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伝染呪  作者: にょん
8/28

従兄

「どうしたの朝子ちゃん」

「どうもしないわよ。というかなんで来たの」

「お婆様から頼まれたんだ。君を迎えにいってほしいって……村の神事?で舞を踊るんだってすごいじゃないか」

 今日は裏山で昼寝でもしようと思っていたのに。先を読まれたかと思うとため息が出る。

「踊らないでしょ。今日出ていくんだから」

「ああ……そうだったね。でも練習はしておきなよ。普段通り振る舞ってた方がいい」

 普段通りならさぼっているところだが、確かに少しでも怪しまれる要素は少ない方がいい。

 しかたなしに家への帰路を歩いていると、向かいから従兄が歩いてくるのが見えた。

「おう。朝子おかえり」

 従兄は昨日家にいなかった。大方どこか女の家でも無理に転がり込んで、酒でも煽っていたのだろう。顔がまだ赤い。

 従兄は折原を見るなり、訝しげな顔をした。

「おい朝子。こいつは誰だ……?この村のもんじゃねぇな」

「どうも折原と言います」

「お前には聞いたないんだよ。おい朝子」

 思わず、折原の後ろの隠れる。

「折原さんです。東京の大学の先生で……この辺の山にしか生えてない植物の調査に来たって……昨日からうちに泊まってるんです。兄さん」

 震えていることがばれないように、俯いてなるべく落ち着いてしゃべる。全て昨日折原と話し合ったとおりに。

「お兄さんでしたか。すいません挨拶が遅れて、折原といいます。お世話になってます」

 従兄は愉快そうに声を出して笑った。

「こいつがそう呼んでいるだけで兄貴じゃねぇよ。俺はこいつの許嫁」

「ああ、貴方が」

「だからもういいよ。家には俺が送ってくから」

 従兄の手はさっと伸びてきて、私を折原の影から出した。

「ほら、朝子帰るぞ」

 静かにまるで骨に食い込むように従兄の指が私の腕に絡みつく。

 痛い。ちらりと盗み見たのに従兄と目が合った。ニタニタとした気味の悪い笑い。

「すいません」

 瞬間。ぐぃっと体が引っ張られる。折原が私の腕を掴んでそっとその身に引き寄せた。

 その動きがあまりに予想外であったのかあれほど強く私を掴んでいた従兄の手はその瞬間にするりと抜ける。

「実は下校をかねて朝子さんに村を案内してもらっていたんです。お宅には確実に送り届けますので。私と帰ってもよろしいですよね?」

 従兄はしばらく自分の手を見つめていたが、折原に視線を移すと、眉間に皺を寄せ、ぎろりと睨みつけた。

「気に入らねぇなぁ。朝子は俺が連れて行く。余所者はお山でお花摘みでもしてればいいだろう」

「それはおいおい……いいじゃないですか案内ぐらい」

「朝子は俺の許嫁だ。俺のものになるんだ。それが他の男と歩いてるってだけでココでは悪い噂になるんだよ。トーキョーだかなんだか知らねぇが……人様の物に手を出したらどうなるか分かってんだろうな」

「まさかぁ。彼女はただの子供じゃないですか。子供に手を出すなんてそんなの気持ちの悪いマネするわけないですよ?それに。彼女はモノじゃないですよ……」

「ごちゃごちゃうるせぇ!いいから朝子を渡せ」

 殴りかかってくる従兄を折原は引き寄せたままの私ごとひょいっとよけた。

 従兄はバランスを崩すと「うわあっ」と情けない悲鳴をあげて田んぼの中に突っ込んだ。

 半身を水につけたまま従兄は呆然と折原を見つめていた。それはそうだろう。日向家の人間として周りから恐れられ、どんな傍若無人も受け入れられてきた男だ。それは暴力に関してもだ。彼は決して強いわけではない。彼の拳を避けることは彼に逆らうことと同義。多くの人物がその理不尽な暴力に屈してきた。だからきっと。今従兄は信じられないのだ。自分の拳が避けられて、その身が田んぼに沈んでいることに。

「ああ!すいません」

 折原は焦ったように私から手を離して田んぼに入っていく。そして申し訳なさそうに呆然としたままの従兄に手を差し伸べた。

 その手を見つめる従兄の赤ら顔がどんどんもっと赤く染まっていく。 

 従兄は折原の手を弾き、それにバランスを崩した折原は転倒する。

「てめぇクソ…覚えてろよ!」

 従兄は田んぼから出ると、ずんずんと早足で畦道を遠ざかっていた。

「申し訳ないことした。大丈夫かな……」

 ぽつりと呟いたその姿がなんだかおかしくて私は必死で笑いを堪えていた。口を押さえ息を殺す。くすぐったいよう空気がお腹の底から溢れ出ようとするのを必死で抑えた。

 畦道から従兄の姿が消えたのを見届けると私は溜まった空気を一気に吐き出した。

「あはははははは!」

「えっ?なに!」

 戸惑う折原のとぼけ顔がこれまたおかしくてたまらない。

「あはっはははは!」

 こんなに笑ったのはいつ以来だろうか。

 おかしくておかしくて、泥だらけの折原引っ張れて家路に着くまで私はずっと笑っていた。

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