バグ①
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「バグ! はっけーん!」
赤髪の少年が、軽快な声をあげた。
彼の黄金色の瞳には、大型犬ほどの大きさの、異常なほどに黒い蟻が映っていた。
それは"バグ"と呼ばれる存在であり、影のように黒い昆虫の形状をしているという特徴以外は謎に包まれていた。大きさは様々であるが、小さくとも人の掌よりも大きいものばかりだ。
そしてそのバグたちは、人を襲う。
少年は今、自分達の住むシフル村を見廻り中だった。シフル村は自給自足を絵にかいたような小さな田舎村。村人の皆が顔見知りのこの村で、誰かがバグによって傷つかないために。
赤髪の少年が蟻形のバグに向けて手をかざすと、彼の掌から火の玉が飛び、バクに当たって燃え上がった。
火がついたバグは暴れたが、やがて足を縮めてひっくり返り、チリチリという音と共に炭のようになり、細かくなって消えていった。
「レオ、バグは居たのか?」
バグを倒した赤髪の少年に、後ろから来た黒髪を一つに縛った青年が声をかけた。
「ルシウス! 居たけど今倒した。俺の火炎魔法[ファイアボール]で」
レオと呼ばれた赤髪の少年がどや顔で振り返り、黒髪の青年のことをルシウスと呼んだ。
レオは赤髪に黄金色の瞳を持つ十五歳、ルシウスは黒髪に青鈍色の瞳の十七歳だ。
「お前……いい加減技名考え直せよ」
ルシウスは、どや顔のレオにたいして半笑いで言った。
「俺は分かりやすいのがいいんだよ! 火の玉なんだから[ファイアボール]でいいんだよ!」
レオは口を尖らせて反論した。そんなレオに、ルシウスは更に笑いながら「ダセェ」とからかっていた。
そんな二人の後ろに、黒い影がヌルリと現れた。その影の妙な気配に二人が振り向いた時には、それはもう攻撃体勢をとっていた。
「うおぉっ!」
驚き、叫び声をあげた二人の目に写ったのは、馬ほどの大きさの蟻形のバグだった。鋭いギザギザの付いた顎が、レオ達の目前に迫っていた。
レオとルシウスは、気付くのが少し遅かった。今からでは攻撃も回避も間に合わない。
―― ヤバい……やられる……!!
レオがそう思ったその時だった。
右側から白く光る球体が飛んできて、バグの顔面に当たったのだ。バグは顔の半分が消し飛んでいる。
白く光る球体の正体は修復魔法[リペア]。
修復魔法というのは、人や物に使えば傷を修復できる魔法だが、バグに対しては大きなダメージを与えることができるものだ。
そしてその魔法は、レオとルシウス、それからもう一人を除いて全員が使える。何故かレオとルシウスともう一人の合わせて三人は修復魔法を使うことが出来なかった。
その代わりというように、三人はそれぞれ火炎、雷、水の魔法を使うことが出来る。逆に修復魔法を使える人々は、それ以外の魔法を使うことが出来ない。
「無事か、二人とも」
先ほど修復魔法を使ってレオ達を助けたのはサン・シフルという深緑色の髪の青年だ。シフル村の村長の息子の十六歳だ。
「サン! 助かっ……わっ!」
レオは礼を言いかけたが、先ほどのバグが、残っている部分でまた襲いかかってきた。しかしダメージを負った分動きが鈍っているのか、レオ達は今度は回避出来た。
「とにかく、こいつ倒すぞ!」
ルシウスの声に、レオとサンは頷くと、一斉に魔法を浴びせかけた。
ルシウスの放った雷魔法[藤黄の網]がバグの体にまとわりつき麻痺させる。そしてレオの火炎魔法[ファイアボール]と、サンの修復魔法[リペア]が麻痺したバグにダメージを与えていく。
さすがに三人が相手では、バグも一瞬で塵になって消えてしまった。
「はぁー……。サン、ありがとう」
改めてレオはサンに礼を言った。
「ああ。二人とも、もっと周り見ろよ」
サンは無表情で少し肩をすくめた。いつものことではあるが、サンはあまり感情を顔に出さない。
「いや、さっきまで居なかったんだっての。急に出てきやがった」
言い訳のようにルシウスは言うが、実際その通りだった。バグは神出鬼没であり、いつの間にかそこにいる事がほとんどだ。
いつ、どこで、誰が、何が襲われるかわからない。
「俺は見廻りに戻る。そういえば、お前らのことアテナが捜してたぞ」
サンはそう言って軽く手を振ると、村の見廻りに戻っていった。ここ、シフル村は小さな田舎村だ。バグにすぐ対処できるように、レオやルシウス、サン、それに村の大人達が順番に見廻りをしている。
「アテナ、何の用だろうな?」
遠ざかっていくサンの背中をぼんやりと見ながら、レオが呟いた。
「……さあな。思い当たる節は……ねぇな」
ルシウスとレオはそんな会話をしながら、アテナを捜した。アテナとは修復魔法の使えないもう一人、水魔法を使う十四歳の女の子だ。