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探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉  作者: 無軸キリ
フォーブス家の事件
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フォーブス家の事件6

「――ギルバートを、わたくしにくださいませ」

 夕食の席にて。なにかお礼を、と申し出るフォーブス男爵に、マーガレットは食い気味で言った。

「えっ」

「あら、まぁ!」

 面食らったようにフォークが止まるギルバート。夫人は軽く頬を染めて、嬉しそうにニコニコしている。

「いや、そりゃあ歳も近いのでお近付きになれたらとは思っていましたが、うちは貧乏男爵家ですし、大貴族のお嬢様とはなにかとこう、釣り合いが」

 一転して慌てる男爵。

「違う違う」

 顔の前の手を振りながら、ギルバートが口を挟む。

「釣り合いは取れていますのよ。フォーブス男爵はお父様にも気に入られているようですし、男爵家の身分であればなんの問題もありませんわ。ギルバートは家を継ぐ予定は無いのでしょう?」

「つまり、四男のギルバートを、公爵家で働かせたいと?」

「ええ。もちろん今すぐでなくて構いませんわ。わたくし、16になる年に聖ウィンザンド学園に入学予定ですの。その時にわたくしと一緒に入学していただきたいと思いますの」

「聖ウィンザンド学園! いや、あの学校に入学させるほどの資金は家にはありませんので、その」

 男爵が慌てるのも無理はなかった。聖ウィンザンド学園は全寮制の学園で、互いの国の未来を担うものたちの交流の場としての側面もある。厳重な警備を敷かれて運営されている学園なのだ。

 各国の王族、大貴族から高位聖職者の子弟がほとんどを占めるが、一応平民でも入学は可能と門扉は広い。

 だがその金額はべらぼうに高い。大商人や銀行家などならならいざ知らず、一般の平民にとっては雲の上の話だ。

 事実貴族であるフォーブス家でも財政状況により入学困難なのである。

「学費はわたくしの家が持ちますわ。もちろん後で返せなんて言いません。それに公爵家で働くことを確約しなくても構いませんわ。卒業までの3年間、わたくしに仕えてくださればあとは好きにしてよろしくてよ」

「それは、あまりにも光栄な話ですが……公爵様がなんと言うか」

「お父様は説得してみせますわ! ね、よろしいでしょう?」

 両手を頬の横に組みあわせ、小首を傾げてお願いをするマーガレット。たじたじと押され気味の子爵は押し切られんばかり。

「断る理由はありませんが、何故そこまでしてこの息子を。親の目から見てもあまり意欲もなく、呑気に生きてるだけの子どもですが」

 親からこの言われよう。当の本人はいつものやる気がない半目で眉間に皺を寄せている。

 それを見て夫人が笑った。

「うふふふ。では、説得できた暁にはすぐに、ギルバートをお呼びくださいね」

「ありがとうございます! 決まりですわね!」

「いや、俺の意見は」

 マーガレットが嬉しそうに言うと、ギルバートが突っ込む。が、この場に彼の味方は誰もいないようであった。


***


 聖ウィンザンド学園。おぞましい事件が発生する発端となる場所。マーガレットが魔女或いは殺人鬼として不名誉な名を馳せてしまう事になる場所。

 あと4年もすればそこへ通わなくてはならないのだ。入学を拒否するのは難しいだろう。

 だから、マーガレットは味方が欲しかった。自分を信用してくれる人間がいないままあの島へ再び足を踏み入れるなど、想像するだけで恐ろしい。

 ギルバートは前回の人生においてあの場所にいなかったのだから、開始時点で事件に関わりのない唯一の人間となるだろう。

 ……いや、ハンナの本を信じるならばもう1人いることはいる。だが、その人物が味方になるかは今はまだわからない。何せまだ出会ってすらいないのだから。

 何より、ギルバートはマーガレットを物怖じすることなく諌めてくれた。この先当事者として暴走もするであろう自分を、冷静に止めてくれる存在はきっと必要になる。そんな気がするのだ。

「――では、この話を進めよう。粗相のないようにな、マーガレットよ」

「はい、わかりました」

 父へのお願いは交換条件を飲むことであっさり通った。娘が同年代の男を雇おうとするなどと面食らいもしたようだが、フォーブス男爵のことは父も気に入っていることが後押しとなった。なにも寝食を共にするでもない、あくまで娘が学園にいる間の小間使い程度の認識である。

