日誌
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通路は壁面照明の輝きで、遥か先まで明るく浮かび上がっていた。天井には、間隔をおいて換気装置のスリットが並んでいる。白い樹脂の壁に矢印が表示されている。長く伸びた通路だった。
男は、やや疲労した足取りで、その通路を歩いていた。どこまでも続く白い空間は、静寂につつまれていた。壁の窓が見えてきた。男は、その窓の前で立ち止まった。
透明の仕切りのはまった、その窓の向こうに広がった視界には、シダ類の繁茂した湿った森の中で、縮んだ前足を持った肉食恐竜が鋭い眼光を光らせていた。通路は遮音されていたが、牙を出した獣の咆哮までもが聞こえてきそうだった。
男は、少しの間、その太古の生き物の姿を見つめていたが、腰のベルトに装着された端末機の電子音が鳴ったのに気づき、また通路を歩きだした。
規則的に鳴る電子音は、男が目指しているコントロールセクションの機能が保たれていることを示していた。
また壁面に窓が見えてきた。近づいて、窓からの視界を確認すると、灰色の海の上の水面近くを一匹の翼手竜が滑空していた。
海は再現された白波を立てて、水中生物を養っていた。翼手竜も肉食恐竜も、遺伝子工学の先端技術で再生された貴重な種で、太古を回顧する唯一無二の存在だった。
遠い過去の地球環境を再現したセクションは、窓から観察するかぎり、視覚のトリックを用いた空間認識の錯覚で、広大無辺に感じられた。
男は、再び歩きだした。その窓を離れると、やや距離をおいて、今度は大きめの窓が三つ並んでいた。
見ると、三つの窓の外には、漆黒の闇の中に、煌めく銀河の無数の星が光を放っていた。ひとつひとつの輝きが空間の拡がりと、膨大な距離の隔たりを実感させる。
男は、コントロールセクションに入った。自働管制装置の緑のスイッチが点滅していた。男は制御卓の前の座席に掛けると、核融合ロケットエンジンの加速データをモニター画面に呼び出し、加速率を装置に計算させた。
制御卓の中央の画面には船の後方をとらえた画像が映っていた。
太陽は、すでに遠くの背景となっていた。
それまで四十六億年先の話だと、定説となっていた、この恒星の終末は意外にも天文学的スケールで表現すれば、ごく近い将来の出来事になることが明らかになったとき、地球の全人類の希望は新たな星の世界に向けられた。
脱出船が準備され、地球文明と生命の痕跡、さまざまな種はいくつもの船に分散され、惑星から飛び立った。
……男は、画面上に日誌を開くと、旅はまだ最初の道程だ、と記入し、少し考えたのち、目的地アルファ・ケンタウリ、と表記した。
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