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伝染呪  作者: にょん
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日向家への滞在

「いやすまない。まさか泊めてもらうだなんて。服まで貸してもらって」

 折原は日向家に宿泊することになった。

 彼は名義上、私の恩人ということになっている。


   ※


 祖母は門の前で立っていた。

 目は吊り上がり、怒っているのは遠目から見ても明白だった。

 夜遅くまで外をほっつき歩いていた放蕩娘をどう料理してやろうかと考えていたのだろう。しかし帰ってきた孫娘は見知らぬ優男におぶられてやってきた。面食らった祖母が目を丸くしている姿はおかしかった。

 放蕩娘の言い訳は、山で滑落し、足を挫いて歩けなかった。そこへ山にフィールドワーク?に来ていた折原が助けてくれたという設定。二人で考えた嘘だった。

 折原は大学のセンセイという設定。泥に塗れてたものの、折原の上等な格好を見て、祖母は荒唐無稽なそれを信じた。私は気をつけなさい。と一度だけ頭を叩かれたが、それ以上の、お咎めはなく。祖母に隠れてニンマリと笑った。祖父も起きていたらしか「もうすぐ大事なお役目があるのに気をつけなさい」と一言言うだけだった。

 そうして夜遅くだったということもあり、あれよあれよと宿泊が決まった。それどころか祖母は好きなだけいればいいと、微笑んでいた。

「いいよ。部屋も余ってるし」

 さすがにこの歳でおんぶされて、家の敷居を跨ぐとは思わなかったが、その方がリアリティがあると折原が言ったのだ。しかしここまでうまくいくとは思わなかった。私としては折原を明日まで納屋にでも匿おうと思ってたくらいだ。

「いい?昼は目立つから、また明日の夜。月見里の家に行くわよ……ああ後。間違ってもこの家にいるかぎりは明の名も、月見里の名前出さないでそれこそ殺されるわよ」

「そんな獣でもあるまいし」

「冗談じゃなくて」

「ああ……?気をつける」

 要領を得ないような折原に頭が痛くなってくる。

「そういえば朝子ちゃんのご両親は?まだ挨拶できてないよね。夜も遅いけど明日の朝だと失礼かなぁ」

「いいよ」

「いいよって……だって泊めてもらってるだろ」

「だっていないから」

 折原はままあってから「すまない」と呟いた。

 謝られることなどなにない。母の記憶はないし、父にいたっては私には無干渉。抱き上げてもらった記憶だってない。死んだ時も何も感じなかったのだから。

「もしかしてこの浴衣も」

「そうよ。この部屋もね。死んだ父の死人の持ち物は嫌?ならじいさまに頼んでくるけど」

 善意から言ったのたが、少々嫌味ぽかったかもしれない。折原は「大丈夫」と呟いて、そのまま何やら考え込んでいるようだった。

「じゃあおやすみ。私はばあさまのところにいるから何かあったら呼んで」

 東京に出るために荷造りだってしなきゃいけない。最低限の荷物だけもっていこう。村の思い出なんていらない。明日。明日この村とさよならできる。


   ※


 明朝。私は祖母に朝早く叩き起こされた。そばには目を細めた皺だらけの老人がいる。ほわほわとした白い毛が飛地のように頭の所々に生えている。子供たちからヤブと言われている村の医者だった。

 医者は「あーこれはこれは」とよく分からないことを呟きながら、私の足先を摘んだり揉んだりしている。

「何してるの?」

 寝ぼけ眼のまま、ぼんやりとした頭でそれを眺めていると、医者はこくりと頷いて祖母の方を向いた。

「だいじょうぶだあ」

「シンジには出られそうですかね?」

「モンダイないだろう。なんともなっておらん」 

 段々と意識と視界がはっきりしてくる。

 そうであった。私は昨日崖から落ちて足を挫いたという設定だったのだ。

「朝子。あんた本当に崖から落ちたの?」

 祖母の威圧的な声でがばりと上半身だけ飛び起きる。

「今回は打ちどころがよかったんだろ。若いと治りも早い一晩で治ることもあるだろう。まぁ、後から痛むこともあるから湿布はだしとくよ。朝子ちゃんもあまりお転婆がすぎると月見里の坊主みたいなことになるんだから気をつけないと」

「ちょっと藪川さん!この家でその名を出さない」

 祖母にどやされ、ヤブはおっととと頬をかいて立ち上がる。ヤブは数少ない月見里にも日向にも属さない中立の存在だった。

 ヤブは立ち上がると、私の頭を人なでして、祖母に見送られ帰ってた。

「ほら、あんたも。なんともないならさっさと学校に行ってきなさい。あ、今日こそ真っ直ぐ帰ってきなさいね」

 追い出されるようにして私は家を出ていく。

折原はまだ、寝ているようだった。


   ※


 授業が終わり、帰り支度をしていると、クラスの女子が窓の外を指差して何やら騒いでいるのに気がついた。

 野犬でも出たかと自席からじっと見つめると、門のところに折原がいるのが見えた。

 まずいと視線を逸らしたが、折原も私に気づいたらしく手を振った。

 黄色い声をあげる女子たちのあれは誰かという視線を横目に、私は門まで小走りに駆けるとそのまま折原を引っ張って学校から逃げた。 

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