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古城と悪魔と吸血鬼5

 鉄錆の匂いが鼻をつく薄暗い空間の中央、金色の髪を赤く染めた青年が立ち尽くしている。

 その手に握られた剣から滴る血が床にぽたりぽたりと不恰好なシミを作っていた。




「――君はそれでいいのかい?」



 壁際に佇んでいたもう1人の青年がおもむろに問いかける。それは、今のこの血生臭い場所には不釣り合いなほど軽やかな響きだった。


「構わない……巻き込んで悪かった」


 壁の一点を見つめたままもたらされた返答に、口角を上げた青年の銀色の髪にランプの光りが鈍く反射している。


「それなりに楽しかったよ」


 同じ空間にいるのに、どこか交わらないような会話。

 それでも、剣を持った青年は一度だけ振り向き、応えるように微笑みを浮かべる。


 壁も天井も床も何もかもが石で出来ているこの部屋では、わずかな吐息ですら反響してしまいそうだった。



「それでは望みを叶えよう――君の命と引き替えに」






■■





 エルクランの街並みは全体が円を描くように設計されている。

 滞在3日目の昼。街の中心となる広場のこれまた中央にある噴水のヘリに腰掛けたエリオットは、先程購入したばかりのパニーニに齧り付いた。挟まれているチーズとトマトとハムの絶妙な旨味が口の中に広がる。どの食材もこの街で作られたものらしい。


「チーズが特に濃厚で美味しいね」


 隣に腰掛け同じものを食べていたハルベルトがご機嫌に感想を口にする。口一杯に頬張ってしまったばかりに言葉の出せないエリオットも同意するように何度も頷いた。


 観光地とはいえ、有名な理由が理由なので分類としてはニッチな方に入る上に、まだ冬の気配の方が強い今はシーズンオフに当たるらしい。しかも今年は特に寒気が強く例年よりも気温の低い日が多かったため雪が多く降ったことからつい最近まで唯一の交通路である山道も閉ざされていたとのことだ。


 ともかく、そういった事情があるせいか街の中はひどく閑散としている。更に間が悪いことにもうすぐ荒れ出しそうな天候も相まってか、早々に店を閉めてしまうところも多く余計に寒々しく感じられた。

 先程、エリオットがモバイルで最新の天気を確認したところによると、もういつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。


「アハハ!エリオット君、リスみたいだな」

「ふぁ!ほっへはふっふははいへふははいほ!」

(わ!頬っぺた突っつかないで下さいよ!)


 そんな中、わーわー楽しそうにちょっかいを出したり出されたりしながらランチを取る美形青年と普通青年のまるで男子学生のような様子に、たまたま通りがかった子連れの奥様や買い物帰りのお婆様などなどが微笑ましい笑顔を向けているが、この2人、こう見えても現在事件の捜査中なのである。ついでに言えば片方は正真正銘の悪魔かつお忍び中の人気作家でもある。


「それにしても、なんだか気味の悪い話でしたね」


 ようやく口の中のものを飲み込んだエリオットが、両手で食べかけのパニーニを持ち目線を空に向ける。


 ここに到着してから数日の間、ハルベルトと共に観光客を装い街の住人達に吸血鬼の噂について聞き込みを行った。結果として拍子抜けするほどアッサリと関連すると思われる話を聞くことが出来た。


「数週間前から森に血を抜かれて死んだ動物の死骸が目立つようになったと思ったら、最近は行方不明者まで出てるなんて」

「うん。昔の怪物映画の始まりに似てるね」

「ねって言われても……それ、いつの話ですか」


 ハルベルトの昔といえば下手すれば有史以前ということもある。勿論、映画の話なのだから今回は恐らく遠くても百年前くらいだとは思うが、少なくともエリオットには覚えがない。


 うーんいつだったかな、と口元に革手袋に覆われた指を添えて考えているハルベルトを見ながら、もぐもぐとパニーニを食べていたエリオットは先程から少し気になっていた事を何気なく口にした。


「そういえば、なんだかどの方もアッサリ話を聞かせてくれましたよね」


 普通、観光地であればイメージを大切にするものである。元より吸血鬼の伝承を売りにしているエルクランの街なのだから多少の怖い噂自体は問題ないのかもしれないが、動物の死骸やまして行方不明者の件など観光客にすすんで言いたいような話題とは思えない。しかしながら、今回聞き込みを行った際にはどの住人達も聞けば素直に教えてくれた。


