慟哭
とぼとぼと歩く折原の影はゆらりゆらりと揺れていた。私もなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
それに不安だった。さすがにこんなに遅くまで夜遊びしたことはない。月はとうに真上にまできている。それに加えて月見里に行っていたなんて言った日には宙吊り折檻確定である。
「ねぇ、あんたらのせいで帰るの遅くなったんだからさ。一緒に言い訳考えてよね」
折原に声をかけて振り返る。一歩が一寸かと思うほど、その足取りは重く、既に大きく差が開いていた。
「ねぇ、いい加減元気出しなよ。アイツは自分で月見里にいるって決めたのよ。ばあさんまで呼んでさ。ほんと危なかったんだから」
返事はない。しかたなしに間を詰めて、その顔を覗き込む。
折原の目は私を通り越して地面でも見つめているようだった。
「ねぇ、なんとか言ったらどうなの?」
ぽつりと折原は何かを呟く。ほとんど唇も動いていない。空気のような声。
「なに?はっきりしゃべって聞こえない」
「明はなんで、なんで……あんなことをさせられてるんだ」
「言ったじゃない。子供をたくさん産むためよ」
「君もいつかはあんなひどいことをされるのか?」
「……私は許嫁がいるから。あそこまで悲惨じゃない」
その許嫁が心底嫌なのだが、明に比べればマシだと思う。一人だけでも十分なのに。毎夜毎夜、変わるがわるいろんな男の相手をするなんてぞっとする。
「なんで明だけ!」
折原は私の肩を掴んで揺さぶる。私が「痛い」と声を上げると、折原はぱっとその手を離し、へなへなとその場に座り込んだ。
「せめて……せめて誰か一人でいいじゃないか。君みたいに誰かのところに嫁いで、そいつの子を産むじゃ駄目なのか?なんであんな奴らに……塵のような扱いを受けなきゃいけない……俺の妹だ。妹なんだぞ……」
嗚咽をあげながら折原は床に顔を擦り付けて泣いていた。握りしめた土が爪の間にずぶずぶと入っていく。上等だったスーツはどんどん薄汚れていった。
「仕方ないじゃない」
私が言うと、折原は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて「しかたない?」としゃがれた声で復唱した。
「しかたないってなんだよ!」
怒鳴り声があまりに響き渡り、キンと空気に響く。
一瞬だけ鳴きやんだカエルはすぐにまた鳴き出した。
「だってあの女は生まれてきてはいけない存在だったんだから……」