◆寄せ集め英雄譚
建物下の小路に小さな歩幅で戻ってきた少女は、また俯く。まるで薄れた希望を吐き捨てるように。
おそらく、いや確実に、私たちの会話が本題から逸れていたことが原因だ。
大体は主に私のせいだが、会話が寄り道してそもそも何を話していたのかさえ見失うことが多々ある。
「女の子はね、複雑なんですよ。」
私はフラッペさんに、畳み掛けるよう再度言った。
しかしこれは、その場凌ぎの取ってつけたような言い分だったが、意外にも彼はものわかりが良くて助かる。
「そうだね。どうしようとか考える前に、まず動くか。話はそれからってことで。────そこのお嬢ちゃ〜ん!」
「ちょ、抑揚が不審者すぎますって。」
「仕方ないだろ?夜、深夜だもん。そう聞こえるのは仕方ないけど、失礼だな。」
「もうちょっとマシな話し方ありますよね?」
また、同じことをして今更自覚するのは人間の悪いところが顕著に出ている。
こうしている間にも、少女の心は奥深くに堕ちていくというのに。
私はもう一度、彼女の方を細めで見る。
すると、なんということか。
少女は此方を羨ましげに覗いていた。
「あの子は、こういう関係性に憧れているのかもよ。リリーナ。」
「……私に言われても。────っ、君…!」
今度は思う通りに声が響かなかった。
ただし、言い出すことに対しての躊躇というものは不思議となかった。
「なに。……どろぼーさん。」
「私はリリーナだよ……あ、因みにリリーナはファミリーネームで本当は名前、ミクシアなの。でもみんながリリーナって呼ぶから。渋々受け入れちゃってる、みたいな。待ってねっその、!表玄関、開けるから!入ってきて欲しいな。」
何故だろう。一人の人を相手にするのって、慣れているものだと思っていたのに、今此処にきて脚が震えているのは。
でも、たとえいくら勇気を絞って声をあげたとしても、思い通りに行かないことはある。
「どうせ、その場の雰囲気であたしの心開いたとでも思ってるんでしょ。やーだよ。」
フードは、相変わらず深く被ったまま。
さらには、冷淡な声音で冷淡な言葉並びを口にした。
「……でもさ、!」
「いつでも肯定するやつは嫌い。気分が落ちているときは、マイナスな言葉が欲しいの。」
私たちが、少女自身を突き放したと思っているのだろうか。
また、彼女は小さな歩幅で歩み始める。
人々は概ね寝ているほどに更けた夜故、足音でさえもひとつひとつが耳に通る。
だからこそ、彼女が離れていくのを耳で、身体で強く感じる。
そんなとき。──────風は吹いた。
身を投げ出すフラッペさん。そして室内に身を引いた私の髪も、横に靡いている。
「おい!|ネクト郷《クラリアート王国ネクト郷》の孤児院から多数の亡命者が出たって記事あったが、まさか君はそのひとりか?」
前置きも何もなしに、ふとそんなことを私の背後で話すのは、他の誰でもない。一番”それ”を理解しているフラッペさんだった。
確証はない故、堅い口調ではあった。
刹那、少女の肩はピクリと細目で見ずとも分かるほどに上がった。
私も急に聞こえた男声に、思わず喉から声を漏らす。
「人を亡命者呼ばわりするな!……んでも、正直ちょっと、ほんのちょっとは怖い。だからくれぐれも口外はしないで欲しい。」
気づくと彼女は、フードさえも完全に外して、素をさらけ出していた。
おそらくは向こうの孤児院で、粗末な扱いを受けていたのだろう。
服装と彼女自身の鋭い反応が、ネクト郷の過酷さを物語っている。
「そんなの言うわけないだろ。君の気持ちが嫌でも分かるんだ────」
「また出鱈目言って!一時的な優しさであたしたちを落としたあとはもう、塵みたく扱うんでしょ!」
フラッペさんの善意に対して、とてつもない被害妄想を語る少女に、掛ける言葉が見つからない。
しかし、フラッペさん自身もそんなことで諦めるような人間ではないことくらい知っている。
「自分も孤児院の出でね。いやぁ、あそこって辛いよね。名前もロクに呼ばれやしないし、何よりご飯がまっずいんだよねぇ。」
少女は、乱雑に千切れたローブの裾へ手を引き込みながら黙ってきょんとする。
「君の身を案じるくらいなら、自分は自分の身を守ることにするよ。何せ、孤児院の出の自分からしたら、誰に何されるか分からない怖さとご飯のまずさを思い出させられるのは困るからね。」
フラッペさんの言葉は遠回しに、屋内へ入るよう促しているよう捉えられた。
