005 恋人
車を運転中に、突然飛び出してきた子供を避けた先のガードレールを突き破り、10メートル程落下し、カップルと思われる男女2人が死亡。
(あらっ? このカップル、様子が変ね)
長年のナースの勘がざわつく。
「だからさぁ! 何でお前なんかと死ななきゃいけないんだよ!」
「でも……もし死ぬなら、その時は一緒に死ぬ。さみしい思いはさせないって……」
「お前マジで信じてたのかよ。こうなったら正直に話してやるよ」
「怖いよ。違う人みたい……」
「ふっ! 俺がお前と一緒にいてやったのは金だよ! 全部金の為だ!」
「騙してたの? 今まで私に言ってくれた言葉は全部嘘だったの?」
女性の一言に、男性の表情が曇っていく。
「当たり前だろ! 誰が好き好んでお前なんかを彼女にするかよ!」
「…………酷い」
私は黙って2人のやり取りを聞いていた。
「こんなとこに、いつまでもいる必要はねぇだろう。俺は先に生まれ変わるからな。来世では、俺の前に姿を見せるなよ!」
崩れ泣く女性を背にすると、男は私の前に立ち……。
「ババア。お前も死んでんだろ? 生まれ変わるにはどうすりゃいい?」
(……無理よ)
「はっ? いいから教えろよ!」
(いいわ。教えてあげる。でもそれは、私じゃなく……)
バタン──
勢いよく開いた霊安室の扉。しかし扉の向こうの景色は、見慣れた廊下ではなく、漆黒の闇だった。
「どういうことだ! おいっ! ババア! 何しやがった!」
(何をしたか……ですって? あなたがその子にしたことに比べたら、たいしたことではないわ)
闇の中から黒い腕が数十本と現れ、男の体を引きずり込もうとしている。
「うわっ、なんだよこれ!! なんとかしろよ!! おい!! 見てないでなんとかしろって、看護師だろ! 患者見殺しにするなよ!」
男が悪態をつく。
(何を仰っておいでです? 見殺しだなんて。あなたはもう……亡くなっているんですよ?)
「くっ……くそぉぉぉ!」
吸い込まれるように闇の中へと消えていく男のことを、女性はただ眺めている。
そして、男を飲み込むと、霊安室の扉は再び閉まった──
(静かになったわね。あんな男とは一緒にならなくて正解だったのよ)
私は彼女の行く先を告げた。
(この光導く道を真っ直ぐに進んで行くのです。そうすれば、貴女は貴女のいるべき場所へ行けるでしょう。そして……生まれ変わるのです)
「一度きりの人生、次があるなら、この命が無駄にならないように生きていきます。お婆さん、ありがとうございました」
彼女は光の道を真っ直ぐに進んで行った。
(後ろを振り向かずに歩いて行くのですよ)
私は彼女の背中に向かって呟いた──