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リラ=フリージアの残り火

作者: 叶奏



 やっぱりやめておけばよかったのだ。

 後悔が汗となって滴り落ちる。


 降っていたはずの雨はいつの間にか止んでいて、ぜぇぜぇ息をする音だけが響いていた。




 憧華(しょうか)は世界を救うために呼ばれた勇者だ。


 けれども今は、世界で二番目のお尋ね者。

 一番目は憧華が別の世界から呼び出されるきっかけとなった、世界を滅ぼそうとしている魔王である。


 お尋ね者になった理由は単純。

 憧華が火を操る女性だったから。


 六十年ほど前、火の魔女という災厄級の女性がいたらしい。

 その人のせいでこの世界の人々の火に対する恐れ具合が跳ね上がった。火の魔法すべてを禁術扱いとしてしまうくらいに。


 今も、憧華に突き刺さるのは救ってくれてありがとうの視線ではなく、恐れ慄き、憎しみ溢れ、烈火の如き恐怖がふんだんに込められたそれらである。


 やっぱり、間違いだったのだ。

 憧華はギュッと唇を噛み締める。

 思わず助けるために抱き留めた、今も胸のなかにいる女の子だって、さっさと自分から離れたいと思っている。

 じゃなければ、強くは触れていない憧華にもわかるくらい、震えている、その理由に説明がつかないから。



 こんなことなら、勇者になんてならなきゃよかった。



 勇者に憧れた理由は、憧華と同じく転移プログラムを用いてかつていた世界を救ってくれた勇者がいたから。

 いつか自分も勇者になって、彼みたいに人々を救うんだって、思っていた。


 こうやって怖がられるために勇者を目指したわけじゃない。

 喉元を通り過ぎていくのは、やるせなさで固められた苦い息の塊で。

 ふと視線があった女の子の母親の瞳が、極悪の存在に対して、けれどはやく娘を返してほしいって訴えていたから、憧華は足を引きずり歩きだす。


 女の子の母親は、自分の娘を憧華からひったくるようにして抱えこんだ。


 思わず乾いた嗤いが洩れそうになった。


 私、勇者なのに。


 今だって、この村を救った、英雄なのに。


 ああもう。

 ……こんな世界。壊しちゃおうか。


 小さな小さな女の子にすら恐れられるのだ。怖がられるのだ。

 そんなのもう、勇者じゃない。

 ただの化け物とでも言えよう。


 転移プログラムがあるとはいえ、一度世界を渡った人間はその魂の耐久値ゆえに二度と他の世界へは渡れない――すなわち、元の世界には戻れない。

 だから、憧華に逃げ場はなかった。


 どちらにせよ、もうこの村にはいられない。


 こんな世界滅びちゃえとか思っていても、けれど私は勇者だしと心のどこかが言い訳をしている。



 次はどこへ逃げようか。

 すでに魔王によって占拠された土地で、魔王にも見つからないようひっそり自給自足をしていった方が安全なのかもしれない。自給自足なんてできるかどうかわかんないけれど。


 重く沈んだ心を抱え、憧華は女の子と母親に背を向ける。

 いっそのこと、ここで襲われ死んだ方がマシなのかもしれない。力のない人の攻撃を、今来ている戦闘用にと転移プログラムの責任者から渡された服が通すとは考えにくいが。

 それにもかかわらずその服を脱ごうと思えないのは、やっぱり死ぬのは怖いからで。



 ふと、後ろから力がかかる。


 服の裾が引かれている。


 何かと思い振り向くと、憧華の救った女の子がふるふる震えながらもこちらを見上げていた。



 女の子は小さく息を吸う。





「ありがとう、おねぇちゃん」





 えっ、と憧華の口の端から溢れた音は、果たして届いたのか。

 真偽のほどは定かでないが、それでも脳裏を駆け抜けるかつての憧憬があった。

 女の子のたったの二つの、されど一組の密かな感謝といつか自分もこうなりたいって憧れる光を宿した瞳に、かつての自分が重なる。



 こんな世界、なのかもしれない。

 勇者であることすら否定してくるふざけた世界だ。


 それでも、……――否。

 だからこそ。


 己が救いの炎で燃やし尽くすのは、アリかもしれないと。憧華は口角を上げる。


 雨の止んだ地面に一粒の雫の分だけ、染みができていた。



 ご読了、ありがとうございました。

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