そして彼の、絶妙な語り掛けが功を奏したのか、少女は逃げるどころかフードさえ外して此方を覗いている。
腕を前に組んで、尚内股気味の立ち姿からは、まだ躊躇があるものの、事情を汲んで欲しい、あわよくば匿って欲しいといった意思が心做しか感じられた。いや。目つきを見ればわかる。一言一句違わないはずだ。
「頼む、お嬢さん。自分らに、手間かけさせてくれ。」
少女はまた俯いて、このときだけ従順に動じた。
◆─匿う
「こりゃまた大胆な服装だね。」
少なくとも相手は女性なので、フラッペさんはせめてもの気遣いで少女に語り掛ける。
「あの、別に嫌ならあたしなんか放っておいてよかったんですけど。てゆうか、変に気遣われるくらいだったらそこらで野垂れ死んだほうがまだマシ……。」
亡命者、加えて孤児院の出ということもあり、自己肯定感など無論皆無に等しかった。
「自分らが匿いたかったからそうしただけで、別にお嬢さんが気にする必要は無用だ。しかし、そういうときはありがとうって言葉を使うのが最もらしいよ。」
彼は出鱈目なんて言わない。本当にそうだ。
”ありがとう”、この言葉より長けているものはない。
しかし厳しい環境で育つと、その言葉さえも自然には出ないのは結果として付き物である。”ごめんなさい”で精一杯なのだろう。
しかしフラッペさんがそれ以上話しかけることはなく、数十分の時を刻む。未だ少女は俯いているだけ。
彼なりの親切心なのだろうが、正直これでは少女を匿うどころか、客観して見れば誘拐しているのと同義だ。
何かしら、小さな話題からでも少女の気を引こうと為す術を考えていたとき、最初にフラッペさんは動いた。
「ったく。しょうがないってものだ。今から自分が、かの有名なバリスタであるこのフラッペが、後先考えないリリーナと亡命少女に珈琲を入れてあげるよ。」
彼は自身の裾をたくし上げ、カウンターに掛かっていたエプロンを取り、何回か振って自身の腰に巻いた。
「あの、それ。エプロンとしての役目成してますか。」
「モチベーションだよ。好きなものが近くにあると沸きでる力ってあるでしょ。」
彼は背を向け、一切振り向くことをしないでカウンター内側へと歩く。
そして、戸棚から珈琲豆を出すところから、慣れた手つきでクローさんと同じ一通りの工程を踏み、再び昼とおなじあの薫りが鼻を幸せにした。
「二人とも、流石に今日は一杯で我慢しないと眠れなくなるからね。」
フラッペさんは、出来たての珈琲をまず少女のいるカウンターに上げてから次に私に差し出した。
「時間も時間だし、それなりの罪悪感を感じる。」
私は、隣で珈琲に口を付けようとする少女を横目に一言、そう発した。
「あの、珈琲と言え、見ず知らずのこんな塵に、ここまで手を焼いてもらっていいの……?」
次いで少女は、か細く消え入るような、負い目を感じる声色でフラッペに、そう問いた。
夜はさらに更け、私はまだしも少女の表情と言え、発言が此暗い部屋の中で深刻みを増させる。
そんな二人の渋い顔を見て、何を思ったのかフラッペさんは口角を微妙に上げ、カウンター内のブラインドを全開にした。
「うぐ、急に明るくなると、目には悪いんですよフラッペさん……。」
縦長の小窓から、あと数日で満ちそうな月が此方の状況を察して光を灯す。
「そうそう。目に悪いといえば、リリーナの服って全身真っ白すぎて横に歩いてて目に悪いんだよねぇ。こんな自分が言うのも何だが、明日、いや今日か。服でも買いに行こう。勿論、お嬢さんも。」
「…………すごく失礼言って悪いけど、匿ってもらってるあたしの気持ちも汲んでよ。……図々しくなんかでき────っ」
「こっちこそ図々しいけど、君が何かを欲したまたは、語ったとしよう。それを自分らが糾弾すると思うか?」
フラッペさんは、如何にも少女の全てを理解したかのような風格でカウンターに二の腕を置いて言った。
「そんなの、過ごしてみないと分からないでしょ。それにもし、貴方たちがあたしに対して悪い印象を持ってなくても、あたし自身が糾弾されて、煙たがられていた質だから当然、好かれやしないとか思ってる。」
少女はフラッペの淹れた珈琲から反射して見える月明かりへ意識を向け、現実から逃避するようにまた、自身を責めた。
「そっかぁ。お嬢さんの価値基準って、他人から好かれるか好かれないかなんだね。だとしたら、今の君に価値はないかもなぁ。」
「ちょ、ちょっとフラッペさん?!なんてこと言ってるんですか!」
