大好きな、ミモザの貴方へ
猫屋ちゃき様企画の「片想い男子企画」に参加させて頂きました。
楽しんでいただければ幸いです。
ずっと、後悔していた。
美しい花嫁衣裳に身を包み、隣国へと嫁ぐ貴方を馬車で見送った朝のこと。
海に面する部分が広い我が国らしい、海からの朝靄にまだ街が包まれている時刻。
太陽の光もまだ雲の中だったのに、旅立つ貴方は、光輝いていて。暗闇に照らされた、一条の光だったから。今にも消えゆきそうで、名残惜しくて。ずっと手を離せずにいた。
「殿下」
何度も何度も侍従に促され。
最後通牒として、御兄様がたがそろそろお目覚めの時間です。
そう言われて、仕方なく、手を離した。
皇太子である長兄の、婚約者だった貴方が、婚約破棄されて。
大好きだったお姉様が、義姉ではなくなると聞かされたのは、一つ年上の次兄からだった。
一つ年齢が違うだけで、夜会に参加できていた次兄は、一部始終を見ていて、辛かった…そう溢していたけど。
もしも、僕が十五歳で。
夜会に参加出来ていたなら。
淑女の鑑と名高い貴方に、婚約破棄を告げた兄など、罵倒し、すぐに跪いてプロポーズをするか、手を引いて、走って逃げ出して、二人だけの世界へと連れ去ったのに。
御兄様に酷い仕打ちを受けた貴方に、何も出来ず子供部屋に押し込められていた僕は。
こんな早朝に、別れを惜しむことしか出来ない。
「どうか、お幸せに」
片膝をついて、その白魚のような手の甲に、触れるか触れないかの口づけを一つ。
貴方は、儚く微笑んで。
「殿下!膝をつくなどとは!!」
などと騒ぎ立てている侍従に見つからない様にか。僕の方だけを見て、声も出さず、唇の動きだけで。
「ありがとう。殿下も、お幸せに」
そう伝えて、ミモザが溢れる道を旅立っていった。
山というほどでもないが、小高い場所に立てられた王城から見下ろす、街へ続くミモザの道。
朝靄の中では、遠く街までは見下ろせなかったけれど。
ミモザの中を進む馬車が見えなくなるまで。見えなくなっても。
いつまでもいつまでも立ち尽くして見送っていた。
貴方の手を引いて逃げる力のない自分を呪いながら。貴方の幸せを願って。
ずっと、ずっと、見ていた。
「レヴィ。マリアロゼの乗った馬車が、行方不明だそうだ。」
貴方が旅立った日から降り続く雨を心配していたところ、国境付近で土砂崩れが起きた。そう早馬が走ってきたのを、知った。
やきもきと様子を伺えば、長兄のレイが、父上から報告を聞き、対応策に追われ立ち去った後で、そっと、教えられた。
絶望の知らせをもたらしたのは、またも次兄のレジナルドだった。
年子の僕を気にかけているのか。
それとも、僕がマリアロゼに寄せている想いを知っているからか。
はたまた、神童だなどともてはやされている僕への嫉妬心なのか。
レジナルドの思惑は、いつだってわからない。
でも、感情を読み取らせない薄い微笑みを浮かべながら、レジナルドはいつだって、残酷な科白を叩きつける。
「かわいそうだね。」
それは誰が、誰に向ける言葉なのか。
僕なのか。
それとも、行方不明になったマリアロゼなのか。
分からないまま、結局、雨に打ち落とされていくミモザを、ただただ、窓越しに眺めていた。
やっぱり、自分にできることは、何もなくて。
神童だなんだ言われていても、所詮、自分はデビュタントもまだの子供で。
力が欲しいと願いなら、窓の内側の安全なところで、外を眺めることしか許されてなくて。
ただただ、彼女の無事を祈って眠った。
「捜索は打ち切りだそうだよ」
そう告げてきたのは、元婚約者の長兄ではなく、やっぱり次兄のレジナルドで。
爪が食い込むほどに拳を握りしめながら、僕も微笑み返した。
「そう、残念だね」
その晩、僕はデビュタントと同時に、臣籍降下をさせてほしいと父上に頼み込んだ。三人の王子のバランスと、魑魅魍魎が舞い踊る宮廷で、各々どの王子につくか顔色を伺い合っている家臣の増長を抑制することに苦心していた父上は、その願いを何も言わずと受け止めた。
僕は十五の誕生日に、国境沿いの小さな砦を含む辺境の領土を治めることになったと発表され、公爵となった。夜会でその前途を寿がれた後、すぐに領地へと旅立った。
ミモザが散ってから、半年も経った、秋の夜のことだった。
