今さらデレても遅いですか? ~あのチビを好きになるのは私だけだと油断してたらモテ期到来!? 諦めるのはまだ早い。私が最初に好きになったんだから!~
田中拓海。
私の同級生で、現在高校二年生。身長は160と小柄だが、べつに童顔というわけではない。もちろん老け顔でもない。角度とか調整すれば、まあそこそこイケてる瞬間もあるかなと思える程度の顔面力。
体格は無駄に筋肉質。悔しいけど肩から二の腕にかけてのラインとか色気がある。中学時代は運動部だったみたいで、そこそこ動けるチビというイメージ。
勉強は下の上。数学だけ強いけど他の科目は赤点ギリギリ。授業中の指名とか目を逸らすタイプ。ただし彼は現国の時間でだけ輝きを放つ。
声がっ、すっっごく、ツボ――ッ!
空気に溶けるような優しい感じの声。
やる気の無い教師のもとみんなが順番に音読するだけの眠たい時間。彼の声は、夜空に打ち上げられた花火みたいに世界をうっとりさせる。
現国の時間。私はいつも教科書を先読みして丸の数をカウントする。彼の読む量が長いと喜んで、短いとしゅんとする。どちらにせよ、彼が音読を始めると胸が躍る。
要するに私は、恋をしている。
はっきりと自覚したのは一年の三学期。
私は、それはもう積極的にアピールしようとした。
でもダメ!
途中で照れちゃう!
そしてあいつは気が付かない!
例えば下校前。
自転車置き場にて。
「よっ、田中じゃん」
「おう、おつかれ」
私は偶然を装って彼の背後に駆け寄る。
「……」
「……」
特に会話は始まらない。このチビは、こっちから声をかけないと絶対に返事をしないタイプなのだ。
「田中さ、なんでそんな声だけかっこいいの」
「心が綺麗だから」
「キモッ、自己評価高過ぎでしょ」
「逆に佐倉は低過ぎ」
「普通だよ。田中がナルシストなだけ」
「そうかもな。俺は自分のこと大好きだから」
なにそれ、と笑う。会話終了。
それから数秒で門を出て、方向が違うからお別れ。
私は真顔で自転車を押して歩きながら思う。
カッコいい――ッ!
その声で「俺は自分が大好きだから」とか言うなよぉおおお! わぁああああああ!
だってだって、普通ほら自分のこと嫌いじゃん?
私とかほんとそう。自分のこと大嫌い。一年の二学期とかチクチク言葉ばかり口にするくらい鬱だった。
それでそれで、なんとなく田中にクソリプ飛ばしてみるじゃん? そしたら、なんか語り始めたんだよ。
友達なんか一人居れば十分だろ。仮に世界中から嫌われても、自分を愛せればそれで勝ち。だから全人類ナルシストになるべき。俺はこの方法で孤独を乗り越えた。
はぁ――? って思うでしょ?
こんなんあれだよ。既読無視か良くてごめん寝てた案件だよ。でも当時の私は鬱だったからね、さらにクソリプ返したの。
友達ってなに。
もうこれ笑っちゃうよね。
だけどあいつ、五秒で返信したの。
深夜のクソリプに即レスくれるやつ。
はーん? はあああん?
何これ皮肉かよって思ったよ。最初は。クソリプ送ってくんなバーカみたいな意味かなって。
でもね? こいつね? 毎回即レスなの。
我ながらやばいかなってクソリプでも、深夜二時くらいまでは本当に即レスなの。流石に二時過ぎると、ああこれは寝てるな仕方ないなって思うよね。でもでも、朝起きるとなんか六時くらいに返信あるのね。なるほど田中は二時に寝て六時に起きるのかショートスリーパーだな――ッてストーカーか! 怖いわ私!
それでねそれでね。
二ヶ月くらい経って、気付いたの。
友達じゃん!!
めっちゃ優しいじゃん!!
そうなのそうなの。あのチビ優しいの。落ち込んでる人を見たら無視できないみたいな感じ?
しかもこれがもう絶妙なの!
ほら助けてやったぜとか、悩みあるなら聞くよ、みたいな恩着せがましい感じとは違って、気が付いたらサンドバックになってるみたいな?
もうね……もう……好き!
他にもいろいろあるけど、一旦終わるね。このままのペースだと原稿用紙百枚超えちゃうから。
ただ! ただひとつ問題がありまして――
いつもの朝。
私は昇降口で見つけた田中に挨拶をする。
「よっ、田中おはよ!」
「んー、おはよう」
田中は私を一瞥だけして、眠そうな挨拶をした。
それから私は教室へ向かう田中の隣に立って、いつも同じことを思う。
身長~! 逆ならな~!
私は175と無駄に成長してしまった。
もちろん身長如きで気持ちは変わらないけれど……部活が一緒で、買い出しに行ったことがあって、そこが偶々デートスポットだったことがありまして……
すっっごく! 見られる!
