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古城と悪魔と吸血鬼6

 轟々とまるで巨人の唸り声のような風と叩きつけるような雨の音がガラスの向こうから聞こえてくる。

 時折ピシャッと稲妻の閃光が周囲を昼間のように照らし出した。


「予報より酷い嵐になりましたね」


 思わずといった風に呟きながら、エリオットは廊下に等間隔に並ぶ背の高い窓を見上げる。大粒の雨のあまりの激しさにガラスが割れてしまうのではないかと少し心配になる。


 所々に薄ぼんやりとした間接照明だけが灯された空間は、そこが現在の華やかな高級ホテルではなく、かつての領主の城であった頃を再現しているようだ。


「おどろおどろしいってやつだね。ホラー物としての雰囲気は申し分ない。これで悲鳴でも聞こえたら完璧だね」


 エリオットの斜め前を歩いていたハルベルトの、まるで何か起こるのを期待しているかのような口調の台詞に、エリオットが盛大に眉を顰める。


「それじゃあ完璧じゃなくて最悪ですよ」

「折角だから何か起こらないとつまらないと思わない?」

「折角ってなんですか、折角って」


 2人以外に人気のない真夜中の廊下では、ヒソヒソ声すら響いてしまいそうだが、今夜は嵐の音が全てを掻き消してくれていた。コッソリと調査するにはおあつらえ向きの日である。


「――ここですね」


 一階エントランスとエレベーターホールのちょうど真ん中辺りで2人はほぼ同時に立ち止まる。

 そこは、最初の日部屋に案内される際にハルベルトが支配人に尋ねた、壁を修復している為に閉鎖中だという資料室に続く通路の前であった。


「行こうか」

「はい」


 木製の衝立の横を抜け、窓も足元照明もない四角い廊下を進む。エリオットがポケットから取り出したハンディライトの光だけが、切り取ったように丸く床を照らし出していた。


 進んだ先、突き当たりの壁にある両開きの扉は元々備え付けてあったであろう、エーテル導力錠に加えて、取手に太い鎖が巻かれ南京錠がかかっているという厳重さだ。かえって何かあるのではないかと穿った見方をしてしまう。


「この先が資料館ですか」

「今はそうらしいね……っと」


 ハルベルトがそっと扉に手を翳すと、カチリと電子錠が外された音がする。ギョッとしているエリオットの目の前で、今度は手品のように袖口から鍵を取り出したハルベルトが得意げに南京錠を外し鎖をするすると解いた。


「よし。じゃあ進もうか」


 ジャラリと取手にぶら下がる鎖をそのままに、ハルベルトが両手で扉を開き進んでいく。ハッとしたエリオットも慌ててその後を追った。


「か、鍵!鍵どうしたんですか!?」

「エーテル錠は面倒だから壊しちゃったけど南京錠の方はちゃんと支配人に借りたよ。黙ってだけどね」

「ぅええ!?」

「ほら、何とかなるって言っておいただろ」


 確かに、資料室を探るに辺りハルベルトは自信満々に任せてくれと言っていた。エリオットがそれを信じて任せたのは、彼がこの城の構造に詳しそうだったからなにか穏便な、例えば他の抜け道のようなものでも知っているのかと思っていたからだ。それがまさかの力技とは。しかも中途半端に鍵を拝借している。ちゃんとの定義について是非聞きたい。


「こういうのなんか楽しいね。スパイ映画みたいじゃない?」

「あ!それが目的なんじゃないですか!」

「アハハ!エリオット君すごい顔!」


 いつの間にか奪い取られたライトでアワアワしている顔を照らされ、エリオットが目をぎゅと瞑る。一言文句を言ってやろうと目を開くより早く、前を歩いていたハルベルトが立ち止まった事でその背中に顔を突っ込む羽目になった。踏んだり蹴ったりである。


「ぶっ」

「ここから地下だ」


 鼻を抑えつつハルベルトの横から前を見ると、ギリギリ人がすれ違うことの出来そうな階段が続いていた。一応両脇に手摺りは取りつけられているようだかが、恐らく階段そのものは中世の頃に使われていた時のままだろう。それも含めて資料になっているのだ。


