オリビア
「……なーあ、俺達、何やってんだろうな」
街の宿の食堂で、レオがテーブルに額を擦り付けながら呟いた。
四人はあの後シフル村からこの街を目指して歩き始めたが、思っていた以上に距離があり街に着いたのは昼過ぎだった。
街は大きくはないが、シフル村とは違い、石畳で舗装され、石の色を基準とした商人や娯楽施設の多い賑やかな街だった。
レオ達は宿の確保をした後、情報収集のために動いていたが何の情報も得られぬまま夜になっていた。
「情報ゼロだよ……。君は何を言ってるんだ、って返されるばっかり……。道にも迷うし」
ヒト形のバグに関しての聞き込みをすると、街の人からの返しはたいてい同じだったようだ。情報はおろか、ヒト形バグのことなど信じては貰えず興味を持つ人もいなかった。
「……俺も見てないから半信半疑だ」
ヒト形バグを見ていないサンも完全には信じてはいない。その為サンはバグの大量発生についての情報収集をしていたが、それもめぼしい情報はなかった。
「そもそもとして、あのヒト形バグはこの街まで来てないってことも考えられるのよね」
アテナの言う通り、ヒト形バグはこの方面に向かっていただけで、この街に来たかどうかはわかっていないのだ。
「そりゃそうだけど、あいつここに来てる気がすんだよな。……俺の勘では」
暢気なことを言うルシウスに、アテナは少し呆れ顔だが、レオは内心ルシウスの言葉に頷いていた。レオもこの街に何かしらのヒントがあるような気がしていた。それもまたレオの勘ではあるが。
「はい、お待ちどうさま」
レオ達のテーブルに、食べ物や飲み物が運ばれてきた。テキパキとテーブルに並べていくこの少女は、どうやらこの宿屋のオーナーの娘らしい。茶髪のポニーテールに空色の瞳、歳はレオ達とそう変わらないようだった。
「お客さん達はどこから来たの?」
手を動かしながら、オーナーの娘はレオ達に聞いた。
「こっから南の方のシフル村」
「シフル村? ってあの小さな所だよね? そんな所から珍しいね」
ルシウスの言葉にオーナーの娘は驚いていた。
このオーナーの娘はオリビア・ヴォルフという名だそうだ。
「さっきの聞いちゃったんだけど、何か情報集めしてるんでしょ?」
オリビアは、宿屋での情報ならわたしに任せて、と胸を叩いた。
「あなたに聞いたってどうせ笑うんでしょうよ。」
アテナが少し警戒して、突き放すようにそう言った。
「笑うって?何か面白いことなの?教えてよ。」
宿屋という人の集まる所で働いているオリビアなら何かしら知っていることに賭け、レオは聞いてみた。
「ヒト形のバグを見た、とかそんな情報ないかな?俺達それを追ってるんだけど」
「……人間形のバグ?何、それ……」
首を傾げたオリビアに、レオは影のように黒いその姿はバグそのものであるのに、それは人の形をしていたことを説明した。
オリビアにも信じては貰えないだろうと思っていたレオ達だったが、説明を聞いたオリビアの口から出た言葉は意外なものだった。
「……それ、何か怖いね。大きさは?バグと同じように襲ってくるの?」
レオ達はこの街での聞き込みで、誰にも信じては貰えず笑われたが、オリビアだけは信じてくれたようだった。
「俺らも一度見ただけだけど、大きさは多分俺と同じくらいだった。そいつ自体は何もしてこなかったけどすぐ見失っちまった」
ルシウスが手を頭の横で振り、自分の背丈と同じことをジェスチャーしながら伝えた。
「でも、そいつの居た所から蜻蛉とか蛾のデカいバグがたくさん出てきた……ってこんな話、信じてくれるの?」
レオがルシウスの言葉の後を繋ぎつつ、オリビアの顔を伺った。オリビアはうつむき顎に人指し指を掛けて少し考えると、真剣な眼差しで言った。
「それがこの街にいるのなら、かなり危険よね……。何とかして皆に伝えるべきかしら……」
呟くような一言だった。
「この街の方角にそれが向かっていたのを見ただけよ。まあ、今日聞き込みをした感じだとここには居ないようだけど。……それでも明日もう少し情報収集を続けるわ。情報ゼロだもの」