僕にできることなんて、たかがしれていた一年目。
必死に老齢の前辺境伯から、領地の運営を学んだ。
やっと落ち着いてきた二年目。
領土の見回りと称して、国境の境をさまよった。
目的もわからないまま。
彼女を見つけたいのか。見つけたくないのか。
会ってどうするのか。
分からないまでも、それでも、いつか、彼女が見つかると信じて。馬車の道筋を探した。
王都から離れた、国境沿いの荒れた土地。
こんな場所で彼女が生き延びれているはずはないと、どこかで分かりながらも。
馬車も、遺体も見つからない状況では、どうしても諦めきらなくて。
いつか、彼女が見つかったら。その時に、一人の男性としてみてもらえるように。
必死に背伸びをして日々を過ごした。
背伸びは、いつか実になり。
国境の谷と、その谷の底を流れている谷川を監視するような小さな砦に、己だけの城を築く内に、志願して己に集うものが増えてきた。
部下が増えていく僕を危険視したのか、父陛下から、婚姻の打診がきた。
彼女を追いやった、長兄の妃の、妹との婚約だった。
断じて受け入れられないと、選りすぐった部下と共に、父陛下と兄皇太子に元へと向かい、二人に向き合った時点で、僕は気づいた。
武力は、力だと。
そして、自分には、その力があり、恐れられているのだと。
神童と持て囃やされた子の行く末が、凡人であることはままあることだが、自分には当てはまらなかったのだと。
ひとたび魔法を使えば、宮廷魔道師など軽く封じることが出来、剣に関しても人より秀でていた。騎士団長ですら、僕どころか、部下ですら止められないと感じた。
父と兄どころか、国自体ですら、激昂して僕が力を使えば、大半が吹き飛び、そんな圧倒的武力の前では、どれだけの部下が彼らを庇おうとも、無力で。自分が武力で彼らを平らげることが、簡単に可能だということが分かった。
さらに、自分を特別視して集ってきた部下ですら、王と皇太子を弑することだけなら、簡単に可能に出来る者が何人もいた。王都へ抜粋してつれてきたものだけでも、両手に余るぐらいだ。
そう考えると、腐敗臭が満ちる王宮を平定し、愛しい彼女を虐げた兄と兄と結婚した妃共々簡単に統べることもできる。だが、愛する彼女を追い払った彼らにも、国にも、何の興味もわかないので、武力を見せつけながら、婚約を断固拒否するだけして、王宮を立ち去ることにした。
砦の自由だけ勝ち取って。
彼女がいない生で、国をどうしたいという目的も、未来に夢を見ることもなかったからだ。
ただ、彼女が見つかったときに、迎え入れる場所が欲しかった。
四年目。
自由に出来る砦に、彼女が見つかったときのための部屋を作り始めた。
侍女も増やし、部下の何人かが婚姻した。
余談だった。
砦の改装と並行して、兄と、皇太子妃の反応が気になり、王宮の監視を続けながら、彼女を必死で探し始めた。
あの時の後悔を抱えながら。
もっと早く、力をつけ、兄と兄の妃を探るべきだったと、後悔を大きくしながら。
馬車の場所を闇雲に探すのではなく、兄か、兄の妃が彼女に手を下した、その証拠を探し、そこから辿った。
五年目。
彼女の馬車を見つけた。
探して、探して、探した、微かな痕跡。
馬車は壊れて残骸となっていたが、そこには、大輪のミモザの花が咲き誇っていた。
ああ、花に愛された、貴方らしい。
花の道を追えば、小さな修道院。
探し求めた、貴方がいた。
記憶をなくし。
一人の修道女として。
左目にかかるように、顔を縦断する、大きな傷跡。
僕を見ても、何も思い出さない、優しい微笑み。
記憶をなくし、顔をなくし、自分を失った貴方。
それで、いい。
辛かったはずの、王宮のことを忘れたなら、それで。
僕のことも、自分のことも、王宮のことも。
全部全部、亡くした貴方で。
それでも、生きてさえいれば、また始められるから。
「はじめまして、美しい人」
片膝をついて、お辞儀をした。
砦の中に、小さな小さな、幸せの花園。
父も兄も誰も干渉できない。
僕と貴方だけの幸せな。
黄色いミモザだけが揺れて。揺れて。
いつだって僕らを隠してくれる。
ここは、幸せな。
僕の愛する、ミモザの貴方と、二人だけの楽園。
二人にとってはハッピーエンドということで。
お読み頂きありがとうございました。