「以前は確か、武器庫とか宝飾品とか諸々の倉庫として使われていたんじゃなかったかな」


 カツンカツンと妙に足音が響く狭い階段を慎重に降りながら、先を行くハルベルトの言葉に自分のスニーカーのつま先を見ていたエリオットが顔を上げた。


「だから資料室になってたんですね」

「まぁモノは揃っているからちょうど良いよね。雰囲気もあるし。その奥にはワインセラーもあった気がするけど」


 話しているうちに思ったより早く下に到着し、エリオットはホッと息を吐き出す。

 ハルベルトがぐるりと照らし出した天井の低い室内には、確かに資料室らしく鎧やドレスなどの展示物が整然と並んでいた。ただ、聞いていたような壁の異常はパッと見た限りでは認められなかった。


「特に異常は無いように見えますね」

「隠したいことは口にしないもんだよ」


 キョロキョロとつい周りを見てしまうエリオットとは反対に、興味を惹かれるものもないのかそれとも他に目的があるのか、ハルベルトは足早に先に歩いて行ってしまう。明かりを持っているのは彼だけなのだから、エリオットも結局その背を追いかけるしかない。


「ちょ、ハルベルトさん!?」

「こっちがワインセラーで――そうそう。この壁の石を押して、このワインを棚に載せて、ゼンマイをはめて、と」


 勝手知ったるなんとやら。

 彼自身、数百年ぶりに訪れたはずなのに迷いのない動きで何事かをテキパキと操作していたハルベルトが最後に壁のレンガの一つを押し込む。すると、鈍い音を立てて足元に、更に地下に続いている階段が現れた。


 どういう仕組みかは謎だが、いかにもそれっぽい古城の隠し通路の存在にエリオットは「わぁ!」と思わず興奮して声を上げる。これは館や城の冒険で一度は体験してみたい夢シチュエーションではないだろうか。ハルベルトがワクワクしてしまう気持ちがわかった気がする。だがしかし、次の瞬間


「間違えたら天井の隙間から酸がふってくるらしいよ」


 上を指差しながらあははと笑うハルベルトと新しい地下階段を交互に見、エリオットが一転渋い顔でそっと見遣った天井は幸いな事に今のところなんの異変もなさそうであった。



 隠し通路の階段を2人縦に並んで慎重に進んでいく。先を行くハルベルトが少し進んだところでカチリとライトの電源を落とした。


「下に明かりが漏れてる」


 言われて覗き込んだエリオットの目に、長かった階段の終わりと共に、横に伸びているらしい廊下の右の方にオレンジ色の光が伸びているのがボンヤリと見えた。それと同時に何かの音がするのもわかる。段を下がるにつれて気配も大きくなっていった。


 緊張感を新たにしつつ、エリオットは腰に差している銃の存在をそっと確かめる。出来ればこれを使うような事態にならない事を祈った。


 一応、今回資料室に向かうにあたりルーカスには報告しており、朝にハルベルトかエリオットのどちらかと連絡が取れなければ地元警察が踏み込む手筈になっている。

 明かりを目指してゆっくり進みながら、エリオットはコクンと静かに唾を飲み込んだ。



 辿り着いた通路の先には開けた空間が広がっており、両脇にいくつか牢屋があるのが分かる。その中には何人かの人間が入れられており、その誰もがうつろな目をしてうーとかあーとか言葉にならない何かを発していた。


「ッこれは!!」

「恐らく行方不明の村人達だね。しかも全員、吸血屍に転化しかけてる」


 聞きなれない言葉に、エリオットは問いかけるように傍のハルベルトを見上げる。ランプの光が彼の端正な顔の陰影をより濃くしていた。


「簡単に言うと一番下位の吸血鬼みたいなものだよ。知能も感情もなく、ただ血を吸う本能しかない存在だけど身体能力は高いからより上位の吸血鬼に使役されていることが多い」


