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名前のない魔剣4

 ぽわんぽわんとしか表現できない効果音と共に、不思議な声が頭の中に響く。


「――力が……欲しいか?」


 そんな、どこかの物語で聞いたような問いかけに。

 

「いや、結構です」

 

 考える隙もなく丁寧に断り返したエリオットに対して。

 

「そうか、ならば――っていらぬのか!?」


 謎の声の主が突っ込みを返した。

 喋り方から伝わる厳めしさに反して意外にノリのいい相手だ。



 

 ちなみにこれは全て白目になっているエリオットの脳内での出来事である。

 彼は今、聞こえてきた声の相手が誰かは分からないが、もしも何かくれるというなら力より心安らげるランチタイムが欲しかった。ついでにお値打ちな昼ご飯もつけてくれるとより嬉しいなと思っていた。


 


 一方、ホラー映画で悪霊にとり憑かれた者がするような眼球がひっくり返った顔で突然動きを止めた捜査官に、コーネリアスと顔を合わせたベネディクトは、もう一度今度は腰をかがめるようにして怪訝な顔でエリオットの顔を覗き込んだ。


「エーリ君、どうかしたのか」


 その瞬間、ハッと意識が戻ってきたエリオットは視界一杯に広がった顔に仰け反ったおかげで尻を床に打ち付ける。硬い石の床はさすが長い歴史を耐えてきただけあって強く、若造の尻が勝てる相手ではない。思いがけず痛かったのか短い悲鳴をあげたのちしばしうずくまっていたエリオットだが、抱えた剣は落とさないようしっかりと握っていた。


「べ、ベネディクトさん?」

「急に面白い顔で動かなくなったからな。何かあったのかと」


 姿勢を戻したベネディクトの言葉に、エリオットがゆっくりと立ち上がりながら何とも言えない顔をする。

 

「面白い顔……いえ、それが、頭の中に声が」


 正直な感想に思わず繰り返してしまったが、今話をすべきはそこではない。

 先ほどの脳内劇場を改めて思い返してみると今更だがエリオットは不可思議な気持ちになった。現実逃避を目論む自分の妄想という線もあるが、そうだとしたら願いをかなえようといった体で遠回しに旅立つより、どこか穏やかな場所にでもダイレクトに飛ばしてくれるのではないだろうか。


「声?」

「はい。なんか、力が欲しいかとかなんとか」


「魔剣だな」


 人ふたり分ほど離れた場所で黙して話を聞いていたコーネリアスが一歩近づきつつ横から言葉を投げる。コーネリアスの、背中を丸めていても高い場所にある顔に体ごと向かい合ったエリオットは思わず漏れそうになった変な声を飲み込んだ。コーネリアスの顕になっている片目が一瞬、獲物を見るような鋭さで自分を見据えたからだ。


「名前を持たない――あるいは消されたモノは不完全だ。持ち主を得て完全な姿になろうとしているのだろう」


 どういうことかと聞き返すより早く、瞳の動きで視線を誘導するコーネリアスに合わせ、エリオットが自身の手元に目線を向ける。なんとなくずっと握ったままの魔剣は相変わらず傷一つないつるりとした銀色をしている。ただ、先ほどまで綺麗に納められていた刀身が、度重なる咄嗟の動きのせいかいつの間にか少しだけ鞘から出ていた。慌てて元に戻そうとするがびくともしない。押してダメならと試しにほんの少しだけ反対側に抜こうとしてみると全く抵抗がない。新人とはいえこれまで数か月間、オカルト案件に関わってきた特異対の捜査官の血が告げている。これはなんだか妙だとエリオットはゴクリと唾を飲み込んだ。


「ふむ。つまりは、たまたま剣を鞘から抜いたエーリ君がそのターゲットにされたということか」


 ポンっと手を打ちながら納得しているベネディクトを横目に、良く分からないが謹んで辞退したいエリオットは必死に刀身を納めようとぐりぐり押しているが接着剤でもついているかのように動かなかった。


「うぐうぅ!かたいぃ!」

『小童!乱暴に扱うでないわ!』


 再び聞こえた謎の声にキョロキョロと辺りを見回すエリオットと、お?という顔をしているベネディクトとコーネリアス。


「これが魔剣の声か」

「ベネディクトさんにも聞こえたんですか!?」

「俺にも聞こえた。意外に普通の声だな」


 声に反応したベネディクトに続いてコーネリアスが頷きながら感想を返す。クックックッと低い笑い声が続いたところをみると多分不愉快ではないのだろうが客観的に見るとビジュアルのせいもあってちょっと不気味である。エリオット的には逆に異常な声というものについて聞きたい気もしたが、それよりも早く再び魔剣がいまいち緊張感の無い三人に向けて言葉を投げた。


『えぇい無礼な!我は……』


 突然黙り込んだ剣に違和感を感じたエリオットが手の上のそれに顔を向ける。一旦、押し込もうとしていた手も止めておいた。


「あの、どうかしたんですか?」

『――思い出せぬ。我が何者で、何故ここにいるのか』


 要するに《ここはどこ?私は誰?》状態というわけである。尊大で厳かな声色でありながら頼りない子供のようなことを話す相手に対し、それが魔剣とはいえ気の毒に思えてしまいエリオットはそっと柄を包み込むように握った。

 その様子を敢えて黙って見守っていたベネディクトとコーネリアスが同時に(わーチョロい)と思っていたのだがエリオットは知る由もない。


『我を御せるのは主のみ』

「そ、それは」


 つまり、鞘に戻すにはご主人様を連れて来いと言いたいらしい。


 最初にベネディクトから聞いた話をエリオットは思い浮かべる。魔剣が本物だというなら纏わるエピソードも本当なのだろうけれど、だとすれば余計に口にしてはいけない例の神様の件を今ここで言葉にしていいものか分からない。もしかしたらとんでもない影響を与えるかもしれないのだ。それに、枢機卿二人が揃っている前で迂闊なことを喋って後々問題にならないとも限らない。


