1-1-2-62 前耳の気づき
そんなバカな……終わりだ。
「はあ……ぼくはもう終わりだ……」
あの場での母親がステラたんなんて……。
「でも、思い出したのは、あなたが倒れた時……本当に正確に言うと、夢のような話だから、思い出したのか分からないけど……」
「生まれた時はいつ?」
「約3000年前だよ」
「ぼくとはこの世界に生きている時間がかけ離れているね。とても長生きだ」
なんか気まずいし……ステラたんと呼んでいたが、ステラさんと呼ぼう。
「ステラさんは、ぼくを殺したいかな?」
殺したいよな。
「ステラさんって……ステラで良いよ。私は前耳さんを殺したくなんてない」
「それなら、前耳さんじゃなくて、前耳と呼んでよ」
「ああ、そうだね」
本人の前ではあなたを殺したいなんて言えないよな。ちょっと煽るか。
「赤ちゃんの母親だったんだろ? 殺した人間が目の前にいるんだぞ。ぼくはあの時赤ちゃんを殺せて良かった」
目つきが変わった。
やっぱり殺したいのか?
「あの世界の私には何もできなかった。今は何でもできてしまう。でも、あの世界でのあの子の命はどうなったのか……。この世界での私の母になった。それはどうしようも無い事実だよ。ある意味で私と母を繋げてくれたのは、前耳さんになる。反省はしてほしいけど、まずは繋がりを思い出させてくれてありがとう」
「ぼくにはその感謝を受け取る資格なんて無いよ」
何で、ありがとうなんだろうな。
珍しいんだ。この世界の人々の中でもステラさんは珍しい人だ。いや、頭狂っているのか。この世界の人もおかしいな。
ハジュンというのを信仰しているし、様々な理由によって差別されるし……。
ただ、ぼくはどうしようかな……今まで通りハジュン様を仰いで過ごそうかな。そうすれば、何もされないし。ここに来た理由はステラさんを襲うためであったわけだ。
つくづく思う。ぼくはクズだ。
ぼくは変えなくてもいい世界だと思うから変えなくてもいい。この世界で操れる女の子を誘拐し続けよう。この世界以外でやったなら逮捕されるだろう。でも、この世界なら許される。
「ぼくは行くよ」
「講義も面白かったですよ。もっと教えてくれませんか?」
えっ?
「ステラは、あのアニメが嫌じゃなかったの?」
「自分に何もできないのが嫌だなと思った。前耳があのアニメで伝えたかったこと、例えば並列した世界とかを伝えてくれた」
「アニメで並列した世界とか分かるわけじゃないからね。ぼくたちの心のほうが複雑すぎるんだ。一方的な愛情は憎しみも生んでしまうし。また好きな人が期待通りにしてくれなければ、侮蔑や失望の思いも生んでしまう。ぼくは好きになった女の子を誘拐して欲を晴らすけどね」
ステラさんはどう答えるかな?
「前耳は、ここにいてくれないかな?」
「いいよ」
「私は身を守れるけど、外の子は守れないから」
催眠術でもかけるか。
……。
「前耳?」
効かない……。
「ステラは女の子を誘拐させてくれないんだね」
「前耳は、女の子を誘拐しないといけないと思ってるの? 愛の様々な形も、前耳の中ではそうしたものなの?」
「どういうものなんだよ」
「自分の中に入れようとするとか?」
「その言葉は刺さるな。確かに、女の子をぼくの殻の中に閉じ込めたいと思っているよ。それで何が言いたいんだ?」
「自分で考えてみて」
ステラには催眠が効かない。
一旦帰るか。
そして部屋を出た。
自分の家でゆっくりと考えてみた。
自分が覚えているだけでも2回は異世界に転生しているのに、2020年の世界から自分の本質的な心だけは何も変わってない……。
ああ、ようやく気づいたよ。何度生まれ変わっても、何も変わってない……。
死ぬことはできないけど、早く死にたいなあ……。




