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探偵令嬢の華麗なる再始動〈リスタート〉  作者: 無軸キリ
フォーブス家の事件
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フォーブス家の事件2

 フォーブス男爵領はサンノール地方の山々に囲まれた、まぁ典型的な田舎町である。

 主な財源は農産物。真面目で勤勉な農民たちが作るサンノール産の野菜や小麦は品質がよく、評判も悪くは無い。だが何せ山が多い土地故に収穫量に難があり、裕福とは程遠い暮らしをしているらしい。

 その上ここ数年は天候に恵まれず、領民は備蓄を消費しながら、ひもじい思いをしているそうだ。

「そんで、自分ちの分まで領民に分けちまったもんだから、育ち盛りの俺たちはいつも腹ぺこで文句垂れてたわけです」

「なんて恐ろしい話なの……!」

「いや、まだ恐ろしい部分に行ってませんが」

「ティータイムにケーキのひとつも出ないなんて……!」

 公爵令嬢から病弱なお嬢様へと、薄命ながらも裕福な暮らししか知らないマーガレットにとって、貧乏話はそれはそれは恐ろしく聞こえた。それゆえの過剰反応である。

「んで、親父は山に行ったわけですよ。食料を探しに」

「あぁ、狩りですわね。お父様もよく大きな鹿などを仕留めてきますわ」

 貴族の趣味として狩りはポピュラーなものだ。切実な食糧不足ならば、実益も兼ねているのかもしれない。

「いえ、山菜採りです」

「男爵自らですの?」

「そういう親父なもんで」

 驚き目を丸くするマーガレットに、ギルバートは平然と答えた。

「よく分かんないような野草だのキノコだの。こう、たくさん持って帰ってきましてね。でも、そういうことに関しては結局のところ、素人ですから。今思えば食えるやつなんて、とうに誰かが取り尽くしてたっておかしくないって言うのに」

 苦い記憶なのだろう。眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように語る。

「悪いことにその時分は料理人連中を備蓄食料を使った炊き出しに行かせてましてね。親父と母さんで台所に立って」

「男爵とご夫人自らですの!?」

「適当に鍋にぶち込んだんでしょうね。あんな不味い料理食ったのはさすがに初めてでしたよ」

「それで……」

「一家全員、死にかけまして」

「料理が不味いと、死ぬこともあるんですのね」

「そうなんですよ」

 面倒になったのか真面目な顔で適当な相槌を打つギルバートのことはさて置き、マーガレットは考え込む。

「つまり……食中毒、ですわね」

「そうですね。特にキノコやらはヤバいらしくて、母さんにしこたま怒られて」

「うっかり、公爵のお食事へもやらかしかねないということですわね」

「いや、それ以来山へ行くことも台所へ入ることすら禁止されてますし、さすがに大事な客人にあんなクソまずい料理を出すことはないと思いますよ。いくら俺の家でも、食べちゃいけない食材を見分けられないような料理人を雇ってはいませんし」