 ゲームで敵の城に出てくるザコ敵みたいなもんだよと言われてなんとなくイメージがつく。


「時間は掛かるだろうけど、今ならまだ人には戻せると思うよ」

「本当ですか!良かった……でも、なんだってこんな」

「さぁ?それは、彼に教えてもらおう」


 ハルベルトの声に応えるように、背後から何かが動くような駆動音の後にガシャリと鉄の鳴る音がする。

 慌ててエリオットが振り向くと、牢屋の一つだと思っていた小部屋の鉄格子が左右に開くところだった。どうやらエレベーターのようなものらしい。


「……困りますな、お客様。こちらは関係者以外立ち入り禁止です」


 ややあって出てきた人物に「あっ」と声が漏れる。


「し、支配人!?」


 それはグレーの髪を丁寧に撫で付け眼鏡を掛けた壮年の紳士然とした男、この古城ホテルのオーナーであった。


「ネズミが出たと来てみればあなた方でしたか。好奇心は猫を殺すといいますよ」


 支配人は殊更ゆっくり歩いてくると、ハルベルトとエリオットの前に2メートル程の間を空けて立ち止まる。


「関係者、ね。妙なことを言う」


 紺色のノーカラージャケットのポケットに両手を入れ、肩をすくめたハルベルトの言葉に支配人の眉が上がる。


「それなら君も駄目じゃないか」


 そして、続く台詞にあからさまに顔を不快げに歪めた。

 その露骨な様子の変化に目を見張ったエリオットは改めて前を向いているハルベルトの横顔を見上げた。


「ハルベルトさん、あの、どういうことなんですか?」

「転化の呪法は面倒臭くてね。少なくとも人には扱えないものなんだよ。つまり、黒幕は人間じゃないってことになる。それに」


 ハルベルトがおもむろにパチリと指を鳴らす。急にどうしたのかとエリオットが眉を寄せた時、支配人の短い声が聞こえハッとして体ごと顔を前に向けた。すると、


「え!?」


 先程まで確かにそこにいた支配人の姿はなく、代わりに立っていたのは長い小麦色の髪を横で束ねた整った顔の青年だ。エリオットは、何が起きたのか一瞬掴めずにポカンと口をあけてしまう。


「ッ貴様ッ!」


 支配人もとい長髪青年が鋭く声を上げてハルベルトを睨む。


「支配人だというならお客様の前で『仮装』は失礼じゃないかな」


 顔を斜めに上げ、見下ろすように青年を見遣るハルベルトの表情は笑っているようで目に色がない。怒っているというよりは単純に目の前の相手に興味が無いのだろう。


 ハルベルトの言葉と目の前の状況を合わせれば、困惑していたエリオットにも自ずと答えは分かる。つまり、青年が支配人に化けていたのだ。しかも彼は人間では無いということになる。恐らく正体は吸血鬼だろう。


 フィクションなんかで吸血鬼は大体美女やイケメンの設定だが本当なんだなと、エリオットは青年を見ながら変なところで感心してしまった。または羨ましいとも言う。


「――あのさエリオット君、今それ言う?」


 少々大きめにプッと噴き出したハルベルトの笑いを含んだ言葉に、心の声の筈が口に出てしまっていたことを悟ったエリオットの顔が瞬時に赤くなる。


 そんな場合ではないのは百も承知だし、勿論相手を侮っているわけでは微塵もないのだが、最初の困惑や驚きを越えた後にエリオットが比較的平静でいられるのにはもともと持っている順応力に加え、彼が日々皇帝陛下を筆頭に類稀なるカリスマやら圧力やら能力やら美しさやら色々を持つ尋常でない相手に揉まれているからという理由もあるのだが本人は気付いていなかった。勿論、揉んでくる相手リストには最近ハルベルトも加わっている。


「ぐぅ!や、あの、し、失礼しました!続けましょう!」

「続けるんだ。きみ、面白すぎでしょ」

「も、もうそこから離れて下さいよ!」


「貴様ら私を舐めているのか」


 当事者の筈がすっかり蚊帳の外に置かれていた青年の発した低い声に、2人は揃ってようやく青年の方を向く。相手は聞かなくても分かるくらいかなりご立腹である。


「虫ケラの分際で……跪け!」


 その大声と共に、青年が目を見開く。

 視線が合わされた先、そこそこの距離があるにも関わらず、彼の瞳の虹彩がきゅっと絞られたのがエリオットには見えた気がした。


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