両方面倒な性格をしているせいで、私自身対応に呆れる。
ギルドで同じことされたら、仲介料だけ取って昼休みにでも入っているだろう。
「……っ!……ですよね。そうだと思いました。やはり人の善意に浸るものではない。良い防寒になった。……ありがとう。」
少女ももはや投げやりに反応して、珈琲一杯さえ飲み干さずにその場を後にしようとする。
「やけになるってことはさ、自分で認識している自分の価値を否定されたことに傷ついたってことなんだよ。お嬢さん、いいや───────シャゼラ。君も、自分の価値基準を満たすことの難易度を下げてみたら少しは前を向けるんじゃないか?」
フラッペさんの言葉巧みさは、かの有名らしいバリスタとしては百点満点と言わざるを得ない。
ところで、”シャゼラ”って何だろうか。
少女もフラッペの言葉は深く刺さったのだろうが、おそらくその”シャゼラ”という単語単体に対して首を傾げている。
「お嬢さん。君の新しい名前だ。」
「───────、え。いやいや、いくら良い台詞決めたって、フラッペさんに命名する権限なんてないですよ。元の名前があるだろうし。」
指を弾いて堂々と言うが、少々調子に乗りすぎたのだろう。
「元の名前なんてないだろ。ネクトはクラリアートの中でも、名を知れた交戦区域かつ貧民街だ。」
「名前、か。思えば考えたこともなかった……。」
「ほら、だから言ったじゃないですかフラッペさん。それも、女の子ですよ。子どもですよ。そんな子の心を抉るようなこと言うのやめてください。」
私は自身の鼻根を掴んであえて呆れるよう言った。
しかし、ふとカウンターの椅子を回転させて少女の顔色を伺うと、なにやらそっぽ向いて呆れを感じる苦笑を魅せながら、右手は人差し指と中指を立て、左手は開ききった体勢をとって何かを籠った声で言った。
「一応、二五でーす……。」
私たちは、当たり前のように腰を抜かした。
「すまない。子どもかと思って優しくしてたが、あまりに良い年齢過ぎる。その性格はキツイかも。」
「そんなの知らないよ……勝手に決めつけてたくせに都合が良すぎでしょ。」
少女─────でなくて女─────でもなくて、シャゼラは、心臓さえも抉る痛い返しを平然とする。
これを、心を開いてくれたと喜ぶべきか、それとも面倒な仲間が一人増えたと憂うべきかは微妙な点ではあるが、口数が増えたので一旦良しとする。言われてるのはフラッペさんだけだしね。
「それで、”シャゼラ”を受け入れるつもりはあるか。」
フラッペさんは、腰に巻いたエプロンを脱ぎ、丁寧に畳みながら彼女に、そう問いた。
「……はい!あたしはシャゼラ。リリーナ=シャゼラだから!そこのとこよろしく、おねがい。」
「なんと感動的、と今喜び、感涙しようと思ったところなのだが、生憎そのファミリーネームは自分のではないぞ。」
「二人って、夫婦じゃなかったの?」
──────────。
「お、おいなんてこと言うんだ?!あとリリーナ、君は吹いた珈琲ちゃんと拭いておけよ!」
「今のは予測してなかったし、しょうがないでしょ!拭いておきますけど……。」
ジャゼラの純粋で無垢な発言は二人の咎め合いを生むが、この重たい空気に終止符を打った。
「普通に、ミスった。」
そして最後には、シャゼラがあざとくそう言って魅せたので、ひとまず彼女の件に関しては一件落着と言うべきであろう。
「よし、リリーナ。今はこの、可愛いシャゼラに免じて自分がカウンター周りを拭いておく、吹いておいてあげるから、シャゼラにシャワー浴びせてあげてくれ。」
「シャゼラって名前は決定したんですね。んん……、流石に疲労で動きたくないって脳も言ってるので、すこーしだけ横になったら行きますよ。」
私はそう、言った後に旧フラッペさんの部屋にて横になるはずだったが、翌日の昼まで起きることはなかったそう。
「シャゼラぁ、言ってやれよリリーナに。あたしの方が疲れてるんだよってさ。」
「寝顔が可愛いから許す。」
「シャゼラらしくないな。」
「あたしのこと何も知らないくせに。知ったかぶるなばか。」
「名付親に、もう反抗心か。服買ってやらないぞ〜。」
「ごめん。フラッペ……さん。」
対してフラッペとシャゼラは、ほぼ脊髄反射のような会話を続けながら互いの”らしさ”を認識し始めたところで、寝に落ちてしまったようだ。
『この人たち性格に難がありすぎて、集結させるのに時間かかっちゃったぁ。─────でーも、揃ったことには始められる。”レイターヒーロー戦記”、物語はままだ始まったばかりだぁ。待っててね、ステア────。ステア────。ステア────。』
