布石
「……あいつ、追って来いって言ってたよな。会話が可能ならバグをもっと何とか出来る方法を知れるかもしれない」
レオは、バグの神出鬼没という事や人を襲う事、それらの意味や理由を知りたかった。
「ちょっとレオ!? まさかあれを追いかけるつもりなの? バグを呼び出してくる得体の知れないものなのに!? バグの親玉かもしれないのよ!?」
アテナが焦ったようにレオを止めようと声を荒げた。先ほどもしたようなやり取りだが、レオの心は決まっていた。
「俺はもう、バグに何も壊されたくない」
そう言ったレオの頭に浮かんでいたのは、バグによって潰された故郷のことだった。燃える世界をバックに何体ものバグ、そして大きな羽と八本の脚を持つ巨大な影……。忘れてしまいたいとは思うものの、これだけは脳裏に焼きついて忘れられなかった。
「シフル村の皆までバグに潰されたら俺は……」
耐えられない、という言葉をレオは言えずにのみ込んだ。
「でも……でもあれを追いかけている間に村に何かあったら? 誰かが傷付くかもしれないし……」
「でも今まであんな、ヒト形のバグなんて見たことなかった。これから先また現れる保証もない。今だけのチャンスかもしれないんだ!」
アテナが必死で止めても、レオの意志は固かった。
「……まあ、とりあえず今からは無理だろ。どこまで追いかけるかもわかんねえのに俺ら手ぶらだ。それにもうじき夜になる。一旦帰ろうぜ」
ずっと黙っていたルシウスがそう言ってレオとアテナの肩を叩いた。レオ達はとにかく帰ることにしたのだった。
しかしレオはヒト形バグを追いかけるのを諦めてはいない。あれの姿を見失った方向に進めばまた見つけられるという、根拠のない自信があった。
「行くんだったらまた夜が明けてからだな。」
帰り道、ルシウスが提案した。
「ルシウスまで行くつもりなの!?」
相変わらずアテナは追いかけるのを反対している。
「ああ! なんたってレオは俺の弟分であり親友、いや相棒だからな!」
ルシウスがにかっと笑って言い放ったその言葉に、アテナは唖然として、その後ため息をつくと、後はずっとムッとした顔で何か考え込んでしまった。
「……俺は絶対あいつを捕まえる。それでバグが人を襲う理由とか、出現するときの予兆とか、聞き出せるものなのか分かんないけど……。そういうことが分かればバグにもっと対処しやすくなるはず……だろ?」
レオは同意を求めてルシウスを見た。レオの黄金色の瞳に映ったルシウスは、ただ笑ってレオの背中を軽く叩いた。
ルシウスは、自分の言っていることが正しいのか不安だ、とでも言いたげな表情のレオを安心させようとしたのだった。
三人はそれぞれの帰路につき、レオとルシウスは旅支度を調えて明日の朝また落ち合うことにした。
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家に着いたルシウスはふと、レオと出会ったときのことを思い出していた。
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四年前の、ルシウスもまだ十三歳だったある日のことだった。
村の外で倒れていた子供が診療所に運ばれたという噂を聞いたルシウスは、何の気なしに見に行った。
村の小さな診療所を覗くと、村人たちの中に見慣れない子供が一人いた。それがレオであった。少し黒みがかった赤い髪から覗く、黄金色の瞳。
ルシウスはふと、何か得体の知れないものを感じた。それはあの黄金色の瞳になのか、レオ本人になのかはわからなかった。
その後レオが修復魔法を使えないことが分かり、同じく修復魔法の使えない者同士としてレオ、ルシウス、アテナは仲良くなった。
シフル村は小さな田舎村なので、同年代がこの三人に加えてサンしかいない。よく四人で行動していたが、サンは村長である親の手伝いでよく抜けることがあった。そんな中、レオとルシウスは男同士ということもあり、親友と呼べるほどになった。
・・・・・・・・・・・
レオがヒト形バグを追いかけると言い出したとき、ルシウスは唐突に、レオの背中を押すべきだと感じた。深い理由があったわけではない。
しかし後から考えれば、一緒に行くと言って正解だったと思っていた。
あの時レオは怪我をしていた。しかしレオにもルシウスにも、それを癒せる修復魔法が使えない。それならせめて、レオが怪我をしないよう戦力として共に行くのが正解だと思ったのだ。
ルシウスは明朝のために準備を調え、休息をとることにした。
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"それ"は、体をうまく動かせずにぎこちない動きをしていた。人の形は保っているものの、体が真っ黒なのもそれの意図しないところであった。
―― 彼には聞こえただろうか、伝わっただろうか。……伝わったとして追ってくるだろうか……。
耳もあまり聞こえず、声も上手く出せない。伝えたいことを伝えられたかどうかも分からず、もどかしい思いをしていた。
『No.1037…目が………いる! ………博士…呼べ!!』
どこかから慌てた声が聞こえた。それは"あちら側"の声。
―― ……うるさい。"こちら側"に集中したい所なのに。
人の形をした真っ黒なもの……ヒト形バグは苛立ちながらも、自分の作業を進める。
―― 追ってきてもらうために、いくつか布石を打っておくか。……ひとつは"そいつ"に、もうひとつは頼むぞ、No.666……。
そう考えるヒト形バグの脳裏には、ある人物が浮かんでいた。
■や●の区切りは視点が変わった際に入れております。
分かりにくかったらごめんなさい!