1-1-2-53 異世界文明崩壊学 死会先生
魔男王の声が聞こえてくる。
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タンボムシ・マオ先生には、1900年〜1930年までのことを担当してもらう。彼はその時代の専門家だ。
彼を登場させたのは、私を敵対視しながら、とても素晴らしい働きを為してくれたからだ。
私は何もしていない。良き思考が良き文明を築き、良き社会を生み出していく。
このタンボムシ先生の素晴らしい働きに感謝していこう。
他にも様々な時代に分けた映像や、その時代の専門家の先生が出てくるだろう。
私が異世界で何もしていないことがよく分かる。
異世界の人々が異世界文明を生み出し、異世界文明を終わらせることにしたのだ。
今、この世界の人々はこう信じている。
「魔男王、魔女王様、以前の名前で言えばハジュン様の慈悲を異世界の人類が信じられなかったから滅んだ。もし異世界に行けるなら、ハジュン様の慈悲を信じさせてあげたい」と。
これは素晴らしいことではないだろうか?
私を信じて人類は不老不死になった。戦争、支配、破壊、分断の世界を3000年繰り返している。
終わることはない。
異世界には人類が不老不死になれずとも、素晴らしい社会を生んできた。
そして2015年に終わらせた。
これから始めるのは、1990年〜2015年の時代についてのことだ。
死会先生に当時の異世界について話してもらおうか。
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死会先生が話し始める。
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魔男王様、ありがとうございます。
死会という。
言っておくが私も転生者だ。
何だったか忘れたが、「身に覚えがありません」と毎日のように言わされていた。本当に覚えてないな。
うーん、何を身に覚えが無かったか……。
まあいい。
死と会との名前を頂き、私は頑張ってきた。
私は、転生する前に、卯の花とは全く関係ないが、私には大いに意味のあることを行なってきた。幾多の困難のために失敗した。
まあその話は良い。さて始めよう。
この頃のことについて、私が異世界文明の中でも専門としているのは1990年〜2015年の日本という国の政治についてだ。異世界文明は、魔男王様、魔女王様を信じられなかったばかりに、人々は1つになれなかった。
色々な人が色々な意見を言っているのに、最終的に絶滅に終わる。可哀想な人々だ。
2009年9月1日〜2015年9月20日までの戦争のことは
聞いただろう。
私は、その戦争で死んだ。
良かれと思っての忠言にあるとは思わなかったが、私の言葉が戦争の原因の1つになったと予想される。これを言うと生徒は、「死会先生は、魔男王様、魔女王様への信仰を持っていたらどうなったと思いますか?」と聞かれる。
私はこう答える。
「あの時もし信仰があれば救われた。今、私は救われたのだから……」と。
戦争のきっかけとなった言葉の話は後々するとして、まずは、2009年までの日本を話そう。
1990年からの日本は本当に危なかった。
その要因の一つが、バブルの崩壊と言われるものだ。
このバブルの崩壊というのも一概にどうしてこうなったのか説明できないものだ。
私が60歳の時の話だからね。
あの時の政府は何がなんだか分からなかっただろう。
この時政府は何をしたか?
そうだ。
この時、横領がたくさん行われた。
私はそれに関わった人間の1人だった。
「身に覚えがありません」と報道機関には、バレても答えれば大丈夫だった。
証拠は無い。無いものを証明しようとする人がたくさんいたが、その人たちがさらに別の件で、証拠が残っているものを証明された。私たちがそれを報道機関に渡しただけなんだが……。
権力を求める闘争というのは必死に行われる。
どちらかの戦力が尽きるまでの戦いだ。
この世界では、それが無かった。
異世界は酷いものだ。
善良な政治をしたつもりだったが、魔男王様、魔女王様への信仰なき政治は結局は破滅の道を辿るのだ。
不老不死でもないのに、全世界で核兵器を撃ちまくった。みんな死んで当然だ。
今いるこの世界では誰も死なないから遠慮なく核兵器や太陽の力を使うことができる。
魔男王様、魔女王様への信仰ある素晴らしい世界でこそ、素晴らしい生活を私たちは送ることができる。
良いものが良いものであり続けるこの世界は私にとって、極楽浄土、天国だ。
1990年〜2015年など、歴史があったか無かったか分からないくらいに人々は歴史を捨てて生きてきた。
異世界の愚かな人間だった私も、この世界で異世界のことを客観的に判断できる。
この映像を見て、転生して魔男王様、魔女王様に感謝できない人間など人間ではない。
私はこう思う。
過去の過ちを悔いて、未来を謳歌するこの世界を守ろう。
私はこの世界が大好きだ。兵士が戦争を繰り返しても死なない。国と国との争いで誰一人死を気にして、苦しむ者がいない。
異世界の人々は死を忘れた。
しかし死の前には、死を気にする人々になった。
私は、もう死なせたくない。誰一人死なせたくない。みんな何をしても生きられる。何度粒子にしても生き返る。この世界は平和だ。
ステラ、君たちは何故に死を求めるのか?
人は死など求めていない。
2015年の文明崩壊の時だって死にたくはなかった。
我々を殺してどうするつもりだ?
この世界では、人間は生き続けられるのだ。ステラたちも死なないではないか?
今回の講義は以上だ。
何の学びも無かったかもしれないが、死ぬことを誰も身に覚えがないことだけは忘れないでほしい。
私は、私が死ぬことなど考えたくないのだ。
2015年9月20日を考えると私は、生き続けられて幸せだ。