「ふむ……まだ謎は残るんですのね」

 マーガレットは顎に指を当て、考え込む。そして、思い立ったように顔を上げた。

「ギル、ご実家で準備している食材と料理を調べてきてちょうだい。……そうね、来週までに。しっかり調べてわたくしに報告すること。いいわね?」

「はぁ? なんで俺がそんな面倒な」

「お黙りなさい! わたくしの命令を無視することは許されませんわよ」

 マーガレットは勝気な笑みを浮かべ、人差し指をギルバートに突きつけるのだった。


***


「ねえお父様、お父様は政敵を暗殺することに関してはどうお考えですの?」

 家族団欒、食事の席。マーガレットは口を開くなり父に問う。切り出し方に迷った挙句、直球で勝負することにしたのだ。

 物騒な話題に、家族の視線が集まる。

「食事の席で何を言い出すんだマーガレット」

 呆れた顔で兄が窘める。

「せーてき、あんさつって、なんですか?」

 6歳の妹は知らない言葉を繰り返し、首を傾げる。良くないことよ、と母が小声で言い聞かせた。

「……マーガレット」

「はい」

 父は手にしたフォークを置いて、マーガレットを見据えた。狼に例えられる鋭い瞳だ。マーガレットはごくり、と唾を飲み込む。

「良き質問だ。ジークフリード、貴様も私の顔色ばかり伺うのではなく、妹の胆力も見習うが良い」

「はい、父上」

 娘を褒める時も笑顔のひとつすら見せず、兄を窘める目線を送る。ピリ、と緊張が走り、兄が背筋を伸ばした。

 もっとも、まだ幼い娘に父がなんだかんだ甘いことを見越しての質問であったから、マーガレットが兄より胆力があるかと言われればそうでもない。父は兄に厳しいのだ。

 それは後に起こる事件へと暗い影を落とすのだが、まだ先の話。

「暗殺とはいかなる歴史の裏においても繰り返し行われてきた手法であり、それゆえに有効な手段であることは間違いないな」

「では、いざと言う時はそれも辞さないとお考えでしょうか」

「否、それは愚者の考えである」

 再びナイフを手に持ち、静かに肉を切りながら答える。

「政治とは殺し合いでは無い。己の能力で国を良き方へ導くことこそが重要であり、引いてはそれが――」

 くどくどと、お説教のようなご高説が始まる。まとめると、暗殺などという短絡的手段を用いるのはプライドが許さない、というところであろうか。

「――最も、皆が皆、斯様な考えであるとは限らぬ。故に対策は、万全にしておく必要がある。公爵という地位である限り、命を狙われることなど日常茶飯事と思うべきだ」

「しかと、心に刻みます」

 クソ真面目に聞いている兄が神妙に頷く中、話の発端のマーガレットは上の空である。聞き役は兄に任せておけば良いのだ。マーガレットが気になる部分は別にあるのだから。

「お父様以外の方も、その意識でいるかしら。……例えば、オルコット公爵、とか」

「無論。奴は私以上に疑り深い。例え家族との食事の席でも常に護衛を傍らに置いている」

「当然、毒味もさせますわよね?」

「うむ」

 そう。あの事件で不可解なのはこの部分である。警戒心の高いオルコット公爵が油断するほど安全な料理。毒味役の味見程度では発症しない毒性。それでいて、意識混濁するほどの毒が混ざる食材とは、なんであろうか。


***


 ルークラフト邸の中庭、東屋の屋根の下。再び集まったマーガレットとギルバート。テーブルに広げられた紙をじっくり吟味する。

「パテドカンパーニュ、夏野菜のスープ、鮭のムニエル、子羊のロースト、ソルベ、桃のタルト……庶民的ですけれど、なかなか美味しそうね」

 ギルバートの持参したメニュー表、食材表を眺めてマーガレットは目を細めた。

「デザート以外は全てじっくり火を通す料理ですのね。今回はキノコも使わないようですし」

「さすがに今回はちゃんと農場で採れた野菜や鮮度の高い肉や魚に拘るらしいです。ま、じゃないと自領のアピールにはなりませんし」

「当然、調理場の清潔さにも気を使ってますわよね」

「そりゃあもちろん」

「では、次はこれよ」

 パチン、とマーガレットが指を鳴らすと、使用人たちが重たげな図鑑や本をどっさりと持ってくる。

「各食材の毒性を調べますわよ。食べ合わせ、なんてのもありますし」

「はぁ? これ全部のですか? 勘弁してくださいよ」

「貴方も学習しませんわね」

「へいへい、俺に拒否権はありませんよ」

しぶしぶと、ページをめくるギルバート。マーガレットと共に、リストの食材をひとつひとつ洗っていく。

「グー〇ル先生が恋しいですわ……」

 果てしない作業にツイつぶやくマーガレット。インターネットがここにあれば、どんなに良かったか。

「誰ですかそれ」

「何でもすぐ教えてくれる、物知りの先生ですわ……」

「そんな優秀な人、解雇でもしましたか」

「手放しませんわよ、ここにいたら」

 不毛な会話と進まない作業。それでも全部の食材を調べあげ、フゥとため息をつく。

「どれもポピュラーな食材ですし、この世界の文明文化でも適切に処理すれば安全そうですわね」

「この世界って?」

「偶発的なヒューマンエラーなのかしら……」

「だとしたらお手上げですね」

 ギルバートの疑問を無視して考え込むマーガレット。ギルバート自身、そんなことは慣れっことばかりに伸びをする。

「あなたの家の一大事ですのよ、真剣に考えなさい」

「そんなこと言われましても……」

「貴方、そんな呑気にしていますけれどね、私の話を信じられないと言うなら、とても後悔しますわよ。罪もない貴方の父と兄は投獄され、お母様は心労で倒れますわ。残った貴方たち兄弟も、可愛がっている甥や姪も、散り散りになりますのよ」

 責め立てるような口調になっていくマーガレットに、さすがのギルバートも困ったような顔で、口を挟めない。

「……せめて、せめて貴方だけでも助けようと思いましたのに、わたくしの家で働きなさいと言ったのに、あなたはそれを拒絶してっ……!」

 マーガレットは自らの大きな両目から溢れる涙を止められなかった。暗い目をして俯いていたギルバート。差し伸べた手を取る事はなく、それどころかマーガレットの目を見ることも無く、ふらついた母と幼い甥の手を引いて、他の兄弟と共に去っていった。

 あの光景の、なんと悔しかったことか。

 マーガレットには何も出来なかった、拒絶したギルバートが悪いのだと心に押し込めた記憶が、とめどなく溢れてきた。

「えぇ……お嬢様、俺はどうすれば」

 突然女の子が、しかも天下のマーガレットお嬢様が泣き出したことで、さすがのギルバートも慌てる。

「どうすれば!? そんなの、決まってますでしょう!」

 泣きながらも、キッと強い目線でギルバートを睨みつけるマーガレット。気の強い瞳は有無を言わさぬ輝きを秘めていた。

「わかりました、わかりました真剣に考えますよ……それに」

 ギルバートはマーガレットにハンカチを差し出すと、同時に頭にぽんと手を置く。

「お嬢様を信じてないって思われてんのも心外ですよ」

 そう言って緩く笑う。そうだ。ギルバートはこんな風に心地良い友人なのだ。

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