いいじゃん男の方が小さくても! うがー!
私はいいの。私は気にしないの。でも田中がね、なんか微妙に距離取ろうとするの。そういう気遣いがもうね……好き! じゃなくてっ、つらい!
だからねだからねっ!
例えばこう、急に女友達に茶化されるシチュでね?
「――二人いつも一緒にいるね」
「べつに部活が一緒なだけだよ」
「ほんと~? 実は付き合ってたりしないの~?」
「いやいや、このチビと私とかないでしょ」
私のバカ――! バーカバーカ!
でも仕方ないじゃん! だって恥ずかしいじゃん!
私もねっ、悪いと思ってるよ?
だからこういうことがあった後は、身長が伸びると話題の商品を調べてリンク送ったりするの。そしたら二秒で「うるせぇ」って返ってくる!
お前がうるせー!
早寝早起き化学しろバーカ!
――というわけで。
告白できないまま進級した。
二年生。
クラスが別々になってしょんぼり。
でもでも部活あるし! うちの学校三年は同じ部活の人を集めるらしいから、理系選べばほぼ確実に同じクラスだし! そもそもライバルいないから楽勝!
――そう思っていられたのは、五月までだった。
ある日のこと。
私は図書室へ向かう途中、廊下で田中を見つけた。
「あっ、たな――」
途中で声を抑えて身を隠す。
「……誰よその女!」
田中の隣には、女子が一人。観察する。知っている。学校一可愛いと評判の河合さんだ。
「……ぐぬぬ」
会話に聞き耳を立てる。
どうやら同じ図書委員で、荷物を運んでいる様子。
「……あの女っ、田中に全部持たせて~!」
親指の爪を噛みながら後を追う。
河合さんは、私とは違う女の子らしい小柄な体型をしている。詳しい身長は知らないけど、田中より少しだけ小さい。そのくせ胸だけは大きい。
いやまあ? そもそも女の子らしいみたいな表現が時代遅れというか? 今は相手の本質を見る時代だから? 田中はそういうとこしっかりしてるし? 河合さんがどれだけ可愛い外見をしてても? デレデレしないというか? そもそも河合さんレベルの子が田中みたいなの好きになるわけないというか? いや私は超好きですけど?
ほんと気にならない。
全然気にならないよ?
ただほら、私も図書室に用事あるから?
偶然、偶然あとを追いかけるみたいになるかな?
「田中くん、大丈夫? 重くない?」
「平気。一応、中学は運動部だった」
「サッカー部だよね。どうして高校では演劇部?」
「身長、伸びなかったから」
はい知ってます~!
それ超知ってます~!
私の方が知ってます~!
「嘘だよね。部活中の田中くん生き生きしてるもん」
「どこから見てるの」
「私、バレー部」
「ああ、そっか同じ体育館か」
はいストーカー発言いただきました~!
なに今の、アピールかな? でもでも私なんか同じ舞台で一緒に練習してますからね~だ!
「演劇、好きなのかな?」
「いや……中学の文化祭で、ノリで、なんかやった」
ちょっと待ってそれ初耳。
「そこでスゲェ受けて、いいなこれってなった」
「そっか。素敵な理由だね」
「割と適当じゃね?」
「ううん、素敵だよ。人の笑顔って、嬉しいよね」
…………
「うん、まあ、嬉しい」
「だよね。えへへ、嬉しいよね」
……………………待って、
え、ちょ、ちょっっと待って?
は? なになに? 何この甘い雰囲気、私知らないんですけど?
えっ、ちょっ、田中?
うそうそ、河合さん?
「田中くんってさ……」
「なに?」
「いや、えっと、大したことじゃないんだけど……」
ゼッタイ大したことあるやつ。
「佐倉さんのこと、どう思ってるの」
私の名前。
「どう、とは」
「……付き合ってるのかな~、なんて」
やめて。
「ほら、いつも一緒にいるから」
「いや、あいつは」
やめて――!
「おっ! 田中じゃん!」
ほとんど無意識に声をかけた。
二人は足を止めて、振り返る。
「あれ河合さん? どういう組み合わせ?」
「委員会。荷物運んでる途中」
答えたのは田中。
「手伝おっか?」
「いや、いい」
そっけない返事。
田中は移動を再開した。
私は河合さんに目を向ける。
視線が重なる。瞬間、一秒が無限に引き伸ばされたみたいな不思議な感覚に襲われた。
唇を一の字にした河合さん。
その瞳には、恋敵を見る私の顔が映っている。
きっと実時間では一瞬。チラ見しただけ。
私は田中に目を戻して、彼の背中を追いかけた。
「ほら貸しなって。チビが無理すんなよ」
「じゃあ勝手に取れ」
「ほいほい。半分くらい貰うね」
田中が抱えている荷物――大量の本を半分くらい受け取る。この際! さりげないハンドタッチを忘れない!