 それに第一、行方不明者まで出ていればもっと大騒ぎになっていてもおかしくない筈なのに『吸血鬼の噂』程度で収まっているのはどう考えても不自然だ。街の人どころか居なくなった者に近しい関係者ですら「ああそういえば」くらいの反応で、特別疑問にも心配にも思っていないのがまた不気味である。


「うん。ちょっと軽めの隷属の術をね」


 コーヒー片手にしれっと答えるハルベルトの顔をエリオットがギョッとして見上げた。最近同じようなワードを聞いたような気がする。


「ッちょ!それって」

「君に初めて会った時にかけてたやつだよ」

「あれ冗談じゃなかったんですか!?」

「それがね、話には聞いてたけれど本当に効かないか試してみたくて」


 あっけらかんと言い放つハルベルトに、エリオットがあんぐりと口を開け絶句する。

 どう考えてもそんな、お試しみたいに人に向けてはいけない術だ。隷属ということは文字通り相手を無理やり従わせ僕にするものだ。そんなホイホイとかけられてはたまったものではない。

(こ、この悪魔!……悪魔だったな)

 エリオットは密かに1人ツッコみをしながら、なんというか二重の意味で確かに悪魔に違いないなとハルベルトに対する認識を深めた。


「エリオット君は、魔法で護られてるわけでも加護があるわけでも何かの呪いや特別なアーティファクトを持ってるわけでもないのにねぇ」

「へ?って近い近い近い!」


 間近で目を覗き込み頭の奥底を探るようにじっと見つめられ、エリオットが思わず仰け反る。その反応すらも楽しそうにハルベルトが笑みを深めた。


「眷属にしてみたくなるなぁ」


 うん。冗談だということにしておこう。

 と、エリオットは引き攣り笑いを返しながらこの件について深追いしないことを心に誓っていた。例え、ハルベルトの目が一瞬笑っていなかったとしてもだ。


 大体、そんな事より今はもっと優先すべきものがある。本来の目的を思い出さなければならない。お互いに。


「そ、それはともかく!」


 変に寒々しい空気を払拭するように、殊更勢いよく元気な声を出してエリオットが立ち上がる。

 そそくさと食べ終わった後のゴミをハルベルトの分まで受け取って集めながら、雨が近いのか一層暗くなった空を見遣った。


「話も聞けましたし、そろそろホテルに戻りましょう」

「そうだね。もうじき嵐になりそうだし」

「ええ。それに、確かめるべき場所が残っている――そうですよね?」


 先程までの妙な雰囲気を綺麗に払拭し、ゆったりと歩き始めたハルベルトが、チェックのマフラーに埋めた顔をエリオットに向ける。

 切り替えの早さという点においてこの2人は似ているのかもしれない。


「おや。ちゃんと気付いていたかい?」

「あなたが意味のない問いかけをする事は無い……ことはなさそうですけど……と、とにかく一応は」


 思わず溢れた本音を目線を逸らして誤魔化しつつエリオットが答える。つい先日出会ったばかりだが、ハルベルトが自分の好奇心に対して結構な割合で貪欲であることはなんとなく察しがついていた。それが彼自身の性質なのか悪魔としてのサガなのかは分からないが、多分ハルベルトの性格だろうなと考えているあたりエリオットもなかなか図太いのである。


 その辺を察しているのか、ハルベルトはエリオットの言葉にプッと小さく噴き出す。そして、笑顔のままで器用に片眉を上げると、街の北にある低い丘の上を目線だけで追った。


「さてさて。では行くぞ!着いてきたまえ付き人くん」


 芝居がかった台詞が余りに堂に入っているのは作家先生だからだろうか。今度はエリオットが一呼吸おいて噴き出してしまう。そして、


「はい、ハルベルト様」


 一応、付き人としては応えておいたのだが。


「そこは普通『ご主人様』じゃない?」

「どこの世界の普通ですか」


 割と真剣な口調で変な不満を返してきたハルベルトに、エリオットは今さっき全うしようとした付き人設定を投げ捨てしょっぱい顔の半目をお返ししてしまう。


 湿気を含んだ風が、どこか緊張感のない2人の髪をバサバサと強く揺らしていた。





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