1-1-3-15 かつてハクマイ村長と呼ばれていた命について
ステラは授業の続きに入った。
ファッショ・リバティは言う。
「ステラ先生、質問があります」
「何?」
「この世界にはもう死者はいないのでしょうか?」
「死者はいる。でも、かつて死んだ人はいても、もう無限に時を経てしまった。そんな遥か前のことになる。かつて死んだ人といえば、例えば、私の父や兄は死んでしまった」
「その魂はどうなるのでしょうか?」
とムゲンクノウが話に入る。
ステラは言う。
「うーん。私には分からない」
コーカイは言う。
「遥か昔であれば、死ぬと言うことは、無になると言うことであったり、私たちは幽霊という存在になったりするとか考えていたね」
学人は言う。
「幽霊が本当に存在するのかどうか分からない」
ステラは言う。
「でも、私たちは自分が異世界で生きていたことを知っているよね」
桜は言う。
「そうだね。
死を覚えていること。
生を覚えていること。
それは私たちはかつて生きていたと言うこと。
かつては何だったのだろうか?
それを知ることはできないでいた。
しかし、そらの彼方で、かつての自分を知ることができた。
ここから導かれること。
それは幽霊が語り継がれるものであるということ。
そしてそれは分からないと言うこと」
ステラは言う。
「一度地上に降りたいな」
ラージュは言う。
「もう学園には何も無いんだもんな。
ただ綺麗なだけの建物。
象牙の塔だ。
一度地上に降りよう。
もう何もかも変わってしまった。
あまりにも長い時。
何もかも変わってしまった。
一度地上に降りようか」
ステラは言う。
「まずは準備をしよう」
そうして、数年後みんな学園から地上に降りた。
地上に降りた時、ステラはある石が見えた。
そこに花が咲いていた。
桜は言う。
「つつじの花だ」
石には言葉が書いてあった。
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米法学得食
長皆是当知
人伝継後世
守命是皆同
白黒黄他等
読書行民為
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そしてそこにはハクマイと彫られていた。
ステラは言う。
「これを読める人はいるかしら」
ラージュは言う。
「何となくだけど、米の作り方を教えて、後世に残していこう。という意味じゃないかな」
桜は言う。
「私もそう思う。あとは、食べる人はみんな同じ人間だと言うことじゃないかな」
ステラは言う。
「村はどうなったんだろう」
そこに近づく女性がいた。
「こんにちは。珍しいですね。こんな辺境の村の墓石にたくさんの人がいらっしゃるなんて」
「はじめまして。私たちは学園から降りてきたんです」
とステラは言う。
「ええ!学園から来られたんですか!」
女性は跪いた。
ステラは言う。
「頭を上げてください。私は、かつてハクマイ村長と会ったことがあるんです」
「ハクマイ村長と!?……それなら尚更頭を上げることなんてできません。遥か昔の神様のお知り合いだなんて」
女性は頭を上げられなかった。
ラージュは言う。
「もしここにハクマイ村長の幽霊がいたら、こうしたことは起こらないんだろうな」
「それじゃあ、頭は上げなくて大丈夫です。私はステラと言います。あなたのお名前は」
とステラは女性に聞いた。
女性は頭を下げたまま言う。
「私はメイと言います」
「メイはいつもここへ来ているの?」
「はい」
ステラは言う。
「この石に彫り込まれた言葉の意味は分かる?」
メイは言う。
「それは言葉だったんですね。分かりませんでした」
ステラは言う。
「どうしてお墓だと知ったの?」
メイは言う。
「私の父が案内してくれたんです。どうして皆さんはここにいるんですか?」
ステラは言う。
「ここに降りてきたのは偶然なんです。ただ、ここに来て分かったことがある。かつて人が生活していて、今も生活していると言うこと」
メイは言う。
「時々聞こえるんです。
ハクマイ様の声が……」
そこで石が話した。
「ははは。ハクマイ様なんて言うでない」
メイは言う。
「石がしゃべった?」
ステラたちも驚いていた。
石は言う。
「私はかつて人間であった頃、ハクマイと言われていたんだ。この世界で石が話すなど、よくあることだろう」
メイは言う。
「はい……」
石は言う。
「最初に、いつも花を添えてくれてありがとう。
私はこの石として、命を宿した。まさか自分の墓となるとは思いもしなかったよ。昔は幽霊を信じていたが、私はこの姿になって幽霊がよく分からなくなった。私は神様も分からない。ここに生きている石だよ。みんな驚くだろうけど、私は石になったんだ」
桜は言う。
「とても長生きなんだろうね」
石は言う。
「そうでもない。村のみんなもここにいる。砕けたら死ぬとかそうではないようだ。ただ、死ぬ時は死ぬようだ。この世界の人々とは違って、私たちは死ぬんだ。死ぬということが分からないのは辛いことだ。死を知らないのは残酷だ。人は死ななければならない。だが、この世界で人は死ななくなってしまった。アイという子が悪いのではない。人が死に方も生き方も忘れてしまったことが問題なんだろう。メイさん、よく聞きなさい」
「はい」
「米は作り方が分かって初めてみんなのお腹を満たすことができる。
みんなが作り方を知ることで食べ物を得られる。
食べ物が米ではない場合もあるだろうね。
ただ食べ物を得る方法を教えてもらったんだ。
そして私たちは後世の人々に、これを伝えていったつもりだ。
だがいつしか忘れられてしまった。
人が何かを食べることは変わらないだろう。
私たちは食べなければ空腹になる。
今は死なないから分からないかもしれない。
だが、空腹になればみんな苦しいだろう。
そこには差別など無いだろう。
人々のお腹を満たすために、私たちは学んでこられた。
お腹も、心も同じ人だ。
それをメイさんも心の中に受け入れてほしいなあと思う」
「……やっと分かりました。私たちも空腹は恐れています。私たちは昔から変わらなかったんですね。そうなのですが……どうも私たちは人を分ける方が良いようなんです」
石は言う。
「それは私たちも同じだ。みんな平等になっても人を分けたがるから、それは受け入れるしか無いのだろう。私たちも何かできたらいいが、せめて村の人々には、この言葉の意味を教え残してくれないか?」
メイは言う。
「村の人々も分からないかもしれませんが、やってみたいと思います」
ステラは言う。
「どうして今まで話して来なかったんですか?」
石は言う。
「言葉の意味が分かると思い込んでいたんだ。愚かだったよ。ステラさんたちが地上でこうしたことをし続けることができたらいいんだが……」
ステラは言う。
「とても難しいと思うけれど、ひとまずやってみますね」
石は言う。
「荒唐無稽な言葉になってしまったのも話さなかったからだ。
一度声を掛ければよかった。気づかせてくれてありがとう。
メイさん、よろしくね」
メイは言う。
「はい。ハクマイ村長」
石は言う。
「かつて死んだ者たちは、今もその地に残るだろうか。
それは誰にも分からない。
かつてその地に残したい思いは言葉に残すことができる。
私はこの命に感謝しよう。
死後、石になり、墓石となった。
また死ぬことがあるだろう。
先に生きる人々に続く人になるかもしれない。
それは誰にも分からない。
今はここで見守ろう。
ここに生まれて来られたのだから」
ステラたちはしばらくそこにいた。