ふふ、スカした顔しちゃって~!
心の中では「うぉっ、こいつの手柔らか!」とか思ってんだろ、このムッツリさんめ~!
「田中くん、やっぱり私も持つよ」
そう言って田中の右側に駆け寄った河合さん。
そのまま勢いで本に手を伸ばして――
「あっ、えっと……ごめんね?」
「いや、べつに、平気……」
ハンドタッチ私がやったやつ~!
てか、は~!? 私の時は無反応だったのになんで河合さん相手だとちょっと照れてるの~!?
「佐倉から分けてもらって」
えっ、田中それ……私のこと気遣って……っ!
うんうんそうだよねそうだよね! 田中が河合さんに分けたら私が一番多く持つことになるもんね!
もう~! 好き!
こういうとこ! こういうとこだぞ!
それからそれから!
――佐倉から分けてもらって。
これ~!
おまえ田中その声でこれ~!
いやもう……私はお前の所有物か!?
なっちゃうぞ!? おうち行っちゃうぞ!?
きゃ~(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
「あの、佐倉さん。いいかな?」
「うん、ありがと」
河合さんに本を渡す。
落ち着け私。ニヤけるな私。
「「「……」」」
それからは無言だった。
この日、私は見事に二人のイチャイチャを阻止することに成功したのだった。がはは。
――下校時間。
「……な、な、な」
私は口をパクパクさせていた。
「なによあの女!」
佐倉ちゃんは見た。にこにこ笑顔の河合さんが、田中と一緒に帰るところを。
「出待ちか!? 出待ちしてやがったのか~!?」
彼女はバレー部。演劇部の活動を監視して帰り時間を合わせるなど造作もない。
「ちっくしょ~! 私それ使えないのに~!」
帰り道が逆。
絶望的なハンデ! しかもクラスも違う!
これはまずい。このままでは体育祭、文化祭、修学旅行とイベント毎に差を付けられてしまう。
――って思うじゃん?
ふふん、ぬるいぬるい。私には部活があるから。
わかる?
結構ガチ目な部活だから土日もあるの。
これはもう365日田中と一緒と言っても――
「田中くん、お昼ご飯、一緒にどうかな?」
バレー部も土日活動してた~!
しかもメッチャぐいぐい来るじゃん河合さん!
これもう確定じゃん! 絶対好きじゃんか~!
なんでなんで!?
なんで急に田中モテてるの!? 河合さんだよ!?
「え~? バレー部とお昼? 私も一緒にいい?」
もちろん割り込みます~!
二人でご飯なんて羨ましいことさせません~!
――でも、これ、全部、一時しのぎだ。
まるで終わりが決まっている物語を強引に引き伸ばすみたいな、私のちっぽけな抵抗。
二人は、見る度に仲良くなっていった。
「田中さ……」
「なに?」
部活の途中。
「河合さんと……」
小さな声は、バレー部やバスケ部に掻き消されて、届かない。
「なんでもない」
日に日に焦りが大きくなる。もしかしたら、もう付き合ってるんじゃないかって怖くなる。
いっそ告白できたら、どれほど楽だっただろう。
でも今さら無理だよ。
だってずっとツンツンしてたもん。酷い態度ばっかりで、こんな私のこと好きになってくれるわけない。
だけど、だけど――まだ! まだ早い!
諦めない。諦めたくない。
渡さない。譲ってなんかあげない。
私が一番最初で!
いっっちばん、好きなんだから!
「田中!」
二回目。
田中は視線だけ私には向けた。
目が合う。
二秒でノックアウト。私は目を逸らす。
バカみたいだ。普通じゃない。情けない。
恋の病という言葉があるけれど、文字通りの意味で本当に病気なのかもしれないと感じる。
音がする。ボールが体育館を叩く音なのか、心臓の音なのか、区別できなくなる。
告白。
状況は最悪。今は部活の練習中で、舞台の中央では他の部員が演技をしている。私と田中はそれを見ていて、もう少し時間が経てば、どちらかが出る場面が始まるだろう。
背後では運動部の声と大きな音。
演劇部は、いつもこの音に負けないくらいの声量で頑張って演技の練習をしている。
きっと私だけだ。この広い体育館で不真面目なことに頭がいっぱいなのは、私だけだ。
三回目。
私は、田中の制服の袖を軽く引っ張った。
「……今日、かえり、ひま?」
勇気を振り絞った言葉。
田中はいつもの眠そうな目で返事をする。
「いや、忙しい」
「そこは暇って言っとけよ!」
「はいそこうるさい! 集中して!」
三年の先輩に怒られて、しょんぼり。
ぐあああああ! 台無し~!!!
あーもーやだ、こんなんばっかだ。
でもでもっ、諦めるのはまだ早い。
ぜっっっっったい! ゆずらない!
私が、最初に好きになったんだから!
あとがき
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