◇ ◇ ◇
「よいっしょ。…ってて、座るとやっぱ傷口に触れるなぁ。すいません、お願いします。」
栗皮茶の、波を模した木目の壁を前にボクは座った。
時は一旦、一日と少し遡る。
ボク────ファリスはリリーナ、及びフラッペを見送った後、ランジュー街ギルド職員からの事情聴取に巻き込まれていた。
細身の人間に何者かが取り憑いて癇癪を起こしたことにより、数十人の怪我人が出た。ここ数百年の年月を遡ったとて、そんな記録は何処にも一切記されてはないので、取り憑かれた当の本人もそうだが、ギルドの職員もそれを聞いて、唖然としていた。
唯────、今回の事柄に関しては、窃盗や詐欺などの事件と比べても放ってはおけない部分もある。
「ファリス氏、経緯は何度も話してもらってんで理解できるんすけど、まずそんな魔法が存在しないっすわ。俺ん頭がわりぃだけかも知れねっすけど。」
「いや、君の頭は悪くない。と思う。確かにこんな魔法は存在し得ない。」
「そこは断言してくれねーと困るっすけど。」
ランジュー街ギルド職員の雑な敬語に、学がないとか心の底で思いつつ、ボクはボクの知識内でその魔法が存在しないことをきっぱりと言い切った。
そう、『魔法』は存在しないのだ。
人間に取り憑いて暴君と化す術。正しくは、暴君なのはそれを使って身体に取り憑いた元の存在ではあるが。
それが魔法でないなら、一体なんだというのか。
答えは単純だが、さらに謎の深みは増すだろう。
昨日は一旦、ボクへの事情聴取はそれで終わった。
余計な情報を取り入れて場に混乱を齎したくなかったのか、将又単純に面倒だったのか、まぁそんなことは知る由もない。
それにしても、意外と思っていたよりも早く聴取が終わった。
しかしボクは行く宛てが病室に戻るくらいだったので帰り掛け、あることを調べようとギルドの図書館を始め、ランジューの街中の本がありそうな場所をもたついた脚で徹底的に回り歩いた。
隣街が大都市のクラリアートとは言え、此街はクラリアート産業の二次生産を半数ほど受け持っている為、他領との貿易も栄えている。故に貿易経路としての大通りが多く整備されている為、何処へ行くにしてもその道を遠回りせざるを得ない。
本当、そこにあるのに遠回りしなければならない状況だらけで不便だった。森林ひとつ挟んで隣ってだけなのに、クラリアートとはまるで大違いだ。
馬車の爆破に巻き込まれた際の軽く抉れた傷口を押さえつつ、落ちる陽の中でボクは只ひたすらに歩き回った。
そうして完全に陽は落ちきり去英時を回った。ランジューの時刻案内は、民衆に帰宅するよう促すものだったので、ボクも退勤し帰宅する民衆に流れるよう病院へと引き返した。
「あ、すみません。すみません……。」
「モタモタ歩くんじゃねぇでよ坊主!」
「……っすみません傷を負っていて。」
ボクがもたつきながら歩いていると、わざとなのか、或いはかなり急いでいるのか、何十歩間隔でぶつかった人に文句を言われた。
坊主って年齢じゃないんだけどと言い返したかったが、此処でエゴを出すのも大分面倒だった為、素直に受け入れた。
そうして孰れ、漸く病院付近の既知の道まで辿り着いた。夜が更け、この辺りまで来ると人集りというものはない。
だからよく響く、聞こえたんだ。不意にもあの声が。
「だぁーらぁー、裏光!倒したっつってんだろ。そもそもご存知でねぇ感じか?本部にさえ連絡してくれたらいいんだよ。」
目の前の、ひとつ小さなギルドのカウンターにて悪態をついていたのは、華奢な女だった。
これほどにめかした正装を纏っといるということは、おそらくは貴族生まれだろう。
しかし、この近辺でここまで周りの評判が悪そうな貴族はいただろうか。と、疑問する必要もないか。
この前の奴、今度は貴族の女に取り憑いたのか。
本話もお読み頂き、誠にありがとうございます。
尚、この物語に登場する地域、物品などは現実に存在するものと類似していることがありますが、ご了承ください。
☆を一つ増やしてくださるだけでも、私にとってかけがえのないモチベーションになりますので、是非してくださると嬉しい所存です。
加えて、改善点等ありましたら教えてくださると、私の執筆能力も向上しますのでよろしくお願いします。
◆それではまたお会いしましょう!
【ヒーローは遅れて登場したい!】




