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記憶

 レオは目線ひとつ動かすことは出来なかったが、見える範囲内で情報を集めていく。


―― 何かよくわからない機械がいっぱいある……。シフル村では見たことないけど、あれパソコンってやつ?


 様々な機械類に、コンピュータ、大量の資料の様な紙の束。そんな部屋には白髪の彼以外に三人、いずれも白衣を着た者達だった。


「……博士、今は何をしても反応がありません。混乱しているだけの可能性もありますが……」


 先程から視界の中でよく動いていた、オリビアに似た女性が、奥にいる中年男性に話しかけた。


「……ここまで来て「失敗しました」等と言える訳がない。それはわかっているだろうな。すでに髪色にエラーが発生していると言うのに……。まあ、いい。身体検査を先に進める。レイチェル、お前はこいつ……No.666の意識をハッキリさせる手段を考えろ。脳は完成しているんだ。理解出来ないなんてことはないだろう」


 博士と呼ばれた中年男性が、鼻をふんと鳴らして吐き捨てるように言った。

 オリビアに似た女性、レイチェルは眉尻を下げ小さな声ではい、と応えていた。


「コーイチ、お前はこっちを手伝え」


 博士はそう言うと、白髪の彼を車椅子に乗せて移動し始めた。その後ろを三人めの人物、コーイチと呼ばれた男が付いていく。

 移動した先で博士とコーイチは白髪の彼を台に寝かせ、頭や手足に器具を取り付けていく。


―― 何? 何されんの? てか、誰? こいつらもこの人も誰?


 相変わらず理解できない状態のレオをよそに、状況は進んでいく。



「心拍、異常なし。……魔力回路も安定してるな」


 モニターを見ながら博士はぶつぶつと呟き、コーイチはそれをメモに記録していく。

 ふいに博士が「ん」と小さく唸った。


「……コーイチ、前の検査記録を見せろ」


「ちょっと待って下さい。……これ、ですね。……何か異常ですか?」


 資料を渡しながらコーイチは問いかけた。


「……少々気になる部分があるが……まあ、まだ出てきたばかりだ。安定していないのかもしれん。しばらく様子を見る。No.666の身体をよく観察しておけ。何かあればすぐに知らせろ」



 不安の残る言葉を残して、レオの視界はぐるりと回り、暗転する。



 気が付くと、目の前に居たのはまたレイチェルだった。彼女は厳しい表情で白髪の彼の体温や脈拍を測っている。

 先程から数日後の様だった。


―― ……急に時間が飛んだ……。これって……。


 ここでようやくレオはこれが白髪の彼の記憶の追体験なのだと気が付いた。


 レイチェルの後ろでは、博士とコーイチが揉めていた。


「……何度も言っているだろう。この実験体No.666は失敗だ。あの方々にこんなもの、見せられるはずがない。……廃棄だ」


「なっ……今からでも症状を抑えることは可能なんですよ!? 廃棄だと決めるには早すぎます!」


 冷たく言い放つ博士と、激昂するコーイチ。その会話に、レオは嫌な予感が止まらなかった。


「症状を抑えた所で何になる!? 完璧でなければ意味が無いんだ! あの方々は王家だぞ! こんなものを見せて幻滅されてみろ! 資金援助を打ち切られたらここは御仕舞いだ!! とにかく、No.666は廃棄とする!! 」


 博士は怒号をとばすと、眉間に深くシワを刻んだ表情で、大きくため息を吐いた。コーイチはそんな博士を睨み付けながら、言い返せる言葉の見つからない悔しさをその瞳に滲ませていた。

 そのやり取りを背中で聞いているレイチェルは、表情をより一層険しくしたが、何も言葉を発することはなかった。



 そこで、レオの視界は電源が切れたかのようにぷつりと暗転した。


・・・・・


「……!レオ!ねえ、レオ!! 」


 レオは自身の名を呼ぶ声で目を覚ました。


「……ここ、は……」


 自分の意思で動かせる視界には、心配そうな顔をしたアテナ、ルシウス、サン、オリビアの四人が映る。


―― ……俺の、体……。戻ってきたのか……?いや、夢だった?


 レオにとって長いように思えた謎の記憶巡りだったが、実際の時間はそう経過していない様子で、傾いていた夕日が丁度沈みきった頃だった。


「大丈夫か? レオ。怪我は……ないみたいだが……バグにやられたのか?」


 ルシウスの言葉に、レオはハッとして辺りを見渡した。場所は移動していない様だが、水と思われるものが何もなかった。


―― ……何で、だ? あの時確かに水に落ちたと思ったのに……。


 髪も、服も濡れた形跡がなかった。


「……水に落ちた様な気がしたんだ。でも、どっからかわかんないけど夢だったのか、な。……俺は大丈夫。あっ、ヒト形バグを見たんだ! それからどうしてこうなったのか、わかんないけど。……足跡が……」


 レオの言葉に、全員が地面を注視した。

 注視してようやくじわりと見えてくる、黒い足跡。


「……靴を履いた、人の足跡……。ヒト形バグの……? ……でも足跡、途切れてる……」


 アテナが地面を見つめながら呟いた。足跡の途切れている場所は、ヒト形バグが蟷螂形バグに襲われていた場所だった。


―― あいつ、やられた……のか?


 レオは出てきた考えを振り切るように、頭を振った。


「まあ、また朝になってから出直そうぜ。今から夜も深まるってのに、こんな黒い足跡を追っかけようなんて無茶な話だ。それに何があったかわからないが、レオも休んだ方がいい」


 ルシウスの提案に、一同は宿へと戻ることにした。



「レオ、お前本当に大丈夫なのか? いったい何があったんだよ?」


 宿へと戻る道中、ルシウスがレオの顔を覗き込みながら聞いた。


「……俺にも何がなんだか。気が付いたらあんな所で倒れてたみたいで」


 レオは肩を竦めながらこたえる。


「ヒト形バグを見た事は覚えてるんだ。けどいつの間にか夢を見てた。……No.666がどうのって」


 レオは言いながら、ふと思う。あの夢はヒト形バグの記憶だったんだろうか、と。人型バグがあの白髪の彼だったとしたら。『実験体』『廃棄』……不穏な言葉の飛び交っていたあの後、どうなったのか、気になっても、それを知る術が今はない。



「No.666……」


「? ……ルシウス?」


 ルシウスは眉間に深くシワを刻んで、そのまま宿に着くまで一言も発することはなかった。


●■●□●●□■●■□●●■


―― くそっ!


 チッ、と舌打ちをしようとして、それすら出来ないことに、ヒト形バグの彼は更に苛立ちを覚えた。


―― 油断した。あんなに記憶を垂れ流すなんて……気分が悪い。


 彼は今、蟷螂形バグからの攻撃でバラバラになった身体を少しずつ集めていた。

 ほんの僅かな油断の隙を突かれ、身体はバラバラ、記憶を覗かれ……不運の連続だった。しかし彼にとって不幸中の幸いだったのは、記憶を覗いたのがレオだったということだ。


―― ……No.666、あいつに……見られなくて良かった。……さっさと身体を再構築しよう。……もう少し慎重に行かなければ……!

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