 ぐぬぬと顔をくしゃくしゃにしながら苦悩しているエリオットとは対照的に完全に傍観者の顔をしていたベネディクトの隣で、ジっと一人と一振りを見つめているコーネリアス。ややあって、


「――オーウェンと言ったな。少しとはいえ鞘から抜いたんだからお前が新たな主として名付ければいいだろう」

「はい!?」

『なんだと!?』


 突拍子のないコーネリアスのアイデアにエリオットと魔剣の声が重なる。


「僕!?というかそんな簡単に主人なんて決められるものじゃなくないですか??」


 聖剣だとか魔剣だとかといえば、勇者や英雄と呼ばれるような特別な使命を帯びた者が何らかの冒険やらお告げやらの末に手に入れられるスペシャルアイテムだと物語での相場は決まっている。それが、たまたまおつかいに来た奴に、これまた、たまたま持っていたからなんて理由で二回ほど棒の代わりに使用された結果、なんとなくちょっとだけ鞘から飛び出てしまったからなんて適当な理由で授けられてしまっていいものとは思えない。少なくともエリオットの少年心的にはNGである。


 大体魔剣自体、ベネディクトがどこまで本当の話をしているかは謎だが背景に例の神様が関わっているならば教会にとって色々な意味で重要な遺物になる筈だ。ベネディクトがちょっと特殊なだけで通常はホイホイと簡単に与えるどころか見せていいものですら決してない、とエリオットは思っているのだが。


「これでよし。さっさと始めろ」


 懐からサッと手のひらサイズの機械を取り出したコーネリアスがそのカメラレンズをエリオットと魔剣に構える。

 ところで、彼が手にしている機器は通話やメール、メッセージのやり取りやデータの扱いにゲームも出来る携帯型端末で、最初に携帯端末の魔導回路を構築し製品化に大きく貢献した研究者であるビスクィ博士の名前からそのままビスクィや短くビスなどと呼ばれているものだ。今や世界中の誰もが持っていると言っても過言でもなくエリオットも勿論所持している。見た目のイメージから俗世に興味の無さそうなコーネリアスが最新型のビスを持っていたことも少々意外だったが、それよりもその本体の色が目が覚めるようなメタリックのゲーミングカラーだったことに失礼ながら一番驚いてしまったエリオットであった。


「え、ちょ、これどういう状況なんです??」


 助けを求めるようにベネディクトを見たエリオットに、優雅に腕を組んだ枢機卿の片割れは落ち着いた様子で肩をすくめる。


「コーネリアスは興味のある研究対象に対して貪欲でね。観念したまえ」

「待って枢機卿諦め早くない!?神聖教会それでいいんスかね!?」

「こちらとしても抜かれるよりは納めてもらう方がいい。頼んだよ主どの(仮)」

「丸投げされた!」


 全く助け舟を出す気のないベネディクトと、レンズを向けたままさっさとしろと文句を言うコーネリアスに囲まれ逃げ場のないエリオットは仕方なく手にした魔剣に視線を落とす。 

(何も言わないけど、きっと怒って……いや、呆れてるだろうな)

 本人?は記憶がないとはいえ、こんなぞんざいに扱われては文句の一つも言いたくなるだろう。それで済めばいい方だ。急に手のひらの重さが増したような気がする。


「あの、なんか、本当すみません……」


 今エリオットに出来るのは兎にも角にも謝罪することだけだ。


『――小童よ』

「ヒェ!ごめんなさい!悪気は無」

『許す。早う名を付けんか』

「そっちの許すかい!」


 魔剣お前もか。


 しょっぱい顔でシャウトするエリオットのツッコミが三人プラス一振りが立つ長い廊下に響く。今更だが誰もが存在を忘れていた司教はイケメン騎士二人に連行されとっくに退場済みだった。


 あらかじめ人払いがされているらしく、誰かに助けを求める事も難しい状況で三方から名付けを要求されているエリオットは、後ずさったせいで背中を預ける羽目になった壁にピッタリと隙間なくくっつく。石で出来たそこから伝わる冷たさだけでないひんやりとした感覚に背筋が震えた。


「ななな名前って言われてもッ」


 せめて落ち着いて考えさせて欲しいがそんな事を言い出せるような状況ではない。無言、ではなく前からも横からも下からも飛んでくる有言の圧力にエリオットの思考はフル回転し過ぎてもはやショート寸前だ。とはいえ出せと言われれば言われるほど中々出てこないものである。


『何を迷うておる!』


 魔剣の声が一際大きくエリオットの脳内を揺さぶった。

 くらりと目眩を覚えつつ、細目になった視界の中に映る飾り気のまるで無い刀身が不意にエリオットの記憶と結びつく。

(そういえば、この色)

 この、どこか微かにかんじられる爽やかな緑色に何かを連想した気がする。


「エーリ君、寝てる?」

「おいオーウェン!遅い!」

『小童!』


「……ッチョコミント!!」


 判断を急かしてくる三つ分の呼び掛けに対して、エリオットの口から反射的に飛び出してしまった単語に、ひとときシンと場が静まり返る。


 それから。



『気に入った』



 当人?の同意の言葉と共にカシャンとやや強めの音をたて、素直に鞘に収まる剣の姿を呆然と見下ろしていた持ち主(仮)の声無き悲鳴が空気を震わせる。



 今ここに魔剣チョコミントが爆誕したのであった。




 

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