008 不倫
「あの人はどこなの!」
藤井絢子はもの凄い剣幕で誰かを探していた。
(誰を探していらっしゃるのかしら?)
私は絢子に声をかけた。
「ここにはあなたしかいませんよ」
血走った目を私に向けると、辺りを見渡し、置かれた状況を理解しようといているようだった。
(彼とは、もう会うことはないと思いますよ)
「どうしてよ! 彼に会わせなさいよ! そうしたらわかるわよ!」
絢子は生前、不倫相手を自分だけのものにしたいと思い、男の元へと向かった。
バッグの中には、ナイフを忍ばせて──
(男を家族から奪い、独占欲が抑えられなくなったあなたは、命をも奪う覚悟だったのね)
「あの人、必ず別れるからもう少し待ってくれって言ったのよ」
◇◆◇◆◇
ただの口約束を可能性と思い込み、絢子は“その日”が来るのを待っていた。
しかし……。
「いつになったら別れてくれるの? このままじゃ私……」
「なんだよ?」
「……あなたの家族……殺しちゃうかも」
男は絢子のその言葉を聞き、別れることを決意した。
絢子との別れを選んだのだ。
「何よ! 何よ!! 私のこと愛してる。絢子可愛いよって囁いてくれたのは嘘だっていうの? 絶対に許さないんだから! 」
バッグから出したナイフを振り上げ、男へと駆け寄る絢子。
男は咄嗟にナイフを持った方の腕を掴むと、脳裏によからぬ思いがよぎった。
『このままもみ合いになって、偶然を装えばこいつを……殺せる』
「1人で逝かせはしないから。あなたを殺して私も直ぐにあなたの元へ行くから。そうしたら私とあなたは永遠に一緒にいられるのよ。素敵ね」
絢子がいくら本気を出したところで、男との力の差は埋まることはなく──
「じゃあ、先に逝けよ! 安心しろ。俺もちゃんと……寿命を生きてから逝くからよ!」
「……えっ」
二歩三歩と、男が後ずさる。
「私……だけっ……私だけ死ぬの?」
その言葉を最後に、絢子は動かなくなった。
「いいか! 付き合ってる女は、お前だけじゃねぇ! 本気にしやがって! お前は5番目の女だよ!」
◇◆◇◆◇
(あなたも男も、私に言わせたら最低ね)
絢子の話を聞いていた千代は、つい感情的になっていた。
(あなたにぴったりな道を教えてあげるわ!)
直後、絢子の足元がふにゃふにゃになり、突然床に穴が開いた。
それと同時に、絢子は強制的に地獄へ落ちでいった。
「地の底からでも、呪ってやる!」
瞬き程の時間で、床は元に戻った。
(まぁ、当然の報いね)
その後、男がどうなったかと言うと、現場を目撃していた人の証言により逮捕され、複数の浮気相手からも裁判を起こされ、家族にも見離されたのだった。
「これが、あの女の……呪いか……ははっ。はははっ。ははははは!」
こうなることを予期していたかのような千代。
(生きて地獄をみると良いわ。そう簡単に許されないでしょうけどね)




