No.666
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オリビアの案内で四人が来たのは、街の北側。石畳で舗装された街から出ると、木々が群れを成した林がある。その林の中に通り道があり、開けた所へと続いている。
「この街、門とかは無いからどこから外とか決まりはないんだけど、だいたいこの林から街の外って皆思ってるの」
オリビアの説明に、レオはふぅん、と返事をしながら林へと数歩足を踏み入れた。夕刻と言うこともあり、暗い。その暗い中に、何か動くものを見つけたレオは、驚いた声をあげた。
「なあ! アレ、ヒト形バグ……あれ?」
言いながら他の四人がいるはずの場所を振り向くレオだったが、そこには誰も居なかった。
レオは混乱しつつも、ようやく見つけたヒト形バグを見失うまいと視線を戻した。
以前はヒト形バグが動く度にジジジ……という何とも言えない音がしていたのだが、今はそんな音は聞こえない。それだけでなく、以前と変わらず真っ黒のシルエットだけだというのに、姿が前よりも詳細にわかる。ルシウスよりも少し背丈は高く、体格から男の可能性が高い。
―― ……馴染んできてる……。
レオはふとそう思った。
ヒト形バグは林の外へ、街から離れる様に歩きはじめた。その後をレオは少し離れて着いていく。またバグを召喚されると困るので、見つからないようにしていた。
ふと、レオは地面に何かあることに気付いた。それは黒い足跡だった。それはヒト形バグの足下から続いている。
レオはヒト形バグが今足跡を付けて歩き始めた事から彼が自分に気づいているのか不安に思ったが、振り返る様子もないヒト形バグにほっとした、次の瞬間だった。
ヒト形バグの背後に巨大な蟷螂形のバグが突如出現し、鎌を一直線にヒト形バグに突き刺したのだ。
思わず駆け寄ろうとしたレオの瞳に映ったのは、パチンという破裂音とともに弾けるヒト形バグの姿と、その弾けた一部が自分に向かって飛んでくる光景だった。直後、レオは水に沈んだかの様な感覚に陥った。
―― 何だ!? 池があったのか!? そんなもんなかったと思うけど……!!
レオは池に落ちたのだと思い、浮上しようともがいた。しかし、水面にたどり着くことはなく、次第に体が重く、動かなくなっていく。見える景色も暗くなり、何も見えない。
レオは不思議なことに意識はあるまま、静かで真っ暗な空間で動けなくなってしまった。
静かな空間に次第にゴボゴボゴウゴウという水の音が聞こえ始め、さらにその音の向こうから何か声が聞こえた。
・・・・・
「さあ、つい…実験No.666…目…めだ!!」
それは興奮気味の男の声だった。それが聞こえると同時に、レオの周りから水の感覚が抜けていき、体が更に重く感じた。そして視界に光がさしこんだ。
―― ここはどこだ? 何がどうなった?何で動けないんだ……!?
レオは必死に状況を確認しようとするが、目に水が入っている様で、視界がぼやけていて目の前に人が数人いること以外わからなかった。
目の前にいる数人は、レオの体を診察するように動かし始めた。間接の一つ一つを曲げ伸ばし、立つ、座る等の動作をさせる。その間、レオは体を動かすことが出来ず、されるがままとなっていた。
その後、薬のようなものを点眼され、視界が次第にクリアになったレオは、視界に奇妙な物が映っているのに気付いた。それは白い毛。自分の頭から垂れ下がる髪の毛だった。
―― 俺の髪の毛! 自慢の赤髪が……!! どうなってんだよ……!! ……まさか俺、意識のないまま爺さんに……!?
レオが声も出せずショックを受けていると、レオの意思ではなく勝手に体が動いた。自身の手や体を眺めている。体には大きなタオルが掛けられているが、見える部分だけでも、老人の体つきではない。視線が、ゆっくりと目の前のガラスに向く。そこに写ったのは、レオの知らない、誰かの姿だった。
水に濡れた白髪がダラリと垂れ、鎖骨の辺りまで落ちている。それはレオと同じ年頃に見える白髪の少年だった。ガラスに写った、レオと同じ黄金色の瞳が、こちらを見つめ返していた。
ここでようやくレオは、これが自分の体ではないことに気付いた。レオは意識だけがこの彼に入り込んでいる、というよりは、彼と同じ視界をただ見ているだけ。指一本すら、レオの意思では動かすことができないのだ。
―― ……俺これ、どうやって戻ればいいの? てか誰これ? なんでこんなことに?
レオの尽きない疑問をよそに、白髪の彼を取り巻く現状は進んでいく。
「ちゃんと見えているかしら?」
目の前で白衣を着た女性が手をヒラヒラと振っている。反応を見ているのだろうが、体の主は女性の顔をボンヤリと見つめているだけだった。
―― ……この人、誰かに似てる……。……オリビア?
レオは目の前の女性が、どことなくオリビアに似ていることに気付いた。ただ、空色の瞳のオリビアとは違い、女性は瞳も髪も金茶色をしていた。それに加え、十六歳のオリビアと比べると、倍以上の歳を重ねているように見えた。