アテナの言葉にレオ達はうんうんと頷く。この街にヒト形バグが居ないにしても、情報がないこの状態ではどこへも行くことが出来ない。
「そう……」
オリビアはこの街にヒト形バグが居ないであろうことに少し安堵した表情を見せたが、すぐにまた顎に人差し指を掛けて何かを考え始めた。
「……東の、中央噴水広場の東側の道具屋には行ってみた?あそこは街の外から来た人が結構出入りするの。街の周辺の情報がわかる人もいるかも」
オリビアはそう言うと「それから」と言ってさらに街の様々な事をレオ達に教えた。情報の集まりやすそうな店、街人のよく集まる場所、バグの出現履歴の書かれた掲示板の事など、今のレオ達にはもってこいの情報だった。
「……あ、ありがとう!明日行ってみるよ!」
レオはオリビアが信じてくれたことを心底嬉しく思った。
「私……明日、宿の手伝いはお休みなんだけど、予定がなくて暇だったの。せっかくだから案内しようかなって思うんだけど……どう?」
オリビアの提案に、レオの顔がパッと明るくなった。
「……ありがとう……!正直言ってまた道に迷うかもって思ってたんだ……!!」
道に迷ったのはレオだけだったということを、他の三人は黙っておいた。
「こっちが中央噴水広場。それでこっちの……」
翌日レオ達はオリビアの案内で街を歩いた。言っていた道具屋や、狭い路地の先というような、外から来たレオ達ではわからない所まで。
「待ってよ、オリビア!」
街を歩く間、オリビアの隣にアテナがくっついていた。それは端から見ると仲のいい姉妹の様だった。
シフル村は人口が少なく、アテナにとって同年代といえるのはレオ、ルシウス、サンだけで、アテナと同性の同年代はいなかったのだ。だからこそ昨日は警戒していた。しかし今日一日を過ごすうちに同性同年代ということもあってかなり仲良くなったようだ。二人は傍目から見れば姉妹の様にも見えた。
四人とオリビアで情報を探していたが、何も得られないまま気付けば夕方になっていた。
一行は中央噴水広場に戻り、レオ、ルシウス、サンの三人は近くのベンチに座り込み深い溜め息を吐いた。アテナとオリビアは、サーカスの宣伝としてピエロが配っている風船を貰っていた。さすがにただの風船に喜ぶような歳では無いはずだが、アテナはピョンピョンと跳び、銀髪を揺らしながら喜んでいた。
「情報なしか……」
跳び跳ねるアテナに合わせて、浮かんでは沈む風船をぼんやり見つめながらレオは呟いた。
「そんな顔しないでよ!ほら、宿の夕食の時間まではまだあるんだから、街の外側を少し見に行こうよ!皆が入ってきたのと反対の北側に案内するから」
疲れた顔のレオたちを励まそうと、オリビアが明るく言った。
「……そうだな。ヒト形バグがこの街に来たとは限らないし、僅かでも何かしらの痕跡が見つかればなあ……」
オリビアの提案をうけ、ベンチに座り込んでいたルシウスたち三人は腰を上げた。オリビアの案内で四人は街の北側へと向かい始めた。
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レオ達がヒト形バグと呼ぶそれは、地図を眺めて溜め息を吐いていた。
―― ……遠い。何故こんなに遠いんだ。
ヒト形バグの目的、それはある人物を特定の場所へと向かわせることだった。その人物が自分を追いかけて来ていることは感じていたが、目的地までの距離や、自分のするべき事を考えると時間がかかりすぎる事を不安視していた。
―― 彼らの歩みに合わせていたらこっちが辛くなる。……足跡でも付けていくか。
ヒト形バグは以前はぎこちない動きをしていたが、今では少しずつ円滑な動きをするようになっており、耳の聞こえも大分良くなってきていた。
『No.ZERO……影響が……………!』
しかしヒト形バグの耳には時折"あちら側"の声が聞こえていた 。
―― ……No.ZERO? ……それは……。
そしてその"No.ZERO"と言う言葉は、気を取られたヒト形バグに一瞬の油断を生んでいた。