 その代わり、大貴族の子女としての務めは果たせと言ってきた。

 ――アレクサンダー王子との婚約である。

 こんな交換条件を出さなくても、前回の人生においても決まった流れであったが、説得しやすいと持ち出してきたのだろう。

正直いさかいの火種となるであろう王子と関わりたくはなかったが、公爵家の長女としてこうなるのは仕方の無いことではある。

 部屋に戻ったマーガレットは大きくため息をついた。

「今更、そんな目で見られませんのよね……」

 アレクサンダー王子はキラキラとした金髪碧眼を持つ美男子である。眉目秀麗、文武両道の上、優しさと厳しさを持ち合わせる、品行方正で完璧な王子である。

 だから国中の女子の憧れであり、マーガレットも婚約と聞いた時は心が踊ったものだ。

 しかし今のマーガレットは、あの本を読んでしまっている。

 身分違いの恋ながら、ひたむきに王子を愛すハンナ。王子もまた、ハンナを愛した末、悲劇的な末路を辿る。

 どれだけ幸せにくっついて欲しいと願ったことか。マーガレットの存在がどれだけ邪魔で憎らしかったことか。

 ――挙句の果てには彼の死が、マーガレットを処刑台に導くことになるのだ。

「……助けてあげないと、いけませんわね」

 自身の処刑の回避はもちろん、2人の幸せのためにも。

「それに、正式な婚約を結ぶわけではございませんし」

 ぽふ、と枕に顔を埋めながら、わかっている未来に少しだけ安堵をするのだった。


***


 王子との顔合わせは、それからすぐに組まれた。とびきりのドレスを着せられて馬車に乗りお城を目指す。

 先日サンノールへ向かった馬車はあんなに楽しかったのに、立ち並ぶ色とりどりの店を眺めても、ただ憂鬱である。

「お嬢様。なんで俺まで連れてこられてるんですかね」

 マーガレット以上の仏頂面で正面に座るギルバート。側近の護衛や使用人と共に同じ馬車へ押し込まれていた。ちなみに、父と母は別の馬車である。

「あら。お城に行けるなんて滅多にないことですわよ。良かったじゃない」

 実際、ギルバートを連れてきたことは大して意味が無い。マーガレットですら緊張する場所でギルバートがどんな顔をするか、そのくらいの楽しみが欲しかっただけである。


***


「お初にお目にかかります。僕がアレクサンダー・ブライトウェルです」

 紳士的な態度で丁寧にお辞儀をする少年は、12歳にして既にキラキラと輝きを放っていた。眩しすぎると目を逸らしたくなるマーガレットだったが、何とかこらえてスカートの裾を持ち、きちんと挨拶を返す。

「マーガレット・ルークラフトと申します。以後お見知り置きを」

 やっとこ絞り出せた固い挨拶である。なんせ国王もいる席だ。もの凄い緊張感なのに加え、ここの兵士や王の側近は、悪い記憶を呼び起こすのだ。糾弾され、暴力すら振るわれ、ぶつけられた憎悪。

 つ、と流れる冷汗を隠すため、しばらく顔があげられなかったほどである。

「そう畏まらずに表を上げてくれないか。せっかくの美しい顔なのだから」

 そう。王子はこの歳にして既にこうなのだ。キラキラしたオーラに女殺しのセリフをポロリと吐く。天然なのか教育の賜物なのかは知らないが。

 顔を上げてもまっすぐ王子を見ることが出来ず、視線が彷徨う。……が、王妃の足元でスカートを握り、ちょこんと立ってこちらを見上げる視線に目が行った。

 王子の妹、オリビアである。

「……ふん!」

 目が合うと、少しびくりとした後に可愛らしい瞳を細めて、ツンとそっぽを向いてしまう。マーガレットはその仕草に思わず笑みを漏らしてしまった。

「すまないマーガレット。気を悪くしないでくれ」

 妹の態度を見て、困ったような笑顔で言うアレクサンダー。

「いえ、お兄さんが取られてしまうようで寂しいんですわよ、きっと」

 ふふ、とマーガレットは小声で告げる。

「ああいう子が心を開いてくれる時なんて、格別に愛らしいんですのよね」

「へぇ、君にも妹がいるとは聞いていたが、他にも子どもと交流する機会が結構あったりするのか?」

「あ……いえ、あまりないからこそ、かしら?」

 おほほ、と笑って誤魔化すマーガレット。

 実の所マーガレット自身は子どもや小動物の類に興味はなかった。と、いうより苦手な方である。顔つきのキツさから、あまり近寄られないこともあってか、なんとなくマーガレットの方も子どもを可愛いと思えなかった。なんならうるさいし、汚いとすら思っていたのだ。だから、以前はオリビアに対しても生意気なガキと一蹴したものだった。

 だが、立花メグは違う。両親は病気がちなメグのために犬や猫を飼っていて、一緒の生活はとても癒された。可愛らしく大切な家族である。

 そして病棟ではたくさんの子どもと交流もした。色んな子どもがいたがみんな健気に頑張る愛らしい子達であった。

 だから、今のマーガレットは子どもも動物も大好きなのである。

「あらあら、なんだかもう、仲睦まじいわね」

 オリビアに聞こえないよう内緒話のようになっていたからか、すっかり王子との距離が近くなっており、王妃が微笑ましくそう言う。

「うむ。どうだ。食事の時間まで2人でゆっくり話してくるといい」

 王様も頷き、そんな提案をしてくる。

「そうですね。行こうか、マーガレット」

 当たり前のように手を差し出すアレクサンダー王子に、マーガレットは応じない訳には行かない。なんせ王様の提案なのである。

 ちらりとギルバートを見てみると、素知らぬ顔で見送る体制である。

「え、ええ。よろしくお願いしますわ」

 マーガレットは観念して、渋々その手をとった。


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