁護人の男は声を荒らげて異議を申し立てた。
「此奴は、アドラスは、俺たちの国で類を見ない程に優れたパーティーのメンバー、レーナとパルドを殺した…極刑しすべきだ!」
そう言って彼は、僕の方をギロリと睨んできた。それはまるで────腐敗した屍を見るような目だった。
「ガーロット、あなたはどの立場でものを言っているのだ?アドラスらは其らの国に危険を齎していた存在を排除してくれたのだぞ。そこで生まれた死というのは、たとえ彼が手にかけたにしても仕方の無いことだったと伺える。故に、経過観察だ。」
王のその言葉に、弁護人は平手で大きく法壇を叩き、その響きの余韻が残ったまま、裁判は終結した。
◆─閉廷は怒りと共に
僕は解放された直後、駆け足でクラリアート邸を後にする。そして正門には─────リリーナとユーリ、二人の姿が。
なんか凄い、彼女らが愛おしく思えてきた。味方を失った僕を励ましてくれたり、裁判にかけられて尚、それでも味方でいてくれる二人が。
「ステアさん、此処に来たということはもしや裁判に勝利し─────?!」
僕は不意にも、二人に抱きついてしまった。
「ありがとう、ありがとう、二人とも大好きだよ…!」
「…え、そんな面と向かって言われると……。」
「やり遂げたのは君だよ。もっと自信持って。」
二人は、淡く弱々しい声で、頬を染めながら僕のことを祝福してくれた。
しかし、そんな喜びも束の間だった。
「ステア!あんた何結界張ってるのよ!」
母さんはふと変なことを言い出した。
「何言ってんの。…そもそも僕結界張れないし─────って痛っ!」
僕はそう言いつつも母さんの元へ行こうとしたが、なんと家の門には強力な結界が張られていた。
まぁそれに関しては、あの能力を三時間程溜めることで、無理矢理破壊することが出来た。
しかし不可解な現象は続き、遂には嫌がらせだということが発覚した。というかこの目で見たんだ。
装備をガタガタにされていたり、家の花壇は酷く荒らされたり、街中を歩いていると弓で肩を撃ち抜かれたり、正直もう生きている気さえしなかった。
それでも、僕はギルドという居場所があるおかげで何とか今日まで命を繋いで来れた。
「………自然は裏切らないよな。僕のこと。」
そして最近は、この大海原が見える丘の上で自然の粼を感じるのが日課となっている。
……毎日と言って良い程、パーティーで此処に来て、喧嘩もして、三人横並びでこの壮大な景色を見ていたっけ。
◆ ◆ ◆
「何であの緊急事態に寝てたのよ!ステア!」
「だから寝てたんじゃなくて、レイターヒーローだから!」
「屁理屈!幸せそうな顔して寝てたじゃない!」
「二人とも、此処から落ちてしまったら大惨事ですよ。気をつけて行動しなさい。」
パルドは何時でもお兄さんで、
「あ、二人とも見てください!流星群です!」
それでも抜けているところ、というか可愛げがあったなぁ。
「シー。レーナ寝ちゃったよパルド。」
「…本当、寝ていれば可愛いのですが。」
「それ昨日も言ったよね。」
「あれ、そうでしたっけ。」
この日は、何だかんだで一番想い入れがあったかも。
◆ ◆ ◆
……って、いつまでもあの時の余韻に浸っていても仕方がない。僕はリリーナとユーリに言われたように、これからも”勇敢な選択”をしていかなければならない。
と、僕が一人、心でそう誓っていたところに段々と近づいてくる足音があった。
恐らく、リリーナ達だろう。
「あの、最近は本当、ギルドで良くしてもら──────────。」
カラン。と、金属の軽い音が背後から聞こえたと思えば。突如、浮遊感に襲われた。
そして僕の眼に映ったのは、他の何でもない──────────僕だった。
いつか終わる火遊び・編 終了─────